第72話・臭い仕事と臭い話
伯爵様とのダンジョン視察も済んだ翌日の事、俺はギルドの事務室で唸っていた。
「こんなにあるんですかぁ〜?」
テーブルの上には、書類が山の様に積まれている。学校関連やダンジョン関連の書類だ。アドルさんに「書類にサインをして欲しい」と頼まれ来てみたら、この状況だった。
「まだまだありますよぉ〜。伯爵様からGOサインが出たんですから、関係各所に書類を回さないといけないんですよ。それには関係者であるユウキ君のサインも必要なんですから、頑張って下さいね」
アドルさんがにこやかに告げて書類を積み上げていく。
こんな量にサインしてたら腕もげるゾ…。
それに軽くで構わないから書類に目を通しておけとも言われたけど、そんな事してたら絶対に終わらない量だし…。
とにかく、頑張ってサインしていこう。
俺は山積みされた書類に一つ一つサインし始めた。
ただただ、ひたすらに機械作業だ。ハッキリ言って気が遠くなってくる…。
作業も半ばになってくると、自分のサインの文字が文字として認識できなくなってきた。なんでしょうか?『悟り』とも違う領域に入った感じだ。
「まさかスライムや学校の仕事に就いたら、毎日この作業をしないといけなくなるってんじゃないだろうな?」
そんな独り言が自然に出てきた。そんな事になったら『冒険者』としての自由な時間が無くなるゾ。異世界に来てブラック企業に就職しましたなんて笑い話にもならないよ。
それをアドルさんが聞いていたらしく…。
「大丈夫ですよ。多少の書類仕事はあると思いますが、スライム関係はギルド職員が常駐しますし、学校関連のユウキ君の立場は『相談役』ですからね」
自由な時間はありますよって、不安をやんわりと否定してくれた。
良かったぁ〜。いくらお給料が出るからと言って自由な時間が無くなるのはキツいからね。
そんな感じで、この日は夕方までキッチリ書類仕事をした。
もう〜腕パンパンだよ〜。
それから数日が経ち…。
いつものようにギルドにスライムゼリーを納品しに行くと、カフェスペースにルキアさんとマリアさんがいたので、挨拶をしにいった。
「どうも、ルキアさん、マリアさん」
「ユウキ君、お疲れ様」
「あら、ユウキ。お疲れぇ〜。スライムの納品?」
「ええ、いつもの如くです。お二人はこれから仕事ですか?」
「ちょうど、朝のお勤めが終わったところよ」
午後からはルキアさんは自由行動でマリアさんはガルダさんとペアを組んでダンジョンの整備に向かうのだそうだ。
マリアさんは、ようやくロバートとのパーティーが解散できて短期だけど正式にギルドの雇われになった。実入りは少々減ったけどギルドの保障と安定が手に入って安心出来たって喜んでた。
んで、件のロバートなんだけど今は他の人とパーティーを組んでいるらしい。
ちなみに、例の暴力行為で銀貨50枚の罰金刑を受けたみたいで、またどこぞで借金したらしい。これからは真面目に働いて借金返済に勤しんで欲しいモノだ。
変な犯罪に走らない事を祈ろう。
「それでユウキ。午後は休みなの?」
と、ルキアさんが聞いてきた。
「午後はスライムの餌の件で、街の肉屋さん巡りをしないといけないんですよ〜」
俺はギルドからの指示でしばらくの間ダンジョンでスライムに餌を撒く仕事を担当する事になった。その餌にはギルドで解体された魔獣の廃棄部分や街の肉屋の廃棄物を充てる事になり、その廃棄物の回収も俺がやる事になった。
非常に面倒くさい仕事だが、言い出しっぺなんだから仕方ない。
それに、ダンジョンで餌撒きをすれば、ある程度はスライムの凶暴性を低下できるし、そうすればダンジョンでの施設の建設が安全かつ速やかに行えるようになるはずだ。
「それじゃ、アタシ午後はヒマだから付き合ってあげるよ」
そうルキアさんが申し出てくれた。
おぉ〜っと!これはラッキーな場面だ!これを断ったら男が廃る。
「付き合ってくれるんですかぁ?助かります」
仕事のついでとは言え、ルキアさんの様な美人さんとデートっぽい事が出来るなんてまるでラノベの主人公になった感じだ。嬉しいことこの上ない。
そんなわけで三人でランチをした後、俺とルキアさんは連れ立って肉屋さん巡りに行く事になった。
う〜ん…。肉屋さん巡りってデートっぽくないなぁ〜。
さて、数件の肉屋を巡り事情を話してみると案外と簡単に廃棄物の回収の許可がもらえた。
どの肉屋も廃棄物の処理には頭を痛めていたらしい。
廃棄物を長い間放ってけば臭いが出るし、虫も湧く。かと言って毎日、森に捨てに行くには手間が掛かるし、人を雇うとお金も掛かる。
だから、どの店も密閉容器に保存してだいたい4〜5日ごとに森に捨てに行くって感じになっていた。
それをギルドが無料で回収するってなるんだから、そりゃ二つ返事でOKも出るってもんだ。
ただ、こちらとしても廃棄物がどこにどんな風に置いてあるかを把握しないといけないので、いちいち確認しないといけないわけで…。
「さすがにちょっと臭うわねぇ〜」
と、ルキアさんも顔を顰めるんだわ…。
これじゃ、デートって雰囲気にもなりゃしない。
どんな物好きなカップルだって、生ゴミ置き場でイチャつくの無理だろう。
「これは少々キツいですねぇ〜」
いくら密閉容器に入っているからと言って、それなりに臭いが漏れてるんだよね。
これをDELSONで回収するってのは、ちょっとどころかすご〜く嫌だ。
無理してでも廃棄物回収用のストレージボックスでも作ろうかな?
