第73話・初仕事は急展開
ルキアさんとのデートから数日の間はいろいろと忙しく動いていた。
ユーノさんにストレージボックスの作り方を教わったり、ギルドに魔石代の捻出を頼んだり、ヤーヴェさんにファーストエイドキットの売り込みをしたりとかね。
ちなみにギルドから魔石代の捻出はスライム関係の職員を配属する事を理由に断られた。その代わりに専用のリアカーを用意してもらえた。
んで本日、晴れて『スライム事業課』の職員として左遷…もとい配属されてきたノーベルくんとサリナさんを連れて肉屋さんから廃棄物の回収をして回っているところだ。
では、ここで軽く二人をご紹介しよう。
ノーベルくんは今年20歳になったばかりで入職2年目の若手だ。前は『買い取り課』に居たんだけど実家が畜産農家だったって事でこっち回されてきた。
長身で青い髪、青い瞳のイケメンさんなんだけど少々沈んだ顔つきをしている。
そして、サリナさんは今年入職したばかりのバリバリの新人さん。
ギルドの花形『受付嬢』を目指して頑張ってきたらしいんだが、受付の人員枠がいっぱいという事でこっちに配属されてきた。
黒髪で茶色の瞳、背丈はやや低めだけど出るところは出て、引っ込んでるところはしっかり引っ込んでる『トランジスタグラマー』な美人さんだ。でも、なぜかこちらもお通夜みたいに沈んだ顔をしてる。
で、俺はと言うと、なんと『課長』という肩書をいただいた。
いや〜Fランクの新人冒険者に太っ腹だこと。お給料もそれなりにいただけるってことらしいんで嬉しいかぎりだ。
「いや〜。晴の門出ですから笑顔で頑張りましょうね!」
「いえ、課長…。今日はメッチャ曇ってますよ…」
「それにすんごく寒いですぅ〜。雪でも降るんじゃないですか?」
え〜とねぇ。いやさぁ。言葉の綾ってヤツじゃん。
そりゃ、メッチャどんよりしてるし息も白くなるくらいに冷え込んでるけどさぁ。
一応は『スライム事業課』としての初仕事なんだしさぁ。
最初くらいは明るく始めたいジャン。
今はまだ三人だけだけどさ。この事業が成功すれば人員も増えるってギルマスも言ってたじゃん。
「あぁ〜僕なんか失敗でもしたかなぁ〜?なんで『生ゴミ拾い』に左遷されなきゃいけないんだろう?」
「うう〜。重いし、臭いし、寒いし、過酷なお仕事ですぅ〜。私の『受付嬢』への道は閉ざされてしまいましたぁ」
……なんかゴメン。思いつきの実験がこんな大事になるとは思わなかったんだよ。
そかぁ〜『スライム事業課』って裏じゃ『生ゴミ拾い』って揶揄されてたのねぇ。
でも、ゴミの収集は街の美観と衛生管理には絶対必要な立派な仕事なんだよ。
って言ってもわかんないよねぇ〜。二人供、頑張って勉強してギルド職員になったんだものねぇ〜。入職の初期段階で夢の無い仕事させちゃってゴメンねぇ。
それでもこのお仕事は領主様も絡んでるんだから、頑張ってやっていこうね。
「さあ!さあ!!ダンジョンで動物たちが待ってますよ!!頑張って餌撒きにいきましょう!!」
そう二人を景気づけ、生ゴミを満載したリアカー引っ張るのだった。
後ろからリアカーを押す二人は「こういう仕事がやりたくないから、勉強を頑張ったのにぃ〜」とか「重いですぅ〜。臭いですぅ〜。華やかさが皆無ですぅ〜」とか言ってるけど、それは聞こえないフリをしておこう。
えっちらおっちらと、生ゴミで重いリヤカーを引っ張ってダンジョンに向かう。
その間も新人職員の二人からの文句は続いていく。
ダンジョン管理棟に到着すると、リアカーを管理棟の裏手に回して、大型搬入口の扉を開けてリアカーごと管理棟に入った。
「みんなの入場登録してくるから、先に行ってて」
そう二人に告げて、俺は管理事務所に行って3人分の入場登録を済ませる。
その時、管理棟にガヤガヤと騒がしく冒険者のパーティーが入ってきた。
寒くなってきたからダンジョンで稼ぐ冒険者たちが増えてきたので彼らもそんなパーティーだろうとチラッと確認した。
三人組だった。胸の部分だけを守るハーフアーマーのガタイのいい男と革鎧の痩せた男…、その後ろにはロバートがいた。
無意識に三人組から身を隠して観察する。ロバートは二人の使い走りなのかな?
