第十三話 ちょっとめんどい魔力の説明回です、ご主人様
魔力と名付けられたエネルギーがある。
とはいえ、無から有を作れるわけではなく何か既存の物体にとりついて発動するので思うほど便利でもない。
某名作RPGのように手の平から極大閃熱呪文を出す訳でも無ければ、某名作魔法小説のように駅の改札から異世界に行ける訳でないのだ。
先ず、『魔力の波長』と『対象となる物体』の相性云々によっても透過率は大分変わる時点で不便だ。
例えばこの組み合わせをひとつのカップルに例えよう。魔力が男だ。
男が消極的過ぎて相性が良くなければ何かしているつもりでも「私ってアナタの何なの、アナタは私に何をしてくれていたの」とか言われてしまう。
ところが逆に貢いでばかりだと女性によっては「私、アナタみたく重い人無理なの」とか言われてしまう。
しかも第二の問題として「私、アナタが居なければダメなの。二人で幸せになりましょう」とピッタリ相性の合う魔力と物体の組み合わせになったものがあったとして、出来る事は大きく分けて『強化する』『操作する』『記憶する』の三つのみ。
そして、道具があまり発展していない『魔術』と呼ばれる技術が主要だった初期の技術体系では単純に引き出せる力が弱すぎた。
と、いうのも人間が一人で生み出せる魔力が弱すぎるのだ。
魔力とは、水が水蒸気になる、木が燃えて炎になる等結合エネルギーが落ちた時に発生する。
人では代謝作用によりATPが分解されて熱エネルギーが発生する瞬間等々……。
発生する理屈はよく分かっていないが『ものを形作るには魔力が必要不可欠で、解体される事によって余剰分が放出される』と云うのが現代の主な学説だ。
つまりこの学説が正しければ『魔力の無い世界において全ての物質は形を保つ事が出来ないので人間は存在しない』という事になる。
そこには例外もあるが、人とは安定に向かうものらしくこの学説が最も有力とされているのである。
そうでなければこの世界では『オカルト理論』と呼ばれ一蹴されてしまうのだ。
ともあれ、そうした事情もあり古代から使われていた『火矢が燃えて発生される魔力を自身の魔力と共鳴させる事で、火矢の強化や操作を可能にする』といったものを筆頭に、外部の魔力に頼った魔術を基礎として発展させてきたのが現代の魔力工学である。
◆
門の前でマーガレットの頭を十分に撫でた後、今度こそドアノックを握っていた。
「しかしマーガレット、誰が見てる訳でもないし『お兄ちゃん』と呼ばなくても大丈夫だよ?」
「これも仕事だし」
「アハハ、真面目だなあ。真面目なのは良いことだけどね。期待してる」
真鍮に似た魔力共鳴合金で出来たドアノックを以って「カンカン・カンカン」と四度、柵に取り付けられた留め具を叩き、手元の騎士の紋章へ語りかける。
「アダマス・フォン・ラッキーダスト。領主権限により解鍵を求む」
声が騎士のフェイスガード下のポッカリした空洞を通して門内部へ吸い込まれた。
同時にアダマスの体内で生成され声と同時に放出された魔力を吸い込み、ドアノックを握る手から伝わる生体情報が読み込まれる。
声紋、魔力波長、指紋が読み込まれる。
騎士から伝えられた情報は門の鉄棒を駆け巡り、先端の槍状をした飾りへ。
プシュリと水蒸気が槍先から噴き出ると柵全体が震えて超音波を放つ。反響音から、光でそれを成す写真のように相手の全身像を得ているのだ。
そうして騎士は目の前に居るのが自らの仕える主であると認識し、水蒸気を血流よろしく門内部で駆け巡らせて内部の歯車を動かし、門を開けた。
普通ならこれっぽっちの水蒸気で開く重量でない。
しかし、外部から供給されている水と相性の良い波長を持つ魔力によって強化された水蒸気と、魔力によって自動で動く歯車の相乗効果がそれを可能にしているのだ。
因みに、シンプルな形状に騙され、こういったやり取りをせずに空き巣に入ろうとすると、横切った瞬間に門の、現代日本では人権問題などに引っかかり使えないような、闇の深い警報装置が作動する。
さて入ろうかなとアダマスは再び妹を背負う為に門横で寝ているシャルに近付くが、そこへマーガレットが声を出した。
「ちょっと待って」
タッタと駆け足で姉に迫る彼女。そしてシャルの前に立ち塞がり、買い物カバンをアダマスに渡す。
どうも彼女がアダマスの後ろから現れたのは買い物帰りだったからだそうだ。
「お兄ちゃん、私の買い物カバン持って。その代わりお姉ちゃんは私が背負うから」
「え?いや大丈夫だよ。それに妹に重い方を持たせるって、ちょっとボクはどうかと思うなぁ」
マーガレットは五感に優れた、つまるところ身体能力に優れたメイドだ。
シャル一人を背負うくらい彼女にとってどうという事ない問題というのは分かるが、これは単なる気持ちの問題。そして、彼女の態度の裏に込めた打算の問題だ。
故に寧ろアダマスはマーガレットの買い物カバンを持つ手を握って、横に並ぶ。
指をカプリと咥えても平気な顔をしていた彼女の顔が赤くなる。
「そんな事気にしなくてもちゃんとマーガレットの事は見ているつもりだから大丈夫だよ」
アダマスは手を繋いだ方とは逆の腕を使い、器用にシャルを背負いながら、マーガレットをしっかり見て言った。
彼の瞳にはアワアワと手をバタつかせてながらも、視線をアダマスから離さない彼女が映る。
どんなに手をバタつかせて己を隠そうという本能的な心理表現をしようにも、アダマスが自分の内心を理解しているのが理解できていた。
歯茎がむず痒くなった彼女は、ついパニックを起こしてアダマスの手を繋いだままに、門の中へ入る。こういった場合は既に門は開いているので、警報装置は作動しない。
続いてアダマスが通って少し経つと門は自動で閉じた。
アダマスの目の前には自分の腕を強い力で引っ張る背中、照れで赤くなった耳。
それらを見て悪戯じみた笑みを浮かべる。
さて彼は自身の体重にシャルの体重を合わせ、手首を捻りながら半身になる。
マーガレットの腕力が幾ら強くとも体重はシャル以下なので、重い方へ引っ張られるのだ。
そうしてフワリと浮いたマーガレットの身体は、丁度尻の下から持ち上げられる形でアダマスの片腕へ抱え込まれるように受け止められた。
受け止められると同時にマーガレットは「ヒャン」と乙女ゝゝした声を上げた。
「おいおい、勝手に走ってくれるなよ。
マーガレットの顔がよく見えないじゃないか」
シャルを背負いながらも微笑みを浮かべて片腕のマーガレットへ語り掛ける。
言葉に一旦詰まった彼女は、意を決して言い放った。
「ご、『ご主人様』を御屋敷にご案内するのは従者の常ですから!」
「んっん~、誰が見てる訳でもないしその呼び方でなくても大丈夫だよ?」
「いえ、仕事ですから!」
「アッハッハ。真面目だなあ」
マーガレットと会ってから笑ってばっかだ。
そう思うアダマスだった。




