第81話・白狼、登場
俺はガルダさん達の支援をすべく位置を移動した。
全体を見渡せる方が良いので背の高い位置の枝を選んで、そこに陣取ろうと思ったのだ。
良い感じの枝ぶりの木を見つけたので、登ろうとしたが手掛かりに使える様な枝が無いのでなかなか登れない。
ロープでもあれば良かったんだが、ガルダさん達に渡しちゃったんだよね。
どうしたものかと悩んで、ハタと気づいた。DELSONがあるじゃん。
このDELSONは、元の世界じゃ充電式のコードレスではなく、電源コードが付いている。こっちに来てから魔力で無限に動いてるから忘れてたけど、この電源コードも異世界仕様になっている。コードの長さは無限大だし、汚破損防止機能で絶対に切れない。しかも、プラグ部分は俺の意思で自由に変形できるようになっている。
こんな便利パーツを使わないなんてもったいない。
早速、俺はコードを引き出しプラグを鉤ヅメに変形させた。
それを吸引パイプに吸い込ませてから、目標の枝に向かって軽く撃った。
クルクルと枝にコードが巻き付き鉤ヅメが引っかかる。
2〜3度、コードを引っ張って確かめてみる。上手く引っかかってるようだ。
コードを使って木登りを開始。2度ほど足を滑らせたのは御愛嬌だ。
ちょっと登り辛かったなぁ〜。ヒマな時にDELSONをフルハーネスに改造しよう。
そんな事を考えながら、高さ5mほどにある枝に陣取る。
この高さだと見晴らしが良い。森狼の群れが一望できる。
「では、攪乱開始といきましょうかね」
俺はDELSONを構えて攻撃準備にかかる。まず始めに選んだのは村でも緊急用に使用している『素焼きの壺』だ。大きさは野球のボールくらい。中身は状況で変わるんだけど、今回は定番の油だ。布切れで蓋をして火を着けて投げて火炎瓶みたいに使うんだけど火事になりやすいんで使いどころが限定される。
今回は湖の近くだから使う事にした。
予め着火済みのが3個ほどDELSONに保存していたので、そのままグレネードランチャーっぽくオオカミに向けて発射した。
ポン・ポン・ポンと撃ち出した火炎瓶が放物線を描いてオオカミの群れへと飛んでいく。ま、発射音なんてしてないんだけど…。
撃ち出した3発の内2発は地面で破裂して燃え上がり、群れにパニックを起こさせた。残る1発は運の悪い1匹に直撃した。そのオオカミは炎を上げながら走り回りパニックを増大させる。
「よし!!突撃だ!!」
間髪入れずガルダさんと冒険者たちがオオカミに切り込んでいく。
見る間に2匹のオオカミが切り飛ばされた。さすがは手練れの冒険者だ。
よし。上手くいったぞ。じゃあ、攪乱の第二段といこう。
次に使うのも『素焼きの壺』、ただし中身が違う。
今回の中身は『お酢』と『トウガラシのエキス』を混ぜたもの。
コイツは対人戦の時に目潰しとして使うんだけど、オオカミなどの鼻の良い動物にも使える。刺激臭でダメージを与えられるし、ちょっとした傷にでも液体がかかれば、かなりの痛みを感じるから戦闘の妨げにもなる。
たいした威力も無いけど、ほんの少しのスキでも出来れば戦場じゃ命取りになるからね。これも3発しかないんで有効に撃ち込もう。
まずは、ソフィアさん達がいる木に向けて一発。これで少しの間オオカミ達はソフィアさん達に近づけない。そして残りの2発はオオカミに直接当てる。強烈な刺激臭を纏いオオカミが暴れ回る。こうして、更に群れの混乱は広がっていった。
「さてと…。お次はサポートに回りましょうかね」
俺はガルダさん達の邪魔にならない程度にオオカミに矢を撃ち込んでいった。
狙う箇所は足や鼻面だ。ほんの少しオオカミの邪魔をすれば、手練れのガルダさん達には充分なサポートになる。
