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第十九話 なんで人に太腿を触られるとあんなゾクゾクするんだろう

 広い部屋だった。

 領主の部屋は、その広さとはうって変わり生活臭が感じられない。完全に会合・事務作業用の部屋として作られていて、寝室とはまた別だからだ。


 と、いうのも複数人での事務作業は食堂などでも出来るので、こちらは専ら少人数で仕事をする為に特化したものとして作られているのである。

 故に机の数は、客と一対一で話し合う為のガラステーブルと領主のデスク。

 合計で二つと多くない。


 ガラステーブルに備え付けられたソファーに領主補佐であるシャルが座り、領主のデスクにはアダマスが座る。

 そしてアダマスの後ろにはハンナが立てば領主の仕事の基本的な形となる。


「仕事中はハンナさんって何時も立ちっぱなしだけど、別に椅子に座っても大丈夫だよ?」

「あらあら。ありがとうございます。しかし、こうして立つだけでもメイドの仕事の内ですの」

「そうなんだ。領主権限でそういう古い風習とか辞めさせる事が出来るけど……」


 心配しつつ聞いてみた。

 だがハンナは二本の足でしっかりと直立し、手の甲を口に持っていけばオホホと軽く一笑。

 後にやや間を置いて応えてみせる。


「いえいえ。こうした一見意味が無く見える事も必要な場合があるのです。

例えば主人から突然の声かけへの対応出来ますし、筋肉が付いて運動不足の解消がされる等様々です。

そ・れ・に……」


 白魚のようなハンナの指が椅子に腰掛けるアダマスの太腿に添えられた。

 柔かな微笑み顔の奥底にあるウグイス色の双眸が、怪しく光る。


「坊っちゃまも私の身体で遊ぶときは長く楽しめる強い身体の方がお好きでしょう?

坊っちゃまとのプレイは何時も激しくなりますから」


 顔が近いが故に生温い息が耳に当たる。妖気のようにクスクスとした生暖かい笑いが肌に当たる。

 された側のアダマスは腕を組んで上を向き、ふんすとよく考え頷いた。

 背中にゾクゾクしたものが駆けるが、独りでは味わえないとても良いものだ。


「うん、確かに」

「ですよねぇ。どうです?今日の夜にでも……」

「ああっ、ズルいぞハンナ!抜けがけ禁止なのじゃ!」


 広いソファにチョコンと座っているシャルが声を上げた。

 対談用のガラステーブルは、黒い革製カバーに覆われた二つのソファに挟まれている形になっていて、彼女はその内の一つに座っているのだ。

 ハンナはシャルを見やる。


「あらあら残念。まあ、その辺りの塩梅は坊っちゃまに任せますわ」

「グヌヌ。お兄様、今宵の伽は妾を選ぶのじゃ!」


 アダマスはピラリと紙を一枚めくり、ジックリ読んでいる最中だ。

 しかし直ぐさま目を離してシャルへ向き合う。目を合わせ、微笑みを浮かべた。


「うーん、そうだなあ。ていっ」

「むおっふ!?なんじゃあ」


 目を合わせたまま書類を撫でる。

 すると紙が板のように固くなる。

 魔術の一種だ。波長を調節し易い人体由来の魔力を紙へ流し込む事で硬質化を可能にしている。

 そうして出来たものを嘴よろしくシャルに向け、額に向かって投げたのであった。

 紙の軽さと板の硬さを兼ね揃えたそれは宙を舞い、彼女の額にコツンと当たる。


 紙に込められた魔力が当たった瞬間に霧散し、シャルの顔へ貼り付いた。

 突然の事にジタバタと大袈裟に四肢を動かし剥がそうとする。


「先ずは計算ミスを直してからね。そこ、シャルの担当だったし」


 言い終わる頃、シャルは己の顔に貼り付いていた紙を剥がして、兄の何処かはぐらかせた様な言い方に口を尖らせた。

 彼女の手にあるのは領内の税収を表にしたシンプルな加算乗算の計算に基づいた報告書だ。


 ラッキーダスト領はこの世界ではじめて無限エネルギーの実用化に成功している。

 アダマスの側室にして技術顧問のエミリー第三婦人によるものだ。


 それ故にこの領地の機械用魔力使用税の税率はかなり低く、元手がかかっていないので黒字を保っている。

 他にも大量のエネルギーを使って作る人工ダイヤモンドを成形し、この世界で最大の価値を持つ貨幣を作り国へ納める事等で運営されている。


 また、農業や漁業といった一次産業からは他の貴族領に比べてあまり税を取らず、そうして生産される作物や、小金持ちになった生産者と云う顧客を求めて様々な行商人がやってくるのだ。


「のおハンナよ、電卓は使っちゃいかんのかえ?」


 ところシャルはソロバンを弾き、万年筆で紙に数字を記入しながら言った。

 デスクの上には蒸気機関で動く電卓がある。

 魔力の持つ情報記憶機能により階差機関式電卓をかなりコンパクトにし、幾つか機能を加えて実用化したものだ。

 横に並んだ短い筒を、日付を変えるスタンプよろしく、幾つもクルクルと回して計算結果を出すもので、積分や平方根の計算も可能である。

 これがあればシャルの仕事もはやく出来るがハンナは言った。


「まだまだですね、これはもう少し大きい数字を取り扱うようになってからです」

「大きいすうじ〜?これ、ゼロがいっぱいで大きい気がするのじゃが」

「あらあら、『ゼロ』とカウント出来る内は大丈夫ですわ」


 そんなぁと、シャルはテーブルに突っ伏した。

 ハンナはそれへ微笑んでいると、隣から声がかかる。

 アダマスが一枚の書類を此方へ差し出してきた。


「ハンナさん。これってなにか問題あるの?」


 そこに書かれているのは燃料用のコークスが別貴族の許可証と共に搬入されたと云う書類だった。

 ハンナは変わらぬ微笑みを浮かべて、呆気からんと言う。


「それはテロリストと化した湖賊の残党が偽造書類と現地組立武器を使い、我々の領地でひと暴れするという証拠書類ですね」

「……え?」

「朝、チェックして見つけられたのが幸いでした。もう押さえたのでご安心を。

領主としてこういった事も見分けなければいけないという、宿題ですね。

近いうちにエミリーが検分するので坊ちゃまも行かねばなりません」


 そうした流れでハンナに利き腕による筆圧の違いを使った見分け方などを教わっている時、正面の扉が開いた。マーガレットの高い声がする。


「ご主人様、お嬢様、お菓子です」

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