2話 脇役と登校
女子寮のエントランスで長々と話し込んでしまい、なんとか話を切って登校したは良かったのだが、
「真司ぃ」
「ダメだ」
「まだ何も言ってないんだけど」
「どうせ『頼むから一緒に付いてきてくれよぉぉぉ』だろ?」
まったく、あれだけ行かねえって言ってるんだがな。
だが光介は懲りず拝むように頭の上で両手を合わせて頼んでくる。
「言っただろ、お前は好意の視線を向けられるかもしれないが、俺なんか殺気の籠った視線を向けられるんだぞ?」
これは比喩でも揶揄でもない、真実である。
これまで光介に付いていったはいいが、女子の目が俺にだけ『はぁ?何であんたが此処にいんの?』、『マジ最悪ぅ』、『変態が来た!』って向けられて誤解されるんだぞ?
冗談じゃない、彼処は地獄だ、誰が好き好んで罵倒されるような場所に行かなければならんのだ。
はぁ、目は口ほどのモノを言うとはよくいったものだ。
とまあ半分はマジだが建前を並べたものの、と其処でチラッと遥を盗み見る。
その表情は何処か悲し気で、どう答えていいのやら。
「一緒に来てくれたら何でも言うこと聞いて上げるからさぁぁぁッ」
「男のお前に言われても嬉しくねえよ」
「確かに。って、じゃあどうすれば来てくれるんだよ?」
ふむ、と顎に手を当てて暫く考える。
「十万円くれると助かるなぁ」
「金かよ!?」
「金はいくらあっても困らないからな」
「最低ですね」
夜空が唐突にディスりながら軽蔑の視線を向けてきた。
「金が無くても生きられるなら別にいいんだが」
「金が無くても生きられる環境にいるじゃないですか?」
揚げ足を夜空に取られてしまった。
「それも高校の三年間だけだろ?将来は見据えておかないと」
「言い訳臭いですね?」
なんとか取り繕ったと思ったが、勘の鋭い夜空には通じなかったようだ。
普段からジト目気味だった瞳ん更に細くし俺を見据える。
その有無を言わせぬ眼光に俺はため息をつく。
「支援金も高校までだろ?それまでに蓄えるなら蓄えられるだけ、金は貯めておきたいんだよ」
魔導師には高校生までなら国から支援金を毎月貰える制度がある。
一月毎に税金を抜いて凡そ三十万円ほどが与えられ、要するに国は『犯罪を犯すとお金上げませんよ?』と言っているのだ。
なら高校を卒業した後にすれば良いと思っているのだろうが、そうもいかない。
この国には『国立魔法学園』と同様に国直轄組織である魔導師で構成された特殊機関『魔導隊』が動いている。
魔導師は曖昧だが他人の魔力も感知でき、謎の事件も魔導師の仕業だと分かれば全ての魔導師を洗えば犯人捜しも可能だ。
更には支援金を受け取った魔導師は犯罪が重くなるようになっており、緊急時には国からも要請されることがある。
その事実を知った上で犯罪を犯そうとする輩はそうそういない。
だから俺も金に関してはそれほど問題視していないが……未来なんて何時どう変わるかなんてわからないからな。
それに――
「俺には頼れる親なんていないからな」
そう、俺の両親は当時七歳の頃に両方共他界している。
俺は両親が死んで葬式を終えた後、未だ学んでいなかった法律関連などは祖父母に任せて、ある理由であまり人と関わりたくなかった俺は、魔法の都合上他とは比べ物にならない早さで脳が成熟しきり諦観していたので、どうにか一人暮らしができる程度の知識を早々に身に付けマンションを引き払い、家賃の安いボロアパートに引っ越して一人暮らしを始めたのだ。
と、昔の事を考えていると俺の言葉に皆沈黙してしまっていた。
やべっ、口に出てたか。
そんなつもりじゃ、なかったんだけどな。
頬を掻いて少々自分の言葉に俺は後悔してしまう。
「なら今金はいくらぐらい貯まってんの?」
暗い話を流そうと気を利かせてくれたようだが、光介が若干失礼な質問をしてきた。
俺もこの空気は早々に晴らしたいので仕方なく答える。
「あー、大体一千万は超えてるかな?」
「「「「えっ?」」」」
俺の発言に一同が目を見開き、驚愕の表情をする。
何だ?あれだけの大金、数年間貯め続けたら一千万なんて軽く超えるだろ?
