第106話・春は別れの季節
立食パーティーと銘打っていても、金の出処が伯爵様なのでかなり豪華な食事が並んでいた。ノーベルくんとサリナさんは終始ご満悦で舌鼓を打っていた。
俺はと言うと、一応『課長』の肩書があるのでこれからこの部署を取り仕切っていく人達にご挨拶に回っていた。
その時に聞いたんだけど、どうも今回の事でいろいろと名称やら何やらの変更が近々行われる事が決定しているらしい。
まず、『ダンジョン管理課』が『ダンジョン事業部』へと名称が変更される。
それに伴って、今まで『新規事業開発部』の下部組織だった『スライム事業課』が『ダンジョン事業部』の下部組織に編入される事になった。
これからはダンジョンで素材採取するだけじゃなく、積極的にダンジョンの特製を活かした事業を始めようと言う事らしい。
そして、これはクララ様からオフレコで聞いた話なんだけど、春頃にここ『プラウドラ領』の名称が正式に『ロンダーギヌス領』に変更される事になったんだと。
そして、その時に前領主プラウドラ伯爵の病死が発表されるんだとか。う〜む…いろいろとツッコミたくはなるけれど、これも貴族社会ではよくある事のようで関係者は沈黙しておくのが良いという事らしい。
そんな貴族のぶっちゃけ話もあった翌日から俺達三人は手分けして新人教育に精を出す事となった。
ノーベルくんとサリナさんはスライムの飼育や計測、あとは事務手続きなどこまごまとした事を教え、俺はというと新しく課長さんに昇進したロナルドさんとこちらも新しく配属されてきた雇われ冒険者たちと共に、契約しているお肉屋さんに挨拶回りに来ているところだ。
ロナルドさんはアドルさんの部下だった人で、このスライム事業にも裏方として関わっていた人だ。なのでこの事業の重要性も熟知しているという事で今回の人事異動で課長に抜擢された。
そして、あれやこれやと『スライム牧場』が動き始め、陽射しも暖かく感じられる日が多くなってきた頃、俺の契約期間が満期を迎える事となった。
「短い間でしたが、お世話になりました」
俺は『ダンジョン事業部』の部長になったトラスさんに挨拶をした。
「いやぁ、こちらこそユウキ君には世話になったな。ありがとう」
ふとした思い付きで始めた事が、今やヤドラムだけでなく周辺地域も巻き込む一大事業になった。しかも、国王の勅令の下での事業だ。これならば、いくら権威がでしゃばって来ても大丈夫だろう。
俺の考えてたのと真逆の方法になってはいるが、結果的に俺の考え以上の対抗手段も使えるようになっているのだからね。
「しかし、メインで使っていた『雇われ』の連中がゴッソリ抜けるのはコッチとしは辛いんだがなぁ」
そう言ってきたのは、こちらは役職に変化の無い『ダンジョン管理課』課長のダルトンさんだ。
ダルトンさんの話によると、『雇われ』のメイン処のルキアさん、ノートンさん、ガルダさん、マリアさんも今期の契約期間をもって『雇われ』を退職する事になったらしい。
彼らにも、それぞれに目標が出来たという事らしい。
「まあ、冒険者ってのは一所に留まる事は稀だからな…」
そうダルトンさんは少し寂しそうに言った。
春は別れの季節とも言うが、そうなると俺としてもちょっと寂しいかな。
「俺はまた農閑期になったら、出稼ぎに来ますけどね。その時はまたヨロシクお願いしますよ」
「そうだったな。オマエさんは『出稼ぎ』だものな。その時はこちらもヨロシク頼むわ」
そう言って、俺はダンジョン管理棟を後にした。
ほんの数ヵ月の間だったが、かなり濃密な時間を過ごしたような気がする。
いろいろな人と出会い、普通では出来ない経験もした。
素晴らしい時間を過ごさせてもらった『ヤドラムの街』に感謝だ。
俺はのんびりと街を行き来する人たちを眺めながら、もの思いにふけっていた。
………。
………………。
……………………?!
なんだ?アレ?
今、看板屋の職人さんが真新しい看板を持って通り過ぎたんだけど、その看板に『ノートン古代文明研究所』って書いてあったような気がするぞ…。
…見間違いかな?
……たぶん見間違いだろう。
……………見間違いであってくれ!!




