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第一話 お兄様、結婚しましょう

 まだ五つにもなっていない幼女が駄々を捏ねる。

 ひたすらに駄々を捏ねる。

 仰向けになって。四肢を振り回して。顔を真っ赤に口を大きく開け叫び散らして。

 そんな小さな子供ならありふれた光景が展開されていた。


 他と違うといえば、此処が『王宮』と云う施設の、『女王の間』と呼ばれる、最高権力者が実務を行う場所である事くらいだろうか。

 普段厳格な場所である此処が、こうも騒がしいエネルギーで充満するのは歴史を紐解いても中々見れない事だった。


「ヤダヤダ!お兄様と離ればなれなんてヤダ!」


 天井からはシャンデリア、床の上には赤絨毯。

 シャンデリアが、赤絨毯の上で暴れる幼女を照らしていた。

 人が上品に映るよう設計されているのだが、皮肉な事に今の様をコメディのスポットライトのように、一層に引き立てる。


 白い光によって、彼女の着るドレスが先ず照らされる。

 ドレスは伝統ある工房がその歴史に見合った技術によって編み上げたオーダーメイドのもの。

 それ故に、一般市民では一生かかっても手にする事もない、皺ひとつ付けていけないようなものだ。


 それなのに、現在進行形の物凄い速度で皺になり、埃も付き、その価値を落としている。

 しかも彼女が被っている、王女を証明する純金のティアラへ致命的な被害が出るのも時間の問題だ。


 その様を正面の高い玉座から黙って見下ろしているのは、とても偉い彼女の母親だった。

 具体的には皆から女王閣下と呼ばれている程に偉い。この国は王国と名は付いているが、女王主権なのでよっぽどだ。

 やはりこちらも豪華なドレスを着て、相応のティアラを被っていた。


 ドレスに着られない程度にはスタイルは良く、薄化粧で済む程に顔のパーツは整った、いわゆる美人。

 時に同性ですら魅了するが、表情に見えるのは険の色で近寄り難い。

 母は三白眼のキツい目を一層険しくして、押し潰すように声をぶつける。


「ワガママ言っちゃダメでしょう、シャルロット。

お兄ちゃんは領地を任されるんだから今日でお別れって言ったじゃない。

アナタはこの国を継ぐためにお城に残って、婚約者である帝国の王子様と結婚しなければいけないのだから」

「うっさい、お兄様じゃなきゃヤダ!

国なんか要らないし婚約者なんざクソくらえじゃ!」


 周りに誰が居ようと介さない即答。

 実際にも自分達以外に沢山の人々が黒子の立場でこの喜劇を見ているが、そんなものはお構い無しだ。


 女王は白魚のような指を頰に滑らして困っているのだと云う仕草。

 目元を周りに向けて、此処に介入しないよう気を配る。


 その片眉はピクリと吊り上げられていた。

 口元は銀で出来た扇に隠されていて見ることは出来ない。

 扇に飾られたジャラジャラと重そうな宝石や鈴やらが擦れる音の方が呼吸音よりも大きい位だ。

 そんな扇を畳み、ピシャリと遠くから駄々を捏ねる少女へ向ける。


 もう女王の表情に険は無い。

 在るのは外向け用に訓練された読めない微笑みだった。


「そんなにお兄ちゃんが良いなら、お兄ちゃんと結婚してしまいなさい。でも、そうしたらアナタはもうお姫様でも私の子でもなくなっちゃうのよ。

分かっているわね?」


 すると幼女はピタリと動きを止め、待っていたとばかりに言葉を発した。


「なんだと、結婚して良いとな!?言質は取ったぞ!」


 ゆっくりと立ち上がり、しっかりと女王へ水色の双眸を向けた。

 ニィと、その口には犬歯を剥き出しにした凶暴な笑みが作られていた。

 勢いよく上に上げられる右手。

 ムンズと頭のティアラを掴み取り、握り締めて、勢い良く地面に叩きつける。

 金製で重い筈のティアラが一回弾み、女王の足元まで転がっていった。


「願ったり叶ったりじゃわい!

