第二十三話 てんじょうの染み
一階。赤絨毯を敷き詰めている階段を降りた目の前は玄関になっていた。来客の際に見栄えを良くする他、直ぐに会談へ向かえるようにする位置取りである。
故にそれなりのスペースがあった。
そこに立つアダマスは問う。
「さて、自由になったマーガレットは何をしたいのかな?」
マーガレットは応える。
「む、むむむむ」
人の脳とはなんて想像力に溢れて、故に非効率的なのだろう。
普段から「やりたい」と想像を膨らませるもの程、いざその時になると硬直してしまう。
アレもしたい、コレもしたい。頭の中でグルグルとぶつかり、喧嘩をし、真っ白になってしまうではないか。
マーガレットはいざ『娘』の立場を得てみたら、何をしたいのか徹底的に悩んでいた。
したい事を思い浮かべてみるものの、いざそれをしている自分を思い浮かべてみると何 かが物足りないと感じる。自分はワガママなのだろうか。
そう思っていると、腕を絡め合っている父が声をかけてきた。
「ん、俯いてどうしたのかな。どんなワガママを言っても良いんだよ」
「え、ええとええと!」
真っ白な頭は何をして良いか分からず、アワアワと目をグルグルに回してパニック現象を起こす。
テンションに任せて腕を絡めたままアダマスの周りをグルグル回ってみせる。向かいのシャルも「突然なんじゃ!?」と言いつつ、よく分からないままにマーガレットに合わせてアダマスの周りを回る。
勢いのまま出来るのは、かしまし娘二人を動力源とした娘モーターだ。
冷静にアダマスは反応する。
「なんじゃこりゃ」
「わ、私でも分からない。でもひとつ分かる事がひとつ」
「ふむ、なんだい?」
「目が回る。ばたんきゅ」
「はあ……さいですか」
アダマスに心配そうに見られつつ、シャルと一緒に吐き気と一緒に青い顔で倒れるマーガレットは、思考をスタート地点に移動させ、うつ伏せで尻をピョコリと上げ、楽な体勢で考えてみるが無限ループ。このままでは溶けてバターになりそうだ。
余談であるが、アダマスは、実は分類上水兵であり、酔いに慣れる為に平衡感覚を鍛える特殊な訓練を受けているそうな。湖賊が居なくなった今、それを発揮する機会は無いが。
(いやホント。私ってパパに何を求めているのだろうね)
そもそも自分にとってアダマスとはどういう存在なのか。よく分からないなと、プウと頰を膨らませた。アダマスはアダマス。でも、流行りの小説にあるような父親とは違う気がする。
ただ何時も彼の事を考えてしまう、彼のモノでありたいと感じてしまうし、もっと私を見て欲しいと考えてしまう。
と、そこへ手が差し伸べられる。丁度回転による酔いも醒めてきたし「ああ、どうも」の精神で手を取りスックと立ち上がり、手の持ち手を見た。
檸檬色の金髪に、長い睫毛で空色の眼。先程まで自身の脳内を独占していたアダマスである。
咄嗟の事に「うおぅ」とバネ仕掛け人形よろしく肩を震わせた。
「遠慮しなくて良いよ」
(だーかーらぁー、それが分からないんだって!)
感情を読み取れる彼の事だから、マーガレット自身の知らない深層心理を読み取り、望む形にしているのかも知れないが、だったらもう少しアプローチしろってんだ、このスットコドッコイ!と、マーガレットは思う。
具体的にどうしろと言われたら、どうにも一歩を踏み出せないのだ。こういうのは、父親に求めるモノとは違う気がして。
深く考えていると手を引かれ、そして玄関扉を開けられた。マーガレットは身を任せるままにエスコートされ、そして月夜の下へ出てしまう。
目の前に広がるのは夕方見た橙色とはまた違う、夜のヴェールに覆われた通路だった。
街路樹も違ったものに見える。
(ああ、そう云えばここでケダモノの話をしたっけ)
マーガレットは全体を見渡して取り留めのない事をボンヤリと思った。そしてアダマスは、トコトコと石畳の上を先行して歩き、手をめいっぱいに広げて、月光を浴びた。
絹糸のチュニックに闇が映えて、男性であるのに妖しげな美しさがある。
身体を反った彼は言った。
「さて、マーガレット。ただ肉欲に任せて、場所を気にせずムシャぶりつく。そんなモノは只のケダモノさ。でもね、たまにはケダモノになっても良いとボクは思うんだ」
「なにが言いたいの?」
一息。
「ほんとはエッチな事、ヤりたかったんでしょ?