ギルドも必要経費として魔石代くらいは出してくれるだろう。
夕方、さすがに臭い仕事に付き合ってもらったルキアさんには悪いので、夕飯にでもと誘ってみた。
「今日は付き合ってもらっちゃってホントにありがとうございます」
「イイのよ〜。ヒマだったし、それにちょっと話もあったから…」
「話ですか?んじゃ、飯でも食いながらってどうですか?奢りますよ」
「あら?イイの?それじゃあ、遠慮なく奢られちゃおうかな」
ってルキアさんは快く了承してくれた。やったね。初のデートイベントだ。
チョット奮発しちゃうぞ〜。
って事で今回チョイスしたのは少々お高めのお店。
でも、田舎のお店なんでビックリするほどの事はなく、商人たちが商談なんかでよく使ってるお店だ。特徴は個室があってゆっくりと食事を楽しめるところだ。
料金的にはお一人様、銀貨1〜2枚って感じだ。
「ホントにいいの?ここ商人が使うような高級店でしょ?」
「良いんですよ。ルキアさんにはお世話になってますから、そのお礼も兼ねてるんですから」
はい。見栄を張ってます。イイじゃんちょっとくらい。
しかも、気合い入れて個室も使いますよ。
………
………………
………………………
……え〜とですね。気合い入れ過ぎました。
食事の味なんて全然わかりませんでしたよ。う〜ん…こりゃ失敗した。
んで、今は食後のお茶をいただいているところです。
ホっと一息ついたところでルキアさんが話始めた。
「あのさ、ロバートの事なんだけどね…」
あぁ〜さっき何か話があるって言ってのはその事なのね。
「ロバートがどうかしましたか?」
「ほら、ロバートが新しくパーティー組んだって話したでしょ?」
「ええ、これで真面目になってくれると良いんですがね」
「それは無理そうよ。なんせ組んだ二人に変な噂があるんだよねぇ」
「え?マジですか?」
「うん。確証は無いんだけどね。どうも裏でマフィアと繋がってるって話があるのよねぇ」
こんな田舎でも、裏を仕切るその手のグループが数組いるらしい。
まあ、酒場や賭博場や女性のいる大人のお店なんかもこの街にはあるからね。
そこらへんを牛耳っているんだろう。
この街の裏の治安維持の役割も担っているんだろうな。
だが、所詮は犯罪組織だ。やってる事は盗賊と変わりゃしない。
「じゃ、ロバートはまだマリアさんを狙ってるんですか?」
「たぶんね。でも殺害目的じゃないと思うわ。保険はもう解約済だし…」
「って事は拉致ですかね?」
「だと思う。一応、マリアにも警戒するようには言っておいたけどね」
なんだ?保険金がダメなら今度は拉致ってヤク漬けにして売り飛ばすってか?
アイツ、堕ちるとこまで堕ちたな…。
「ユウキもそれとなく警戒しておいてくれる?」
「わかりました。でも今のマリアさんなら返り討ちに出来ると思いますけどね」
「そりゃ、あの戦術級の兵器を使いこなせればね。でも、マリアはロバート相手じゃ鬼になれない気がするのよ」
そういう事か…。マリアさんは優しいからねぇ〜。ロバート相手に甘さが出るかもしれないしね。そうなったら、ロバートの思う壺だ。
「ユウキも無理しないで、何かあったらすぐにアタシに言うのよ。いくら強力な魔導具あっても単独行動は禁止だからね」
「了解しました。出来るだけすぐに知らせますよ」
ん〜…。せっかくのデートが何かキナ臭い話になっちゃったなぁ〜。




