第75話・初雪は全てを隠す…
俺はロバートを残してその場を離れた。
マリアさんが襲われた現場まで戻ると二人の死体にはすでにスライムが群がり始めていた。こうして犠牲者たちはダンジョンの糧となるのだ。
俺は小走りにダンジョンの出口へと向かった。
一応の決着はついているが、まだ完全にマリアさんの安全確保が出来ているわけではない。早めにマリアさんと合流しなくてはならない。
5分ほどでマリアさんに追いついた。
マリアさんの怪我は大したことはなさそうで、しっかりとした足取りをしていたので後ろから声をかけた。
「マリアさん、大丈夫ですか?」
「ユウキくん…」
マリアさんの表情は少し暗かった。
まぁ、そうだろうな。俺が彼女の知り合いを…いや、元カレを殺したんだから…。
「ありがとう…。大丈夫よ」
それっきり無言のまま、俺とマリアさんは出口に向かった。
第二階層への出口が見えてきた。ここまで来たら、まず安心だろう。
「マリア!ユウキ!無事か!?」
ルキアさんが出迎えに来てくれた。
「すみません。あれほどルキアさんに注意されていたのに…」
「いや、アタシの方こそすまなかったね。まさか、ダンジョンで行動を起こすとは思わなかったから油断していた」
ヤツらが随分と手慣れていたところをみると、初犯では無いはずだ。
これまで行方不明扱いになっている冒険者に被害者が多数いると思った方がいい。
俺はその事をルキアさんに告げた。
「その可能性はあるかもしれないねぇ。まぁ、ヤツらに聞いてみるのが一番手っ取り早いんだけど…。ヤツらはどうしたんだい?」
「それは…その…。全員、死亡しました…」
「………ロバートもかい?」
「はい…」
唯一の情報源である犯人たちは俺が殺してしまった。
「そうか…。ま、襲った方が返り討ちにあうのはよくある話だからね、仕方ないか…。その辺のこともユウキとマリアに聞かないといけないからね」
このままギルドに向かうよと、ルキアさんが言い俺達はそれに従った。
その時だ。ピロンといつもの軽い電子音が響きDELSONからの警告が現れた。
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*警告*
まもなく『肉体疲労回避機能』が停止します。
それに伴い、使用者に反動が来る事が予想されます。
使用者は直ちに安全の確保が可能な場所へ移動し、安静になる事を推奨します。
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………ヤバい。こんな所で時間切れになったら大変な事になる。
ここは適当にごまかして自分のアパートに直帰しないと…。
「あの!ルキアさん。俺、ちょっと他に片付けない事があるんで、事情聴取は後回しにして下さい!」
そう言うと俺はルキアさんの返事も聞かずにアパートへとダッシュした。
「…え?オイ!?ユウキ!ちょっと待て!!」
遠くからルキアさんの呼び止める声が聞こえるが構ってはいられない。
俺にはもう時間が無いのだ。反動が来る前に自分の部屋に辿り着かないと、道端でもがき苦しむ事になる。
ダンジョンを駆け抜け、管理棟を出る頃になると『肉体疲労回避機能』の能力が低下し始め疲れが出てきた。
しかし、ここで休むわけにはいかない。せめてアパートには出来るだけ近づかないと、そう思い疲弊していく身体に鞭打って道を急いだ。
限界はアパートの目前できた。脂汗が噴き出し心臓が激しく脈動する。
身体の節々に激痛が走る。息が苦しくなり吐き気がする。立っているのもやっとの状態だ。
飛びそうになる意識を無理矢理に引き止め、重い身体を引きずるようにして3階にある自分の部屋にどうにかたどり着いた。
そして、そのままトイレに這いずる様に入って便器を抱えて激しく嘔吐した。
暑さと寒気が交互に襲ってくる。ひどい二日酔いのような症状だ。
そういえば昔、会社の飲み会ではしゃいで飲んで悪酔いしたっけなぁ〜。
あの時は社長にえらい迷惑をかけたな…。そのあと、社長から直々に三か月の禁酒を厳命されたなぁ…。
そんな事を思い出しながら、俺は便器を抱えたまま意識を手放した。
どのくらい気絶していたのだろう?薄暗いトイレで目が覚めた。
