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第二十四話 水かけ大会

「衝動はおさまった?」

「うん。これで一週間くらい大丈夫な気がする」

「スパン短いなあ」

「私の右手がと疼くのだ、シコシコと」


 マーガレットは右手で何かを握る動作をして上下に動かしてみせた。

 そのニヒヒと笑う態度は余裕だが、足は正直なようでふら付いている。

 アダマスは激しい運動で腰が立たなくなった彼女へ肩を貸しつつ適当に受け流した。

 火照った身体に、夜の冷えた風で撫でられるのが中々気持ちいい。


 だがしかし、と。

 一拍置いてマーガレットの髪をクシャクシャと撫でる。固まった液でカピカピだ。

 このままでも良さそうな態度を表す臭いフェチの彼女に対して首を横へ振った。


「だーめ。その臭いを付けたままじゃハンナさんのご飯が食べられないでしょ」

「むう、無念」


 カチャリと玄関扉を開けると、覗き見していたシャルが此方の胸板へ倒れこみ、抱き寄せるように支えてやると目が合った。真っ赤な顔で、開いたままの口元が安定していない。

 何か喋ろうとしているが言葉が出ないのだろう。自爆される前に話しかける。


「真っ赤な顔だけど、シャルはシャルでボクと結構回数こなしているし、今更見てて恥ずかしがる事でも無いんじゃない?」

「クックック、恥ずかしがっている訳ではないぞ。

ただ、自分がやるのと、それを見るのでは、また違ったプレイじゃろて。妾は放置プレイにハアハアしているだけじゃ!」


 ウヘヘとだらしなくヨダレを垂らし、ピシリと指を突き出す彼女へを見る。

そんなものかと概念的に解する。

 これがムッツリなマーガレットとオープンなシャルとの差なのだろうかと感じた。

 アダマスは何時もの彼女の様子に何処か安堵し、何処かに隠れているのであろう、ハンナへかけるつもりで発声する。


「ハンナさん、お風呂沸いてる?」

「はい、沸いてますわ。お背中をお流ししましょうか」

「いいや。マーガレットの髪洗うだけだし。その間にご飯を作っててくれると嬉しい」

「あらあら、残念」


 故に物影からヌッと現れたハンナが応え、お互いにクスクスと笑う。

 アダマスとしては似た者親子だなと思うが、彼にもたれかかりながらその様を見る当のマーガレットは似た者夫婦だなと考える。五十歩百歩という事だ。



 玄関から右に曲がって廊下を真っすぐと進む。すると屋敷の端へ続く扉が見えるので中に入れば小さめのプールのような大浴場。

 しかしプールはプールとして屋外に設置されているので、安全面の問題もあり、浴槽としてしか使えない深さであり、変形などの機能もない。


 特徴として、高級な窓硝子が外の光を取り入れるかのように斜めに。まるで窓そのものが壁であるかのようにふんだんに使われている事がある。

 なにもしなければ曇り硝子だが、魔力を流すと曇りが晴れ、そこに窓があるかすら分からない程に透ける。

 一部では『例のプール』と呼ばれているとかいないとか。

 そんな硝子を仲介する月光の下に、外で裸に居るとほぼ変わらないのは三人。すべてが座っている。


「ごしごし」「ゴシゴシ」

「……なんだこの状況」


 アダマスは右と左を二人のタオルも巻いていない妹に洗われていた。

 なにか張り合っているようで微妙に痛い。そもそもと、何故にこれといって入る必要のないシャルが入って来るのか。横にグリンと首を回して聞いてみる。


「兄と妹のお風呂イベントという絶好の機会を逃す筈が無かろうて」

「何時も一緒に入っているじゃないか」

「さっきはマーガレットじゃったから、せめて妾もこれくらいの役得が欲しいのじゃ」

「凄い直球な答えだね」


 そうしてスポンジでアダマスをグリグリと洗う。

 満遍なく洗い、そろそろ良いかとシャルは巨大なタライを取り出し、マーガレットと一緒に隣の浴槽から湯を汲む。待て待て、そんなものどこから持ってきたのか。

 この浴場の備え付けですかそうですか。なんでもあるねココ。

 

「いっせーのっ……」

「せいや!」


 黄昏ているアダマスの顔面に超大容量の湯がかかる。首がもげるような水量では無いが、それでもひっくり返るような水量ではあった。

 それを見た妹二人はハイタッチを交わす。


「うぇーい、今度こそお兄様をギャフンといわせられたぞ」

「妹大回転の時は回転に強いとは思わなかったからねぇ」


 湯気の中でムクリと起き上がりながらアダマスはそんな二人を見て、ヒクヒクとする微笑みを浮かべる。そのまま一気に距離を詰め、浴槽へバシャリと飛び込んだ。

 突然の事についそちらを見てしまう二人。

 アダマスはタイミングを見計らい、サメ映画よろしく一気に飛び掛かった。脇に抱えこまれ、浴槽に引きずり込まれるシャル。

 一瞬の事で反応出来ない内にマーガレットも掴まれてしまう。何を思ったか彼女の放った言葉はひとつ。


「さ、次は君の番」

「その……。私って今、汚いから……」


 まだ固まった液の付いた髪を撫で、モジモジとしたその声色はマーガレットの本当の性格が反映されていた。

 聞いたアダマスは逆にこれでもかという笑顔で掴む力を高めた。

 そこに普段のアダマスはない。


「やかましい」


 腰を捻って湯の中へ引きずり込む。

 

「お兄様、隙ありじゃ!」

「甘い、マーガレットバリア!」


 横からシャルが両手でバシャリと水をかけてくるのを手元のマーガレットで防ぐと、マーガレットは無表情でシャルに湯をかけた。

 そこからはじまる、お湯かけ大会。この大会は「食事の下ごしらえが出来たのでやっぱお背中お流しします」とハンナが入ってきて全滅させられるまで続いたという。

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