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第二十話 栗の花

 盆にティーセットと茶菓子を乗せたマーガレットがやってきた。

 カップは二つ。


「本日のお茶受けはご主人様のお土産に頂いたチョコスティックです」


 小皿に、パイプ状に焼いた堅焼きビスケットにホワイトチョコを詰めた菓子が数本積み重なっていた。

 広場でコギーと一緒に買った菓子で、どちらにせよマーガレットとハンナに渡そうとは思っていたものだ。着替える時に回収されたのだろう。

 彼は折らないで持ってこれた事に我ながら感心する。


 マーガレットからティーカップと菓子を受け取り、どのような紅茶を選んだのかとワクワクしながらスンと紅茶の臭いを嗅ぐ。

 すると宙に漂っていた、紅茶とは別の香りが鼻腔へ感じ取れた。


(……栗の花の香り?)


 同時、隣のハンナも頰に手を当てて「あらあら」と気付く動作。

 しかし目の前のマーガレットは至って真面目な、不自然にスッキリした顔でアダマスの前に立っている。

 おそらく、給湯室にて一人きりかつ時間に余裕が出来たとあって、準備している時についやってしまったのがメイド服に付いてしまったのだろうなと思えた。

 因みに、そうした気持ちになった決まり手は着替えさせた時である。


「如何なさいましたか。ご主人様」

「ん、今日の紅茶は柑橘系の香りのするアールグレイをメインにブレンドしたんだなって思ってさ。チョコレートと合ってて美味しいね」

「ありがとうございます」


 素っ気ない返事だが、彼女の感情を読み取れば仕方ない。心が揺れているのだ。

 もしかしたらバレているかもしれない想い、そして仕事中にそれをしていると云う背徳感の板挟みが興奮を生み出して集中させない。人、それを焦燥と呼ぶ。

 焦燥故に、仕事の返事を退屈に済ませてしまった後に脳内で大きくなる「先程の仕事はもっと上手く出来ただろう」という深層心理がプウと大きく、赤くなる。

 後ろを向いてシャルへ紅茶を渡す彼女を見、アダマスは心の内が分かるだけに微笑ましくなる。

 しかし、その至福の時間が終わるのは早かった。

 ティーカップと茶菓子の小皿を受け取ったシャルは比較的大きな声を上げた。


「ん、なんか妙な香りがするのう、ちょっと生臭い感じの」

「そうですかね。紅茶のブレンドで色々触れてしまったからそのせいかも知れません」


 マーガレットは今にも心臓が飛び出そうな気持ちだった。そのままの態度で堂々としていれば良いものを、バレるかも知れないかと云う想いが、本当はバレているのではないかと大袈裟に反応してしまう。

 脳細胞をフルに動かして話題を反らせないか模索する。

 そうして、ふと目に入ったチョコスティックを見て、思い付いた。


「そ、そういえばこのお菓子ってどういう基準で選んだんですかね」

「なんじゃ突然」

「いやあ、つい気になってしまって。どうでもいい事がなんとなく気になる時ってあるでしょう?」

「まあ、そうじゃのう。でも、これ選んだ時って妾は寝てたからの」


 「なっ」とアダマスの方を見ると彼は頷く。

 そして彼は一本、ナチュラルに軽く掴んでペン回しの要領で中々器用に回してみせる。  その曲芸に今の状況を忘れてポカンと魅入っている中、回しつつ彼は言う。


「どんなお菓子が良いかなーってシャルをおんぶしながらコギーくんと選んでいたんだけどね」

「え?アレと仲良くなったんですか」

「うん。ツンツンしてて、エゴが強くて、力加減が下手だけど、ウソだけはつかないというか、ウソをついても一瞬でバレそうだし、あれはあれで面白いんじゃないかなってね」

「メタクソですね」

「ウソはよくない」


 そうしてサクリと軽い音を立ててチョコスティックを齧る。モゾモゾと口を動かし、よく噛んで飲み込む。

 ツウと紅茶で一口、貴族らしくマナーに沿った動きで音を立てず上品に流し込んで、しっかり味わって笑みを浮かべる。その笑みはどこか鋭く、シャルが何か企んでいる時のものに酷似していた。


「でさ、コギーくんのチクチクした態度を見てたら、な~んか栗が食べたくなってね。そう、栗が!」


 先ずはジャブ。『栗』と云うワードを強調する。

 マーガレットは少しだけ息を飲み込むが、直ぐに元に戻った。タイミングを見計らい、もう一押し。


「でも栗が無くてねぇ。だから微妙に似てるものないかな~って思って探してたらさ、栗の花ってこんな感じの形していたなぁって思わず買っちゃったのよ」

「え、ええと、ソウデスカネ」


 口の端をヒクヒクと動かすマーガレット。

 そんな彼女の後ろからシャルが天然で思わぬ追撃を放つ。


「そうじゃな。どっちかといえば栗の花は『イカ』の足っぽくないかの?」

「ブフッ!」


 マーガレットは無表情のまま噴出した。

 満足な気持ちに満たされたアダマスは、そろそろこの辺にしておこうかなと、小皿からもう一本のチョコスティックを取り出して何処へもなく振り回す。

 ヘラリと笑って目の前の二人と隣のハンナへ視線を渡す。


「う~ん、イカもあったんだけど、お土産にイカもどうかなってね。

ポッキーゲームでもどうかなって思ってこっちにしたよ」

「ええー、お兄様って読心術あるからチキンレース系はゲームにならんのがのぅ。離すと負けっていっても、口付けなら普通にご褒美じゃし」

「ほうほう。だ、そうだけど、どうしようか?」


 自身の頬をプニプニとスティックで突きながら、マーガレットへ振る。


「や、ややややや、やります!わーい、ポッキーゲーム嬉しいなー!」

「勝つ算段でもあるのかや」

「あ、あるに決まってるじゃないですか!お嬢様!」


 シャルはふぅんと納得したふりをして紅茶を啜る。尚、こうして自分から何かゲームを振ってくる時のアダマスは、大体罰ゲームを企んでいたりする。

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