大きなバックパックを背負っている。こき使われてるのか、顔色が悪い。
前を行く二人は卑下た笑みを浮かべつつ、今度の獲物はどうだとか、今回は楽しめそうだとか談笑しながらダンジョンへのゲートを通っていった。
「なんか、嫌な連中に会っちゃったな…」
後を追うような感じになるのも気分が悪いので5分ほど間を開けてからダンジョンに入った。
ダンジョンの中は相変わらず暖かで過ごしやすい。寒い外とは大違いだ。
のんびりと時間をかけて部下二人が待っている場所に行った。
「課長〜!こっちこっちぃ〜」
サリナさんが大きく手を振って呼んでいる。ノーベルくんはリアカーに寄っかかって黄昏ていた。
「お待たせしました。さぁ、行きましょうか」
今度はノーベルくんにリアカーを引っ張ってもらって、俺とサリナさんが押す形にした。
「課長ぉ、さっき僕たち冒険者に笑われましたよ〜」
あぁ〜、それで黄昏てたのねぇ。例の三人組にでも馬鹿にされたのかな?
「目つきの悪い三人組に『臭い』って言われましたぁ。腹が立ちますぅ」
って、サリナさんもプンスコ怒ってる。
「まぁまぁ、事情を知らない冒険者たちの評価なんて気にしないの〜」
そう言って、二人を宥めながらダンジョン第一階層の奥に向かった。
餌撒きの場所はスライムの放牧予定地だ。少し離れた所に川も流れているので水資源には事欠かない場所ってことで選ばれた。
しかし、体内に川があるって、つくづくダンジョンは謎生物だな。
「さて、ここら辺で餌撒きしましょうかね」
そう言って俺はリアカーの積んでいた生ゴミ入りの密閉容器のフタを開いた。
すると、途端に腐臭が広がっていく。
「ぐわぁ〜。これはキツいなぁ〜。小さい頃に手伝った牛舎の掃除よりキツい…」
ノーベルくんがマスクと手袋を着けながらブツくさ言ってる。
「臭すぎですぅ〜。これは乙女のやる仕事じゃありません〜」
サリナさんは臭いが目に沁みるのか泣きながら準備をしている。
「さあさあ、辛いの最初だけですよ。すぐに慣れますから、サッサと始めてください」
俺は二人に密閉容器から生ゴミをバケツに掬って渡していった。
二人はブツブツ文句を言いながらも広範囲に生ゴミを撒いていった。
5分もしない内にスライムたちが臭いに釣られてワラワラと集まりだす。
良い兆候だ。これなら凶暴性も少しは抑えられるだろう。
ただ、三人でやる仕事にしてはキツ過ぎる。早めに餌撒き用の魔導具でも作らないとバテちゃうな。ギルドに相談しておこう。
それと、牧場の管理棟を建設する時に餌用の廃棄物処理プラントの建設も相談しておこう。ギルドと領主様がどこまで資金提供するのか、わからないけどね。
こうして俺達は一時間ほど掛けて餌撒きをして帰路についた。
のんびりと空になったリアカーを引いていると、ノーベルくんが変な話題を出してきた。
「そういえば、課長って最近、雇われになったマリアさんとつきあってるんですか?」
「いや。つきあってないぞ。友人って関係だけど、気になるのか?」
「いえ。友達がマリアさんに一目惚れしたらしくて、それに僕は彼女がいますからねぇ」
なんか軽くノーベルくんに自慢されたよ。
「おお〜。リア充か。爆発すればイイのに!」
するとサリナさんも…。
「ノーベル先輩ってリア充なんですかぁ!そんな幸せな人はモゲてしまえば良いのですぅ。三日に一度のペースでタンスの角に足の小指をぶつける程度に不幸になれば良いのですぅ〜」
言うに事欠いて、そんな地味に痛い不幸は嫌だなぁ〜。
「でも、急にマリアさんが話題に出るって何かあったのか?」
ちょっと気になったんで、そう聞いてみた。
「大したことないですよ。ここに来た時にマリアさんが一人で第二階層に行くところを見かけたんで思い出しただけですから」
え?マリアさんが一人で?なんか嫌な予感がする…。
「それホントか?本当にマリアさんは一人だったか?」
「ええ。間違いなく一人でしたよ。第三階層にでも行って小遣い稼ぎでもするんじゃないですかね?」
なんかマズいぞ。拉致目的ならダンジョンでの犯行は無いって思ってたけど、マリアさんが一人きりのタイミングでロバートのパーティーがダンジョンに入ったとなるとヤバいかもしれない。せめて安全確認をしないと!急いで行動だ!
「悪い!俺はチョット急用を思い出したんで、あとは二人に任せるわ」
そう言うと俺はマリアさんを探しに走り出した。
「え?ちょっと!どうしたんですか?課長?」
置いてきぼりを喰らったノーベルくんとサリナさんが焦ってる。
「あと、ギルドに戻ったらルキアさんに俺がマリアさんを探しに行った事を伝えてくれ!!頼んだぞ!!」
俺はもう悪い予感に頭の中が支配されていた。気持ちばかり焦っていく。
マリアさんが心配だ。無事でいてくれよ!
俺は出来る限りのスピードで第三階層へと走っていった………。




