第77話・荒事は続く
ルキアさんの事情聴取という口裏合わせが終わってから、二日ほどマリアさんの献身的な介護を受けた。
その甲斐もあって、三日目の昼近くにいつもの軽い電子音と共にDELSONから俺の生命維持の終了と肉体修復が可能になった事が通知された。
俺はその旨をマリアさんに告げた。
「もう、大丈夫なんですか?」
「はい。体力的には大丈夫になりました。それで、これからDELSONで肉体の修復をしようと思ってます」
「それって、前みたいにスゴく痛そうな治療ですよね?」
「そうです。今回もかなりの痛みを伴うと思います。なので暴れないように押さえていてくれると有り難いんですが…」
「………わかりました。それなら、舌を噛まないように布も用意しましょうね」
そう言うとマリアさんはタオルを丸めて持ってきてくれた。
俺はそのタオルを咥えるとマリアさんに目で合図した。
マリアさんが頷くを確認して、覚悟を決めDELSONの修復機能を起動した。
「うぐっ………!!」
全身からシューシューと白い煙が立ち昇る。
それと同時に激痛が走り抜ける。
身体中の疲労骨折、筋肉の断裂、靭帯の断裂、毛細血管の破裂が修復されていく。
激痛で勝手に暴れ出す身体をマリアさんが必死に押さえ込んでくれている。
脂汗が噴き出し、意識が飛びそうになるがそれすらも許されない。
地獄の修復が続いていく。どのくらいの時間がかかるのだろう?
5分か?10分か?はたまた1時間か?
永遠に続くかと思われたその時間は唐突に終わりを告げた。
唐突に…ホント唐突に静かになった…。
身体中の痛みや息苦しさが無くなり、午後の気怠い空気に包まれた感じになる。
「ぐはぁ………。あぁ〜キツかったぁ〜…。今回はマジでキツかった…」
今回は前にも増してキツかった。だが、完全にダメージは修復された。
ただ、今はすんごく疲れてる…。『修復』にも相当な体力を使うんだねぇ。
「もう、大丈夫なの?」
マリアさんが心配そうな顔して聞いてきた。
「はい。もう大丈夫です。ただ、すごく疲れました…」
「そう。なら、ゆっくり休んで…。そばに居てあげるから…」
「ありがとうございます。ちょっと寝ますね…」
そう言って俺は目を閉じた。
目が覚めると朝になっていた。ちょっとのつもりはずが朝まで熟睡してしまったようだ。
「おはよう。よく眠れたみたいね」
マリアさんがキッチンに立っていた。朝食を作っていたみたいだ。
良い匂いが部屋に漂っている。
「おはようございます。よく眠れました」
「もう大丈夫?麦粥にしたんだけど食べられるかな?」
「はい。もう大丈夫です。すっかりお世話になってしまって、ありがとうございます」
「そんなの良いのよ。気にしないで」
マリアさんの作ってくれた麦粥は少々薄味だったが、美味しかった。
朝食を済ませて、マリアさんと一緒にギルドに向かった。
4日?5日ぶりのギルドか…。一人だったらかなり気後れして入れなかったかもしれないな。そこら辺もマリアさんがいてくれて助かったと思う。
朝のギルドは冒険者が減ったとは言え、混雑していた。
混雑に紛れるようにして受付に向かうと、そこかしこから声を掛けられた。
「おぉ〜っと、英雄さまのご帰還だぞぉ〜」
掛けられた声の内容はこんな感じだが、別に俺を称えてるわけじゃなさそうだ。
ひそひそと小声で噂話をする者や俺をバカにしたような笑い声が聞こえる。
冒険者たちに今回の件がどう伝わっているかは分からないが、どうも俺がドジを踏んだって事になっているらしい。
「どうもぉ〜。ご迷惑をお掛けしましてぇ〜」
ってな具合で、ペコペコと頭を下げつつ愛想笑いで誤魔化す。
その時のマリアさんは不機嫌そうに周りの連中を睨んでいたが、弁明するでもなく黙っていた。たぶん、上の方から他言無用のお達しでも出ているんだろう。
「己の技量もわきまえず、Fランク如きが無茶すると、上のランクに迷惑が掛かるんだ。ちっとは考えて仕事しろよぉ〜」
とか。
「お貴族さまに目ぇ掛けられたからって、調子に乗ってると早死にするぞぉ」
なんてセリフが聞こえた時はマリアさんがなんか泣きそうになっていた。
そんな針の筵状態の中、受付に着くと早々にロールさんが来た。
「おはようございます。早速ですがギルドマスターがお呼びですので、ご案内します」
そう言うと、俺達の返事も聞かずに2階のギルマスの部屋へと連れて行かれた。
「ようやくの復活か…。体調はどうだ?ユウキ」
部屋に入るとギルマスのロドリゴさんがそう挨拶してくる。
「はい。もう大丈夫です。今回はご迷惑をおかけしました」
「いや。謝罪は俺よりダンジョンの方にだろう?しっかり謝っておけよ。特にサリナ嬢にはな…。でないと、変な呪いを掛けられるぞ」
「ははは。それは勘弁して欲しいですね。もしかして、ギルマスも被害者で?」
「ああ。人事異動の時にな。10回に1回の割でトイレットペーパーが5cmしか残ってない状態になる呪いをな…」
オぅ…。さすがはサリナさん、地味に嫌な呪いを掛けてくれる…。トイレットペーパーが無いんじゃなくて5cmと微妙に足りない所が凶悪だ。
「呪いを掛けられた三日後に偶然だと思うが、その状態になってな。替えがあったから助かったが、本気で神殿で解呪してもらおうかと考えたよ」
正直、そんな呪いを掛けられるスキルがあったら嫌だな。生き死にに関わらないけど微妙な不幸の連続って心にくるからなぁ。
「そんな事より、今回の件なんだがな」
と、ロドリゴさんが話を切り替えてきた。
「この件については関係者全員に箝口令をひかせてもらった」
「そんな事だろうと思ってました。やはり見えない魔法使いが出たからですか?」
「いや。どちらかといえばマフィアが関係しているからだな。でだ、お前には悪いが対外的にはお前がダンジョンで無茶してマリアに助けられたって事にしてある」
「あぁ〜。それであの反応だったんですねぇ。んじゃ、マフィアに探りでも入れてるんですか?」
「あれだけでそこまで予想できるとはな。お嬢様が目を掛ける訳だ」
「でも、あれではユウキ君への扱いがひど過ぎると思います」
と、マリアさんが抗議を言ってきた。
「まぁまぁ、そこは抑えて。敵を欺くにはまず味方からとも言いますから」
そう言って俺はマリアさんを制した。
マリアさんはまだ不満らしいが、俺自身は扱いがひどくなる事には別に気にしてないし、後でマフィアの一つでも潰せるならそれで構わない。
「まぁ、ギルドとしてはマフィアと事を構えるにあたって、慎重にならざるを得ないからな。しばらくの間はユウキに我慢してもらわないとならない」
「それは構わないですよ。行方不明になってる人も心配ですから」
「済まない。感謝する」
そう言ってロドリゴさんが頭を下げてきた。
冒険者に実行犯がいたんだから、スパイだっているはずだ。
ここは慎重に行動した方が良い。
「それで、被害者の洗い出しは終わったんですか?」
「ああ、確実ではないが怪しいのがここ半年で10人ほどいる。探せばもっと出てくるだろう」
「ギルドとしては失態ですねぇ」
「そう失態だ。それも大きな失態だ。だからマフィアを確実に潰す。お前たちもそのつもりでいてくれ」
そうギルマスが宣言した。
何だか荒事のイベントが続くなぁ〜。




