第87話・昏い森とサービス残業
クララ様はギルドからの報告書を読み情報の精査をし、今後の方針などをまとめ上げていく。
まだ14〜15歳の少女とは思えないほど精力的な働き見せてくれる。
やっぱ、貴族ってスゴイんだねぇ〜。これだから特別な権力を与えられているんだろうな。
正直言って、俺には出来ない仕事量だわ。お気楽極楽の平民でつくづく良かったと思う。
そんなわけで俺はクララ様の邪魔にならないよう、別室に用意されていた夕飯を一人でいただいた。いやぁ〜相変わらずの美味さだね。お金持ちのメシってのは素材から違うんだろうな。
その後、デザートと食後のお茶まで楽しませてもらい、後は寝るだけってなったので与えられた寝室に向かった。
クララ様は遅くまで仕事みたいだ。この世界は貴族にもブラックな環境らしい。
高等教育を受けた者は年齢も男女も関係なく、寝る間も無いほど働くことが義務という事なんだろう。そうでなければ、貴族社会で生き残れないんだろうな。
んで、俺はというと平民と貴族の差を噛み締めながら、フカフカのベットで眠りにつくのであった…。おやすみなさい。
ビィーー!ビィーー!ビィーー!…………。
夜中、2時を過ぎた頃、頭の中で警報が鳴り出した。
別に変な病気やヤバい薬なんかのせいじゃない。
これは、DELSONの『早期警戒機能』の警報音だ。
細かくバージョンアップしていた機能の一つで、マリアさんを森で救った時の事を反省して組み上げた機能だ。
しかしねぇ〜、熟睡してる時に警報ってのは正直キツいんだよねぇ〜。
なんて思っているとDELSONの精神作用が起動して、強制的に覚醒させられた。
ゆっくりと身体を起こして、『レーダー機能』を立ち上げると、屋敷の裏に広がる森の中に複数の赤い光点が示された。
『早期警戒機能』は敵対判定の受けた対象を赤い光点で示し、それが任意の範囲(普段は200mにしてある)に入ってくると警戒音で知らせる機能だ。
ああ〜こいつらは昨日、取り逃がしたスピンクス・ファミリーの残党だなぁ〜。
もしかして、クララ様を拉致ってどうにかしようとかアホな事考えたか?
さらにレーダーで確認すると、騎士団は屋敷の内部とクララ様の寝室を中心に警護しているらしく、森にいる残党には気づいていない様子。
ヤツらが屋敷にカチコミかけると少々厄介な事になっちゃうなぁ…。
仕方ない…。ここはサービス残業しますかねぇ〜。
とりあえず、さっと着替えてDELSONを背負い『ステルス機能』を起動して静かに森へと移動を開始した。
窓から出て裏庭に移動しながら、残党の人数を確認する。
こちらに向かっているのは5人、あとは森の奥に3人いる。この3人がボスとその護衛だな。
さて、ここで連中をサックリとヤっちゃうのが一番簡単なんだけどぉ〜。
ハッキリ言って今回はそれはできない。なんせ、この連中は今後ロンダーギヌス辺境伯にとって必要になる人達だ。最後は縛り首だけど、それまでにいろいろとゲロってもらわないといけない。死体じゃ役に立たないのだ。
って事で、如何に無力化するか?が今回のサービス残業の要となる。
そこで新アイテムの登場だ!!
まずは、これ!!
