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第十五話 おっぱいパワーに魂を引かれた者のエゴ

挿絵(By みてみん)

 扉が開けられアダマスが進んだその先に、アルファベットの『A』のように見える人影が在る。

 まるで剣が入っているかのようにピシリと背筋を伸ばし、足を揃えて手を下腹部へ当て、シックな紺色に染められたメイド服のロングスカートを上品に着こなしている。

 その全体像が崩しがたく美しいAのラインを形作っていたのだ。

 口元にあでやかな一つのホクロを浮かべている彼女はニコニコと柔和な微笑みを浮かべ、絵になる一礼を作ってみせた。


「お帰りなさいませ、坊ちゃま」

「ああ、ハンナさんもただいま」


 ハンナと呼ばれた彼女は、されども形容とは対照的に寧ろ近寄りたい不思議な引力を発している。

 その微笑み、そして服の上からでも分かる豊かな半円錐型をした胸部。

 相乗されて母性とも呼ばれる不思議な引力だ。

 もしくはおっぱいパワー。

 

「午前行ったお仕事の手直しが終わりましたが、仕上げは何時頃になさいますか?」

「とりあえずは、そうだなぁ……」


 アダマスは背負っていたシャルを一旦両手で横抱きに抱え、丁寧にハンナへ渡した。

 彼女は渡されたものを受け取り、自身の腕を器用に揺り動かして眠っているシャルの両手両足を棒一本の上に乗せても落ちない絶妙なバランスの体位に形作った。

 その勢いを殺さずに片手に抱える様はまるで揺り籠のよう。


 そんな曲芸にアダマスは驚く様子がない。それは彼自身が出来ると云う訳ではない。

 産まれて乳母として実の母よりも長く共に在り、現在はこの屋敷のメイド長をしているハンナは、アダマスにとって何時だって凄い存在として認識されているからだ。


 例えばこの屋敷は城のような大きさで、風呂ひとつとってもプールのように広く、門を認証システムをはじめとした手入れに専門知識が必要な最新技術を盛り込んでいる。

 しかしアダマスを迎えたメイドは二人。しかも一人は見習いのマーガレット。

 実質ハンナ一人によって維持されているのである。

 

 ともあれ、そういった凄さを昔から見せられているせいかアダマスにとって、これくらいの事は『ハンナさんだし仕方ない』と安心した日常茶飯事として済ませるのである。

 だから今日も安心して、アダマスは自身の身をおっぱいパワーに委ねた。

 両手を前に出して体重を前に寄せ、おっぱい目掛けて突撃す。

 頭部を豊かなおっぱいの谷間に埋めると、何度も揉んでいる只の脂肪の塊の筈なのに不思議と飽きが来ない感触が今日も良い一日だったなと安らぎを与えられるのだ。

 どうにも自身が液体になったような感覚を身に覚えつつ、朦朧とした意識の中から正常な自分の言葉を摘まんで口から放り投げた。


「取り敢えず寝るよ。一時間後に起こして」

「畏まりました」

 

 ハンナは笑顔を崩さないままアダマスをもう片腕でキュウと抱き寄せる。

 胸の中でスヤスヤと天使のような顔立ちで眠っている事を確認すると、上手い具合にもう片手で持ち上げた。


 そこへ負の感情を感じさせる視線がひとつ。

 視線の持ち主は親指の爪をガシガシと噛みながら自身の胸をおさえ、此方をジッと恨めしそうに見る己と同じ髪を持った実の娘。マーガレットである。


「マーガレットちゃんのも、そのうち大きくなるわよ」

「ほんと!?ママ!」

「ホントよ。私の娘だもの」


 跳びはねて喜ぶマーガレットを微笑みで撫でた。

 そこには確かな愛情があり、マーガレット本人も実際には撫でられていなくても「今、撫でられたな」という感覚に見舞われる。

 信用できる言葉だった。

 それにと、ハンナは続ける。


「それに、今のアナタはアナタなりに頑張れば良いと思うわ。だって、ただ大きければ良いというものでも無いのだから」


 しかしハンナは愛想を良くする為の細い笑い目ながらも至って真剣な表情だ。聞いている側は唾を飲んだ。


「必要なのは殿方に『愛着』を持たせる事。愛着のあるおっぱいと愛着の無いおっぱいではまるで別物なの。

愛着が無ければ私のおっぱいでも只の脂肪の塊に過ぎないわ」

「そんな……この性欲が服を着て歩いているどころか服を着ているイメージがあんま無いご主人様にそんな分別が!?」


 マーガレットは冷や汗を流すが、そういえばとアダマスの側室達思い出していた。

 アダマスには五人の妻が居て、ハンナを含むその内三人が巨乳であるが、それ以外には手を付けていない。

 これがきっと、目の前でスヤスヤと眠る愛着のある接し方というものか。

 この考えに至った事を読み取るかのようにハンナはクスリと笑った。


「だからマーガレットちゃんも自分なりにいっぱい坊ちゃまに愛され、愛す方法を探しなさい。そうして胸いっぱいに愛情を詰め込めば実際の大きさなんて関係ないわ」

「ムムム、そうなのかなぁ、そうかもなぁ。なんか難しいぞ」

「大丈夫、アナタなら出来るわ。私の娘だもの」


 言い残し、ハンナは微笑みを浮かべる。その顔つきは肌も白くきめ細かい。

 二十代中盤と言われても違和感が無いが、余裕のある雰囲気と豊かな身体つきがかなりの歳上感を出していた。実際は34歳らしい。


「さ、坊ちゃまとお嬢様を客間で寝かせに行くからお着換えを取ってきてちょうだいな。実際の付き合いもこういう事の積み重ねよ」

「あ。はーっい」


 マーガレットは衣装室へトテトテと廊下を早足で歩く。

 ハンナはその後ろ姿を見て、もう少し礼儀よく出来るだろうと今後の指導の課題として脳内のファイルへ追加しておいた。

 

 彼女はアダマスの第二夫人ハンナ・ラッキーダスト。

 書類上では、マーガレットは彼女と血の繋がりが無い連れ子という事にされている。

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