ソチラこそ吐いた唾呑み込むんじゃないぞ!『お母様』!」


 そうした勢いそのままに幼女は曲がれ右をしてパタパタと勢いよく部屋を後にする。

 玉座に残された女王は、フウと息を何処にもともなく吹く。


 見ていたメイドにティアラを回収させると、それは清々しいくらいに凹んでいる。

 ティアラを片手で弄びながら何処か疲れた目、軽い口調でポツリと呟いた。


「……ほーんと、小さな子供に被せるには随分重い飾りよねぇ。

まあ、アナタはそっちの方が良いでしょうし、幸せになりなさいな。

後は頑張ってね、『お兄ちゃん』」



 女王はその眼を流してツツツと窓の縁を沿うように、窓の外へ眼を向ける。

 六歳になったばかりの少年がひとりの幼女にタックルで抱き付かれている場面だった。

 少年に抱き留められた少女はめいっぱいに叫ぶのである。


「お兄様、結婚しましょ!」



 ある辺鄙な土地へ兄妹共々引っ越して七年程が経った、ある昼の事である。


 魔力というエネルギーが当たり前のように生活に馴染み、蒸気機関に魔力を組み込む事で発達した何れかの世界にて。


 それ故に文明がそれなりに発達した領土では空は石炭によって黒い雲に覆われているものだが、この領土においてはそうでない。


 珍しい青空を背景に太陽が燦々と下の街を照らす。


 金属管が幾つも並ぶ通りに沿って煉瓦造りの建物が並んでいた。金属管は建物へ繋がり、躯体に取り付けられた剥き出しの歯車がキリキリと回っている。


 全ての建物に看板が掛けられていて、描かれているものもライスやピッツァ、シチューに酒に紅茶にアイスクリームにトンカツ定食といったバリエーションは、此処が所謂『グルメ通り』なるものだと云う事を主張していた。


 最近は冒険者も賢くなければ生きられない時代となってきたためか、識字率も上がってきている。

 故に看板のほぼ全てが文字入りで、文字自体もひとつの絵画と思えるほどにかなりの色彩や表現法が使われていた。

 だから通るだけでもハイカラな絵の並ぶ絵画展のような趣きがどの店に入るのかを楽しませるウインドウショッピングの気分にさせる。


 そんな大衆的な中で取り残されたようにポツンと地味なものがある。

まるでスペースを埋める為だけに作ったオブジェクトにも見えるソレは、よくよく見れば小さなパスタ屋だ。

 木製の看板へ、白い色にて幾何学的な絵柄のパスタが描かれていて、それ以外のものはない絶滅危惧種といえよう。


 そんな珍奇なものの前に立つのは、二人分の子供の人影だ。

 背丈からして少し歳の離れた男女と分かる。

 オーバーオールを着た少年と、黒いカボチャパンツに黒いTシャツを合わせて着た少女が、陽光によってライトアップされる。

 お互いに十代前半と云ったところだろう。

 身体の線は細いが年相応の細さで、不健康さはない。


 少年の口が動く。

 フワフワとした檸檬色の髪で、睫毛が長く白い肌は中性的で儚げな印象を醸し出す。

青空のように水色の虹彩は、赤縁眼鏡を透して目の前の絶滅危惧種をどうするでもなく、関心する目で見ていた。


「ここかい?シャル」

「おうよお兄様、ここじゃここ。

汚い建物じゃろう?でも、この辺りでは、ここが一番美味くてな」


 シャルと呼ばれた少女は、そうしてニィと笑い虫歯のない綺麗な犬歯を見せてみせた。

 彼女の大きく露わになった額の中央には黒子が目印のようにひとつある。

 少年と同様に檸檬色の、しかし腰まで長く伸ばした髪を全て後ろへ回す事で額が大きく露わになっているのだ。

 後ろに回した髪は、耳下の辺りで赤いシュシュにより二つ結びにされている。

 そうして二束を垂らす事で、耳の長い犬や兎のようでもある。

 それ故になのか、満面の笑みでそれをブンブンと揺らす様は犬がはしゃいでいるようにも見えた。


「へぇ、シャルは物知りだねぇ」


 少年はつい、シャルの頭を撫でていた。

 サラサラの髪の毛が丁寧に結ばれているので頭の形が感触がよく分かる。

 とても気持ちよくて、薔薇石鹸のとても良い匂いがした。

ずっとこうしていたい情念を内にも外にも感じるが、仮にも店前でずっとイチャつく訳にもいけないので、シャルを離す。

 シャルは少し物欲しそうな目で兄を見るが、口を尖らせつつ寂れた扉を開けるのだった。


 『シャル』ことシャルロット。幼女はこの数年の間、すっかり少女になっていた。

挿絵(By みてみん)

兄。13歳160cm

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