第74話・ダンジョンを血に染めて…
全速力で走っているが、どうにも遅く感じる。
気持ちばかり焦って身体が追い付いていかない。
段々と息が苦しくなってくる。心臓の鼓動も早くなってくる。
自分の体力の無さが恨めしい。
俺は第二階層へと続く洞窟を一気に抜けたと同時にDELSONの『ステルス機能』を起動した。
次いで『レーダー機能』の索敵範囲を広げマリアさんの所在を確認する。
第二階層には居ない。そうなると、やはり第三階層か?
俺は第三階層に急いだ。
急いではいるんだが体力の限界も近くなっているので、走っているんだか、歩いているんだか、わからない程の遅さになってくる。
「クソがぁ〜!!」
どうにかならんのか!!DELSONなんてチートアイテムがあっても知り合いの女の子一人も救えんじゃ意味ねぇゾ!!
自分の無力さにイライラする。
「どうにかしろ!!この耐久消費財が!!」
ハッキリ言って八つ当たりだ。こっちに来てから多少は体力が付いたとは言え、俺自身は真剣に体力づくりをしていた訳ではない。
そのツケが今、回ってきたのだ。しかもツケを払うのは俺ではなくマリアさんだ。
そのどうにも出来ないイライラを何の罪も無いDELSONにぶつけているだけだ。
そんな自分が一層みじめに感じた時、ピロンと軽い電子音が響いた。
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*『肉体疲労回避機能』に対する警告
本機に保存している『魔力』を『自動修復機能』を利用して『体力』に変換できます。ただし、この機能は『身体能力の向上』ではなく、『疲労感の回避』のみを行う機能となっております。
なお、この機能を使用するに当たり、使用者に大変な苦痛を伴う反動が予想されます。
本機能を使用しますか? Y/N
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DELSONが裏ワザを教えてくれている。俺の望みに答えてくれたようだ。
これはありがたい。DELSONには感謝しかない。
ただ、これは体力の回復と疲れを感じなくするだけの機能らしい。
それを使って肉体を酷使する時間を無理やり延ばすのだから、後から反動がくるのだろう。
しかし、ここで躊躇してこの機能を使わない選択肢はない。
俺は間髪を容れず「YES」を選択した。
背中のDELSONのモーターが静かに唸りを上げ始める。
すると、今まで悲鳴を上げていた身体から疲れが一気に抜ける。
重く感じていた手足が軽くなり、呼吸も楽になった。
俺は再び全速力で第三階層に急ぐ。
第三階層の入り口に立つとすぐにレーダーでマリアさんの居場所を検索する。
いた!かなり奥まで行っているみたいだ。
そこは俺がまだマッピングしていない場所だった。マリアさんの所まで直線距離で2〜3km、道は迷路状になっているから5〜6kmは離れてるってところだ。
俺の移動速度は100mで15秒台、ハッキリ言って遅い方だ。
だが、今はDELSONの機能で疲れ知らず、計算上フルマラソンを1時間45分台で走り切れる速度。元の世界ならば世界新記録だ。
これなら、20分とかからずマリアさんの所にいけるはずだ。
俺はスピードを落とさずダンジョンを駆け抜けていく。
もう少しでマリアさんに追いつくというところでレーダーで状況を確認すると、3つの光点がマリアさんの光点に近づいてきた。
マズイ!!たぶんロバートたちが行動を起こしたのだろう。
マッピング出来ていない分、最短距離を選べず気持ちばかり焦る。
あと数十メートルとういう所で、悲鳴が聞こえた。
それに続いて何かバタバタともみ合う音して、急に静かになった。
マリアさんが襲われたんだ!焦りと怒りで頭の中が沸騰する。
慌てて現場に駆け込んだ。そこは学校の体育館ほどの大きさの部屋だった。
少し奥にマナトーチ(魔力で光る松明の様な魔導具)が転がっている。
その光に照らされて3人組に組み敷きられているマリアさんがいた。
「ロバート!!しっかり押さえてろよ!!」
ハーフアーマーの男が命令する。マリアさんは口を塞がれているのか、くぐもった叫びを上げながら必死に抵抗している。
ロバートは目を血走らせながら「マリア、お前が悪いんだからなぁ」などとブツブツ言っている。
「アニキ、クスリは嗅がさないんすか?」
暴れるマリアさんを抑え込みながら革鎧のヤツがハーフアーマーに尋ねる。
「バカか?何も反応しない人形をヤってもツマラねぇだろうが!」
「そういう事すか!アニキも好きっすねぇ〜」
「どうせ、薬漬けにするんだ。その前に充分、楽しまなきゃな」