かなりキツい…。フラフラと立ち上がり洗面台で口を濯ぎ水分補給をした。
胃が弱っているのか水だけでも吐き気がするが、それを無理矢理抑え込んで嚥下した。そして、そのままベットに倒れ込んだ。
一応、DELSONの『自動修復機能』で治療が出来ないかと確認してみると…。
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*生命維持及び臓器保全の為、自動修復機能を起動しています。
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と出た。とりあえずは、今以上の体調改善は望めないらしい。
それだけ『肉体疲労回避機能』を使った肉体の酷使は危険ということだ。
あとは、ただひたすらこの地獄の苦しみに耐えないといけないという事か…。
こりゃ、何かの罰かな。殺人という罪ではないだろう。
なんせ俺はちょっと前に盗賊の討伐をやっている。
たぶん、理由はどうであれロバートを殺したという罪に対する罰なんだろう。
随分と軽い罰だな…と自嘲気味に思いながら再び意識を手放した。
どれくらいの時間が経ったのだろう?俺は覚醒と気絶を繰り返していた。
全身を襲う痛みと寒気で意識が朦朧としている。
睡眠は『眠る』というよりは、苦しさが限界にきて意識を失うって感じだ。
そんな中、俺は夢とも現ともつかない幻を見ていた。
誰かが俺の部屋の中にいるのだ。誰だかはわからない。
ガサゴソと何かやっているようだった。
その人物が時折、俺の額に触れてくる。冷たい手がとても気持ちがいい。
しばらく経つとぼやけた意識が少しずつ明確になっていった。
幻だと思っていた人物がはっきりとした現実の人物に変わっていく。
誰だろう?女か?ゆっくり焦点が合い始めた視界の中でその人は俺の見知った人物へと像を結んだ。
「あ…。目が覚めたの?大丈夫?」
「…えと…?。マリアさん?」
その人はマリアさんだった。
どうやら、俺は部屋の鍵をかけ忘れていたらしい。
「なかなかギルドに来ないから心配になってね。ここを訪ねたら、あなたが熱を出して寝込んでたから看病してたの…」
「そうでしたか…。すみません、迷惑をおかけして…」
「迷惑なんてしてないわ。あなたは私を三度も助けてくれた命の恩人ですもの」
「三度?ですか?」
「ええ。始めはクマの時、次は森で保護してもらって、三度目は昨日」
昨日?……あぁ〜気づいたら、もう一日も経っていたのか……。
しかも、完全に正体もバレちゃってるね…。
「バレちゃいましたか…」
「はい。バレちゃいました。でも、ルキアさんには言ってませんよ」
どうやら、俺の秘密については内緒にしてくれたらしい。
「ただ、見えない魔法使いが私を助けてくれたって事になりましたけど……」
マリアさんの説明によれば、Fランクの俺がDランクの冒険者を圧倒する事自体あり得ない事なので、適当に話をでっち上げたんだとか…。
「でも、ルキアさんは薄々気付いてるみたいなんだけどね…」
まぁ、バレたらバレたで仕方ない。その時は俺が消えれば良いだけの事だ。
「ユウキ君には無理させちゃったみたいだね。本当にごめんね…」
「いえ…。俺が勝手にやった事ですから…。それに…ロバートの事、すみませんでした」
「その事は良いのよ…。どのみちロバートは良い死に方は出来なかったと思うわ。それがアナタの手によるか、マフィアの手によるかって差だけよ」
「それでも、俺はマリアさんの恋人だった人を…」
「ユウキ君。これでも私は冒険者よ。死って事には覚悟を決めてるの。それが親でも恋人でも自分であってもね」
それがマリアさんにとっての矜持なのだろう。
ヘタレな俺には出来そうもない心構えだ。
「さ、この話はおしまい。今はユウキ君の看病の方が大事な事よ」
俺が暗くなっていたのだろう。マリアさんは努めて明るく振舞っている。
窓の外を見ると、雪が降っていた。初雪だ。
雪は全てを隠そうとするかのように、深々と降っていた…。
「そうそう。近いうちにルキアさんがここに事情聴取しに来るそうだから、話を合わせておいてね」
俺の秘密隠蔽ミッションは、これから始まるらしい。
うわぁ〜、面倒くさい…。