色々なプライドが邪魔しているだけで、今日一日、そんな感じだったね」
「んなっ!そそそそそ、そんなワケないじゃないデスカ、わわわ、私はアクマでオヤコとして健全なお付き合いを……」
「いやぁ、感情を読まれているのが分かって言っているなら大したものだなぁ」
「むぐ」
彼はめいっぱいの笑顔で棒読みだ。
聞いて、顔から湯気が出そうなほどになる。何言ってるのこの人!?と、云う想いが溢れた。
しかし、不思議と自身の想像力に拒否感は無い。言い訳を考えるが、良いものが浮かばない。寧ろパズルのピースよろしく、自分がそういう気持ちを持っていると仮定すると噛み合ってしまうのだ。
二人だけを囲む街路樹の葉が、静かにシンシンと揺らめいた。そして彼は次の言の葉を紡ぎ繰る。
「役割に対して真面目なのは良いけど、そればっか考えていると本当に大切な物を見失ってしまう。ボクはそう思うんだ。だからヤろうよ、我慢はよくない」
彼は楽しそうに身体を拡げてみせた。
まるで此方に総てを捧げる、その在り方に己が逆らえない事を識っている事に対し、少しだけ負けた気がして、プクリと頰を膨らませる。
「む、むむむ……じゃ、じゃあ、ヤッちゃうよ!?ほんとに良いんだね!?」
「ん。ばっちこいだ。その為に、結婚したんだし」
そしてマーガレットはケダモノの咆哮を上げながらアダマスを押し倒した。
押し倒された彼は目の前の『ケダモノ』をノホホンと見やる。
見れば見るほど、マーガレットを作る際に二歳の頃ハンナへ襲い掛かった時の自分にソックリだ。
彼女が時たま、この様にケダモノの如く不定期に『発情』を迎える体質を持っていると知ったのは育てている最中、自分を見る目が明らかに異性を見るそれだったのが発端だったか。シャルのような愛情とはまた違うのが、目付きから分かった。
シャルとは違い、本能的な性欲が人一倍強いのだ。放っておけば所かまわず襲い掛かるような女に育つのは確信できた。
(まあ、できちゃった婚の因果なのかも知れんね。いやぁ、「このままじゃおかしくなりそう。はじめてはパパが良い」って言って迫ってきた時は少し驚いたなぁ。責任は取って結婚したけど)
嗚呼、星が綺麗だ。まるで、てんじょうの染みのようではないか。
※マーガレット(ついでにアダマス)の体質について裏設定(裏設定なので読まなくても可)
彼女がやたら発情したりしていたりアダマスの精通が異様に早かったりと不思議な体質ですが、これは祖父由来の特殊な遺伝子によるものです。
この遺伝子は生殖に大変有利な性質があり、近交弱勢が仮に起こったとしてもジャンクDNAを遺伝子の自律制御で組み替える事により人体の活動へ影響を出なくする事が可能で、仮に人類がほぼ滅んでもこの遺伝子がある人間と、その異性さえ居れば近親婚を繰り返して復興させる事が可能です。
マーガレットは細身の割に筋力が高かったり犬のような嗅覚を持っていたりしますが、これの副作用でもあります。
尚、アダマスのように肉体への影響が弱い者もあり、個人差があります。