「俺もアニキの次に楽しませて下さいよ〜」
「焦るなよ。好きなだけ楽しませてやるから待ってろ!」
そんなゲスな会話が聞こえてきた。
クソ!!俺は怒りに任せて現場に踏み込んだ。
その瞬間、DELSONが微かに甲高いモーター音を上げた。
沸騰していた頭の中が一気に冷やされる。DELSONの『精神作用』だ。
この時、俺の頭の中は北極の無風の氷原のように感情の起伏が無くなっていた。
氷点下の思考で俺の行動が決定する。
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*敵勢力・・・3
*保護対象・・・1
・保護対象への速やかなる安全確保
・敵勢力の速やかなる排除
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まず、俺はステルス機能を解かずにズボンを脱ぎ始めているハーフアーマーの男に近づき、そいつの右側頭部にDELSONの銃口を突き付け躊躇なく引き金を引いた。
ハーフアーマーの男は脳漿を撒き散らしながら吹き飛び、壁へと転がった。
「へ?」
何が起こったのか、理解できなかったのだろう。革鎧のマヌケな声が聞こえた。
だが、それなりに修羅場を潜った経験があるのだろう。
革鎧が自分の短剣に手をかけ、叫んだ。
「誰だ!!どこに居やがる!!」
俺は革鎧の額に銃口を当て、ステルス機能を解いて静かに言った。
「目の前だよ」
「ひぃ」
突然、目の前に現れた俺を見て、革鎧が小さな叫び声ををあげる。
俺はそれを聞いてから、静かに引き金を引いた。
革鎧が後頭部から脳ミソを撒き散らし吹き飛ぶ。周囲に血の匂いが充満する。
「お前………」
そう呟きながら、ロバートが剣を抜き構えようとしたところで、俺はロバートの腕を打ち抜き、剣ごと吹き飛ばした。
「うがぁぁ〜〜、う、腕がぁ………」
ロバートが肘から先が無くなった右腕を押さえて呻く。
「ロバート…。覚悟は出来てるんだろうなぁ」
「た、助けてくれ…」
俺がロバートに銃口を向けるとヤツが命乞いをしてきた。
俺は何も言わず、ロバートに近づいて行くと、カランと足下に何か当たった。
マリアさんの杖だった。俺がそれを拾い上げているとロバートが脱兎の如く、その場から逃げ出した。
俺はロバートを追わず、マリアさんを起こし怪我の具合を聞いた。
「大丈夫ですか?どこか怪我はありませんか?」
「…大丈夫よ。ちょっと殴られちゃったけど大した事はないわ」
「そうですか。それなら良かった。ちゃんと歩けますか?」
「大丈夫。それよりユウキくん…。あなた、もしかして…」
「その話は後で。マリアさんはすぐに出口に向かって下さい。俺はロバートを追います」
マリアさんを立ち上がらせ、杖とマナトーチを持たせる。
俺がロバートを追おうとすると、マリアさんは…。
「お願いがあるの…。彼を見逃す事は出来ない?」
「…すみません。それは無理です」
「そうだよね…。ごめん、わがままを言って…。それなら、できるだけ楽に逝かせてあげて…」
俺はそれには答えずにロバートを追い始めた。
あれほどの重傷じゃそう遠くには行けるはずもない。
ただ、ここはダンジョンだ。血の匂いを嗅ぎつけて魔獣が寄ってくる。
俺は警戒しながら、ロバートを追った。
近くで叫び声が聞こえた。小さな部屋を抜けるとそこにはロバートがいた。
それともう一つ…、巨大なムカデも…。
『ダンジョンムカデ』と言われるダンジョン固有の大ムカデだ。
体長は2mから大きい物で5mほどで強力な毒を持っている昆虫型魔獣だ。
ロバートはそのムカデに足を噛まれていた。大ムカデはそれ以上ロバートを襲うでもなく仕事は終わったと言いたげに悠々とダンジョンの奥へ去っていく。
俺はゆっくりとロバートに近づいた。
暗闇の中、俺に気づいたのかロバートが縋り付いてくる。
「た、頼む…。ムカデにヤられた。解毒剤をくれ」
「すまんな。あいにくと持ち合わせてないんでね」
「頼む。ユウキ…助けてくれ…」
ハッキリ言って無理だ。助けようにも毒と出血でギルドどころか出口までも保たないだろう。
「無理だな。もうすでにスライムが死の匂いを嗅ぎつけてきてる。諦めろ」
ロバートにはわからないだろうが、多くのスライムが集まってきている。
このままだと、ロバートは生きたままスライムに吸収されていく。
「どうする?止めはいるか?それとも生きたままスライムに吸収されるか?選べ…」
ロバートに限界が迫ってきた。意識はあるが声を発するのもキツいだろう。
「止めを…。それとマリアに…すまないと…」
それがロバートの最後の言葉だった。
俺はロバートに向けて引き金を引いた…。




