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第二十五話 おやすみなさい

 風呂場を出て、玄関方面へ真っ直ぐに廊下を渡ると食堂が見える。

 その様に風呂場の向かい側にあるのは偶然という訳でなく、大きな窓ガラスで外の景色を鑑賞しながら食事を楽しむ役割があった。


 硝子に映る街を背景に客人にも対応出来るよう少し大きめの酒場並のスペースに沢山の長テーブル。砂糖のように白いテーブルクロスの上には、ハンナの作ったサラダやトマトスープ、バケットなどの料理が並ぶ。


 料理を前にするアダマスは白いバスローブを着て綺麗に着席していた。

 両隣には薄ピンクで絹のネグリジェのシャルと、紫色でコットンのパジャマを着たマーガレットがアダマスの肩にもたれ掛かっている。


「なんでもたれ掛かるんだい?」

「だってさっきの湯で火照ってて暑いんじゃもん」


 どうやらバスローブの体温調節機能が丁度いいらしい。

 ならば自分らも着れば良いではないかと聞けば「それでは、もたれ掛かれないではないじゃろう」との事だ。

 仕方ないので二人の頭を撫でておくと、ゴロゴロと小動物よろしく擦り寄ってくるのが可愛らしい。

 ゴロゴロしている間にパン粉が焼け、チーズの溶ける香ばしい匂いがやってきた。

 ハンナがメインディッシュを持ってきたのだ。


「お待たせしました。軍隊シャモのチーズ香草焼きで御座います」


 香草焼きはローズマリー、セージ、タイム等のハーブをパン粉と一緒に肉へまぶして焼いた料理だ。今回は下味に塩コショウを加えた上に、焼いた後チーズを落としてまろやかな味に仕上げたチーズ香草焼きになっている。


 メインディッシュに使われたのは『軍隊シャモ』という羊程度の大きさを持つ魔物に分類される事もある大型のニワトリだ。

 肉はダチョウのような弾力があり、味は枯れた草原でも生き抜くために凝縮された鶏肉の旨味を蓄えてとても美味。

 赤みが強いので調理が難しく、下手な冒険者では返り討ちにされるので、高級食材としても知られる。


 ハンナが胸元の開いたネグリジェを着て手を合わせると、胸が揺れた。

 そして「頂きます」と言う祈りを皆で行う。

 この食事の方法は初代ラッキーダストが取り入れたものらしく、アダマスが赴任した時にはこの土地の文化として根付いていた。由来は不明。

 しかし皆で食事をする良い理由になるし、領主家族だけがしていないのもおかしな話という事で取り入れている。

 そしてアダマスは早速フォークを突き刺し、食べてみた。

 

 サクッ


「うん。美味しい」


 噛んだ途端に口の中で新鮮な肉汁と同時にハーブの香りが広がり、僅かながらも質の良い脂身が程よく調味料をブレンドして個別ではなく『これぞ香草焼き』と云う味に仕上がっている。

 そこへスープへ使われているトマトの酸味もスプーン一杯与えると、ほんわかしたチーズへ刺激が加えられてアクセントになった。


 意外と、このトマトスープが曲者なのだな。煮トマトほど濃くないがシジミ汁ほど薄くもない。

思って横を見るとシャルがハモハモと、輪切りのバケットにスープを付けて食べるという、中々通な食べ方をしているのを見つけた。

 今度、真似てみるのも面白いやかも知れないと、取り敢えず自分の食べ方で食べようとすると、横から件の食べかけバケットが差し出された。


「いいの?」


 コクリと頷くシャルの恩威に甘え、自分も口に含む。

 何処か甘酸っぱい味がしたのは、果たしてトマトのせいだろうか。小麦粉のせいだろうか。如何にせよ美味しい事には変わりない。

 シャルへ自分の食べかけ香草焼きを与えると、彼女はハムスターのようにそれを勢いよく口へ含んだ。



 二階。魔力灯によって薄ぼんやりと照らされるアダマスの寝室にて。


 部屋の主人はダブルベットで仰向けで横になり、その隣には産まれたままの姿で汗ばんで横になるシャルが居た。この妹は自分の部屋があるというのに何時も兄の部屋に忍び込んで来る。

 餅の様な頰をプニプニと突くと、彼女は二マリと笑いガバリと抱き着いて来た。

そして全身の汗による湿り気がムワリと顔を包む。


「ウヘヘ、お兄様。もう1ラウンド、やるかや?」

「いや、今日はもう寝ようと思うよ。明日はちょっと大きめのお仕事があるしね」


 途端。

 モゾモゾ布団が動き、中からマーガレットが現れてアダマスに被さってきた。

 そのままギュウと抱き着いて何をするかと思えば特に何をするでも無く、そのまま寝てしまう。

 布団の内側での仕事が無くなったので、アダマスを抱き枕にして寝る事にしたのだ。


「グーグー」

「ほら、マーガレットもとても文学的とは思えない寝息を立てて寝ちゃったし。また明日、だね」

「そうじゃの。ではでは、また明日、なのじゃ」


 そう言ってシャルは悪戯っ子のような笑顔をひとつ残し、一瞬のうちにバスローブの懐まで潜り込むと、スヤスヤと一瞬で寝いる。

 故にアダマスは魔力灯の明かりを消して、二人の腰を抱く。

 そうして枕へ頭を埋め、明日もこのような一日が来るのだと、瞼を閉じた。


「おやすみなさい」



 暫く後。

 カチャリと扉が開かれて、廊下の明かりが部屋内に差し込んで来る。

 開けた本人……ハンナはベッドの近くへ寄ると、寝相で少しズレていた布団を三人仲良くかかるように元に戻す。ついでに脱ぎ散らかされていた寝間着を畳み、机の上に置く。


「では、おやすみなさい、アナタ」


 寝ている彼と口付けを交わし、ゆったりと部屋を出る。

 扉を閉めれば静寂が訪れた。


人物紹介


■アダマス(13)

主人公。メガネ男子。人の感情が読める元引きこもり。現ラッキーダスト辺境伯。

■シャル(10)

正室。アダマスとは父親違いの妹。アダマス以外の男性に対してマトモに接する事の出来ない男性恐怖症。領主補佐。

■ハンナさん(34)

第二夫人。アダマスの乳母にして現メイド長。できちゃった婚。

■マーガレット(9)

第五夫人。生物学上はアダマスとハンナさんの娘だが書類上では認められなかった。タンバリンマスター。

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