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悪女は愛より老後を望む  作者: きゃる
第一章 地味な私を放っといて
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 輝く銀糸の髪に新雪のような真っ白の肌。長いまつ毛に緑色の瞳、唇はふっくら桜色で顔全体のバランスも良く整っている。身体は細く華奢(きゃしゃ)な割に、女性らしい優雅な丸みを帯びていた。何度も転生しているけれど、自分史上最高傑作(けっさく)だ!


 小さな頃の私は可愛らしいとちやほやされて、まだ見ぬ未来に憧れを抱いていた――私はきっと、愛する人と幸せな結婚をする、と。


 ところが十歳の時、誕生会のケーキを見るなりある映像が頭に浮かぶ。白いテーブルの前に座った私が隣の男性から話しかけられて、答えている場面だ。


『引き出物は何がいい? ハートのケーキもいいけど、やっぱりバームクーヘンかな?』

『高い物は嫌だわ。ささやかでも、私達が幸せであるとみんながわかればいいの』


『お色直しが一回だけ? 俺は三回は必要だと思うが』

『いいえ。それだと、貴方の隣にほとんどいられないじゃない』


 どの口が言うか~! と、自分自身にツッコミを入れてしまったのが始まりだった。あれは、挙げるはずのない結婚式の打ち合わせ。そこからなし崩しに、数々の風景や人の姿が頭の中に流れ込む。

 森や城、街中だったり戦場だったり。黒や金、赤や茶色の髪をした女性が、スーツやドレス、民族衣装や甲冑(かっちゅう)のようなものを着ていた。どの時代にいてどんな姿をしていても、それが自分だと直感的に理解したのだ。


「な、ななな……」


 頭を抱えた私は、その場に倒れ込む。


「どうした、ミレディア!」

「大変、どうしましょう」


 もはや誕生会どころではなくなって、その夜から私は、三日三晩高熱を出した。心配した母や兄が付き添い、父は名医を探したらしい。後遺症も残らず治ったものの、それ以降の私は冷めた子供になってしまう。


「お父様、お母様。うちにはお兄様がいらっしゃるから、私は結婚しなくても大丈夫よね?」

「え? え、ええ」

「まあ、そうだな。お前にはまだ早い」

「治ったと思ったら結婚? 悪い夢でも見たのか?」


 これが夢であったなら、どんなに良いことか。けれど私は知っていた。自分が何度も繰り返し生きていることを。そして自分のした(ひど)い行いのため、誰かを愛することも愛されることも叶わないのだと。

 まあ、考えようによっては十歳で転生の記憶が蘇って良かったわよね? そうでなければ理由もわからず、この世から消えていたかもしれないもの。




 ――結婚は(あきら)めよう。

 私はこの世界で恋をせず、できるだけ長く生きようと決意する。

 それなら、醜くなればいいのではないかしら? 目を背けたくなるほど太ってガサガサの肌でいれば、年頃になっても縁談は持ち込まれないはずよね? 男の人を騙すため、見た目のみを磨いていた頃の逆をすればいいから簡単だ。


「スープ? いや、脂の中に肉が浮かんでいる……」

「ちょ、ちょっと、ミレディア。それでは食べ過ぎよ」

「クリームたっぷりの上にまだ砂糖をまぶす? 正気か?」


 父や母、兄の驚く顔もなんのその。残念ながらこの世界に、フライドポテトやコーラ、ピザや唐揚げなどはない。なので、なるべく脂っこいものや甘いものを食べて太ろうと努力した。


 けれどミレディアのこの身体は、いくらギトギトの脂っこいものを食べても、運動せずにゴロゴロしていても、ちっとも太らないのだ。というより、食が細くて入らない。

 無理して限界まで食べた結果、翌日から一週間以上身体を壊し、余計に痩せてしまった。そのため『病弱』という印象が強まる。


 ならば、と肌を焼くことに。この国では色白が尊ばれているから、黒くなれば嫌がられる。一日中外で過ごしたり、夏に薄着で過ごしたりもした。


「お嬢様! お肌が真っ赤です。中に入って下さい」

「嫌よ、あともう少し」


 その度に、黒くなる前に赤くなって炎症を起こしてしまうことがわかった。皮が()けるだけでちっとも日焼けせず、延々痛い思いをするのだ。

 十代の肌をなめていた。炎症が治れば、肌の色もすっかり白く元通り。


 外見がだめなら内面ね? ……アホになればいい! そうは言っても転生を繰り返しているため、私はいろんな知識が人並み以上にある。しかも、引きこもっていたせいで退屈に耐えきれなかったため、我が家の図書室に入り浸ってしまった。自分で言うのも何だけど、かなり知恵はついたと思う。


葡萄(ぶどう)の出来が悪いのは、気候だけじゃなく土の問題もあるわ。葉が大きいのは、逆に土地が痩せているから。植物も生きるために必死なのよ。堆肥(たいひ)を加えてみたらどう?」


「領民にも休息は必要よ。せっかくだから、お父様やお兄様の名前でパンや葡萄酒を振る舞ってみてはいかが?」


「お母様が民と同じ物を好むとわかれば、喜ばれるのでは? 村の女性からいただいたこのレースのストールは、どこに出しても恥ずかしくない出来だもの。王都でもきっと評判になるわ」


 やってしまった。

 アホになるどころか、助言をしてしまったのだ。

 おかげで葡萄酒を特産とするわが伯爵領は順調で、生活は上向き。丁寧に()んだレースや美しい刺繍(ししゅう)を施したタペストリーという手工芸品まで加わって、評判を呼んでいる。

『ワインをたくさん買えば、なんとレースのテーブルセンターがおまけで付いてくるから、さらにおトク!』との案を出したのは、私だ。


 元村人だったので、彼らの気持ちもよくわかる。努力が(むく)われきちんとした報酬(ほうしゅう)が支払われるなら、追加の要求も何のその。レースを編むのは手間も時間もかかるけれど、手にした金額を見て、俄然(がぜん)やる気が出たみたい。


「実は妹の発案で……」


 兄がぽろっと(こぼ)した結果、私は表に出ないにも関わらず、村人達からレースで編んだ『付け(そで)』をプレゼントされてしまった。繊細で美しい袖を、私は気に入っている。


 今では領地に問題が発生すると、父も母も兄も私の意見を聞きに来る。いい年をしても結婚を勧められずに、うちで養ってもらえているのは、そんな理由だ。


 がさつに振る舞い、やさぐれることも考えた。でも、何の罪もない使用人に迷惑をかけるわけにはいかない。私は海の近くのお屋敷で、メイドだった記憶もあるから。


 自分勝手な生き方をした最初の人生以降、他人を傷つけては良くないと考えを改めた。恋をせず真面目に生きてさえいれば、いつかこんな私にも、楽しい老後が訪れるかもしれない。




 今はとりあえず、前髪を伸ばして顔を隠し、似合わない服ばかりを身に着けるというささやかな抵抗をしている。それと人前には出ず、絶賛引きこもり中。王都に行かないため、舞踏会にも出席したことがない。おかげで『病弱』だとの噂が広がり、見合いの釣り書きも来なかった。


 いえ、正確には来ても兄が(ひね)(つぶ)してしまう。お兄様、グッジョブ!

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