ガルダさん達は危なげなくオオカミを屠っていった。
ガルダさん達がオオカミを5匹も倒した頃、突然…。
「ウォオオオオーーーン」
と、どこからか遠吠えが聞こえてきた。
するとパニック状態だったオオカミの群れが、その遠吠え一つでたちまち沈静化してしまった。
そしてオオカミの群れの統率が執れ始め、まるで軍隊のような動きになった。
「ボスが来やがったか!」
ガルダさんの叫び声が聞こえてきた。
形勢が一気に逆転し、冒険者達が包囲される形となった。
そして、そいつが現れた。
体長5mはあろうかというオオカミだった。
輝くばかりの純白の毛並みに青い瞳。まさしく王者の風格を背負ったボスだった。
「フェ…。フェンリル…」
冒険者の一人が絞り出すように唸る。
その群れのボスは『聖獣』と言われる「フェンリル」だった。
その昔、この『聖獣』に率いられた巨大な群れが、とある都市を三日三晩で滅ぼしたとかいう伝説があるそうだ。
ただ、俺には…。
「ありゃ、アルビノじゃん」
『アルビノ』いわゆる白化現象と言われる突然変異にしか見えなかった。
アルビノは普通、短命だが『魔獣化』するほど長生きしたなら、かなり賢く強い個体のはずだ。大きな群れのボスになったのも当然の事だろう。
しかし、所詮は狼タイプの魔獣だ。魔法が使えるからと言って恐れることはない。
このタイプの魔獣が使える魔法は『身体強化』と『念話』というテレパシーみたいな魔法だけだ。大きな群れを有機的に動かすには抜群の能力だが、それだけのことだ。伝説にビビッて動きを止めたら負けだ。
ガルダさん達は止まっちゃったけど…。
ダメよ、ちゃんと勉強しておかないと、東方のある国では「フェンリル」討伐の記録がちゃんと残ってるし、それの解剖記録も公開されているんだよ。それに拠ると「フェンリル」と「狼の魔獣」の違いは毛皮の色だけだった。
そこで俺は白狼の足下に矢ではなく、石の弾丸を撃ち込んだ。
足下の地面が弾け飛び動きを止めたフェンリルがすぐさま俺を見つけ睨みつける。
俺はDELSONを構え、フェンリルの頭に狙いを定めた。
「どうする?アルビノ…。ここで退かなきゃテメぇの群れは全滅だぞ」
聞こえてはいないだろうが、俺はそう呟きフェンリルが退却するよう促してみた。
1分か2分か?それほど長くはない時間、俺とフェンリルは睨み合う。
「ウォオオオオーーーン」
フェンリルが遠吠えを上げ、森の奥へと引き返す。すると、群れのオオカミたちも次々に森の奥へと退き下がっていった。DELSONが本気になったらどうなるか、本能的に感じ取ったのだろう。頭の良いヤツでよかった。
「群れが退いてくぞ…」
「助かった…」
「フェンリルに遭遇して生還できるとはな…」
ガルダさん達はホッとしているが、今はソフィアさん達の救出を優先してもらわないといけない。俺は木から降りてガルダさん達のいる場所にいった。
「ガルダさん!落ち着いてないで、救出!救出!」
「そうだった!ソフィア!ソフィアは無事か!?」
ガルダさん達は急いで木に括られているソフィアさん達の回収に向かった。
ガルダさんがその巨体に似合わずスルスルと木に登り、ソフィアさん達の脈を確認していく。
「大丈夫だ!!全員、生きてるぞ!!」
そして、みんなを固定しているロープを解き、一人づつ降ろして持ってきた毛布で包んだ。
「悪いが日が落ちる前には森から出たい!急いでくれ!!」
余程、ソフィアさんの容態が心配なのだろう。ガルダさんは三人を回収すると、すぐさま帰還の準備を済ませギルドに向けて出発した。
急いで帰って治療しないと、凍傷とか大変だものね。
治癒魔法でどうにかなるんだろうけど…。
こうして、俺達の救出ミッションは無事に完了した。