テレレレッテレ〜〜〜。『鉄の棒』〜〜。
これは直径3cm、長さ2mの鉄製の棒だ。
片方の先端は丸く、もう片方はとがらせている。
パイルバンカーみたく打ち込んで使用するつもりで作った。材料はダンジョンで拾った鉄の廃材を利用した。
そして、もう一つ。
テレレレッテレ〜〜〜。『針付ワイヤー』〜〜。
長さ10mで先端に針が付いているモノだ。一応、3本用意してある。
これもダンジョンで拾った鉄の廃材を利用して製作した。
んで、これらをどう使うかというと、お馴染みの魔法「ライトニングボルト」と併用してみようと思っている。
「ライトニングボルト」は例のイノシシが使ってた魔法なんだけど、威力はあるが範囲魔法なんで少々使い勝手が悪い。ぶっちゃけ、命中精度がショボイのよ。
だもんで、この魔法をワイヤーを使って「スタンガン」に、鉄の棒に流して「スタンロッド」として使おうって思ったわけ。
これなら、致死性も低いしデカい音もしないから今回みたいな仕事には持ってこいのはずだ。
って事で、最初の一人目からヤっていきましょう。
そいつは森を100mほど入った所にいた。見つかりにくいように黒っぽい服装で木陰に隠れている。
俺はそいつの後ろからそっと近づいた。そして、DELSONの吸引パイプから鉄の棒を30cmほど出し、ヤツの首筋に当てた瞬間「ライトニングボルト」をお見舞いする。
「……おぐっ!!」
無音の電撃にそいつは短く低い叫び声を上げ、身体をビクビクと震えさせながら昏倒した。
よし!思ってた以上に上手くいった。
俺は動かなくなった黒ずくめを縛り上げ猿轡をして次の獲物に向かった。
次のヤツには「スタンガン」を試そう。
目標はさっきのヤツから50mほど離れた場所に隠れていた。
遠目で庭を観察しているみたいだ。騎士の人が巡回しているから、その隙を狙っているのだろう。
足音を忍ばせて、そいつの背後に近づく。あと5mほどの所で狙いをつける。
パスっと軽い発射音がして針付のワイヤーが飛び、目標の背中に突き刺さる。
その瞬間、ワイヤーを通して「ライトニングボルト」が炸裂する。
「………!!」
そいつは声さえ上げず、身体を痙攣させている。
うむ。コッチの方が使いやすい。前の世界で警察が採用してた事はあるな。
「スタンロッド」より安心感がある。コッチをメインに使っていこう。
俺は二人目を縛り上げ、さらに三人目もサクっと昏倒させた。
だが、ここまでやると流石に敵さんも異変に気づき始めた。
四人目のヤツは警戒度を強め、五人目のヤツに後方へ下がるように指示を出した。
誘拐が無理そうなら、早めに逃げを打った方が賢明と考えたんだろう。
しかし、それはもう遅い。俺は戦法を変え、一気に四人目に近づき鉄の棒を正規の使い方「パイルバンカー」としてヤツの顎に叩き込んだ。
打ち込むスピードは時速30km。意外と遅く感じるかもしれないけど、プロボクサーのパンチのスピードがこれくらいらしい。
まあ、目の前30cmからこのスピードで打ち込まれれば、単純計算で0.035秒後にパンチは顔面に到達する。普通の人じゃ避けられない。
しかも、俺の場合は『ステルス機能』で見えないときている。
これじゃ避けようがないのだ。
四人目はあっさりと脳を揺らして倒れ込み、五人目は「スタンガン」の射程圏内だったので痺れさせてもらった。
さて、モタモタして敵に逃げられでもしたら意味がない。
縛り上げるのは後にして、残りの三人を料理しにいこう。
そいつらは200mほど森の奥に入った所に固まっていた。
「オヤジ。なんかオカシイですぜ。アイツらの動きが止まったみたいだ」
「どういうこった?ドース、おまえ様子見て来い」
ボスらしい男が異変を感じた部下に命令を出している。
ナイスなタイミングですよ、オヤジさん。
ドースと呼ばれたガタイの良い男が俺の方へと向かってくる。
勿論、ドースには俺の姿は見えていない。
俺はドースの鳩尾に「パイルバンカー」を打ち込んだ。
ドスっと鈍い音が響く。
「オウ……!!」
と、ドースが前のめりに倒れ込むが、流石にガタイが良いからか一発じゃ落ちない。なので、そのまま電撃もオマケしてみた。
「……!うがががが!!!」
少々、長めに電撃を流し過ぎたかな?
倒れたドースから少し煙が出ている。死んでませんように…。
「ドース!!何があった!?」
突然倒れ込んだドースに驚いたのだろう。二人が呆然としている。
「お…オヤジ…こりゃあ、ヤバいぜ…」
「そ…そうだな。逃げるぞ!!」
俺は脱兎の如く逃げ出した二人に「スタンガン」を撃ち込んだ。
「「アガガガガガガガ!!!」」
流石はDELSON。二人同時でも命中してくれた。
逃亡防止のために少し長めに電撃したけど、大丈夫だろう。
それから俺は昏倒したヤツら全員を縛り上げ、庭に一纏めにして置いておいた。
全員、倒すのには20分程度で済んだが、庭に引きずり出すのに一時間近くかかったから、もうヘトヘトだよ。
日の出まではあと数時間あるけど、今日は寝坊させてもらおう。
もう夜中のサービス残業はしないぞ。睡眠時間ってすごく大事だもの。