光介達にそう伝えると、
「いやそれもそうだけど、ゲームとか買わないのか?」
「買わないな、お前達との話題でゲームを買う必要性を感じなかった」
「確かに俺達はゲームの話とかしないけど……」
「ローン代とかは、どうなんだい?」
俺と光介との会話に雫が割り込んできたことに少々驚いたが、慌てることなく質問に答える。
「家は元々一軒家じゃなかったし、マンションは直ぐにボロアパートに替えたな」
「では一ヶ月は大体如何程で生活してらっしゃるんですか?」
な、何なんだ!?質問が多すぎるぞお前等……。
何故こんなことで期待の眼差しを向けてくる?理解できねえ。
まあ無視するのもなあ。
えーっと、家賃に水道代、電気代に電話代に食費など諸々で、
「十万円はかからないな」
「しょ、食費は幾らぐらいなの?」
あー、とうとう遥まで入ってきてしまったか。
光介の最初の問いに答えなければ良かったと今更ながら後悔した。
「一万円で抑えてる」
「こいつの家事スキルは半端ないからな」
「そういうお前は完璧超人なくせして家事能力はいまいちだよな」
ちょっとした八つ当たりでニヤニヤしながら光介を弄っておく。
「俺がおかしいんじゃない、お前がおかしいんだ!どうやってクズ野菜からあんな美味い料理を作れるんだよ!?」
「子供の時からやれば自然とできるんじゃないか?」
何言ってるんだこいつ、と訝しげな表情で首を傾げる。
「え、俺がおかしいの?ねえねえ?」
自分の顔を指差しながら光介はキョロキョロと辺りを見回す。
だが三人共放心状態で答える者はいなかった。
「それほどの料理……是非とも食してみたいですね」
他の二人より先に我に返った夜空が然り気無くお願いしてきた。
「わかった、今夜は夜空にご馳走しよう」
まあ断る理由もないので頷いて了承しておく。
「そういえば三人には俺の料理を食べさせたことがなかったな」
「ええ、誘ってくれなかった貴方が恨めしいです」
「いや態々皆を呼んで食べさせるほどでもないだろ?」
と、両腕を頭の後ろで組んでいた光介に話を振るが、
「えっ?真司皆に食べさせたことないの?勿体ねえ」
「こう仰ってますが?」
光介を指差しながら無言で夜空が迫ってきた。
「わ、悪かった。その代わり今夜は一段と腕をふるうから」
つま先立ちしながら上目で睨み、身体と身体がくっつくほど近くに迫ってくる夜空を背筋を反らしてどうにか両の掌を使って落ち着かせる。
夜空もこの近距離に気付いたのか「失礼しました」と言って元の位地に戻ってくれた。
「では楽しみにしていますね」
相変わらず無表情で淡泊な態度だったが、今回は本気で楽しみにしていることはわかった。
「ん?いったい何を楽しみにしてるんだい?」
いつの間にか我に返っていた雫に先程の話を聞かれていたようで、問いかけられた。
「いえ、特に――」
「――今夜、夜空に料理を振る舞うことになったんだ」
何か夜空が言いかけていたが、つい言葉を遮ってしまった。
それが原因か夜空に少し拗ねたように頬を膨らましながら睨まれてしまう。
「へー、ならボクも入れてくれないかい?」
「私も、良いかしら?真司くん」
「俺も俺も、真司の飯を久し振りに食いてえッ」
遥が恐る恐るといった感じで、光介はピョンピョン飛び跳ねながら大きく挙手をしていた。
「別に構わないが」
「そんな……私だけでしたのに私だけでしたのに私だけでしたのに……」
夜空は突然絶望したような顔をして何やらブツブツ一人で囁いている。
呪いじゃないだろうな?と少し本気で考えてしまったがそれは杞憂だったようで、一度小さく咳をつき平静さを取り戻した。
「ゴホンッ、申し訳ありません」
「あ、ああ。ええ……何故か盛大に話が脱線したけど、真司は十万払えば一緒に来てくれるのか?」
チッ、思い出しやがったか。
「あっ、さっきの無しで」
「ダメだ!真司には十万円を払って付いてきてもらう!」
まるで駄々っ子のように有無を言わせずごねるのが光介の悪い癖だ。
そんな姿に苦笑しながら、ヤレヤレと首を横に振る。
はぁ、遥には悪いがもうこいつは止まりそうにないな。
「わかった。それでいい」
「一ヶ月十万でいいか?」
おっ、流石光介は気付いたか。
俺はあの時『十万円くれると助かるなぁ』とは言ったが一緒に女子寮に入るとは言ってないし、毎日のように女子寮に入るなら期限を決めなくてはならない。
そうでなかったら毎日十万円払わなければいけなくなってしまうからな。
あのまま金を払うと言ったらこいつの将来を心配しなければならなかったな。
「流石『魔導隊』エリート候補、金払いが良いなあ」
光介は将来『魔導隊』の十番隊ある中の、エリート中のエリートのみが入れる一番隊に入隊するのが夢だと前に語っていた。
「からかうなよ」
むず痒そうに光介は苦笑いするが、俺は光介の魔法なら問題ないと本気で思っている。
「と、言いたいところだが、金は要らねえよ。親友とは金でのいさかいは起こしたくないからな」
そう告げると、光介が呆気に取られたような顔をしたが直ぐに爽やかな笑顔に戻る。
イケメンが笑顔になると物凄いな、と俺は内心ズレたに感心していたことは誰も知る由もないだろう。
それからはしょうもない事や下らないことを駄弁っている間に学園に着き、下駄箱で靴を履き替え同じ教室に向かう。
何の因果か、今まで俺達五人はクラスが別々になったことがない。
俺達のクラスである『1-3』の教室に到着し、俺は窓際である左端の前から五番目の席に座る。
この席は暇な時に窓から外を眺められるので運動部の異常さが目につく。
野球なんて強化した身体で球を投げ、魔力操作で球を操りうねうねと曲がる魔球を当然の如く放っている。
打つ方も打つ方で魔球の魔力に対して大量の魔力を使って干渉し魔球の操作を掌握したのちフルスイングでホームランだ……勿論どの部活も公式戦や大会では魔力・魔法共に禁止だ。
「今日は部活があるから忘れるなよ」
右斜め前に座っている光介がこちらを振り返りながらそう言った。
光介が言っている部活とは数週間前に新しく俺達で設立した『遊戯部』のことだ。
数週間前――
◆◇◆
「部活を作ろうぜ!」
唐突に光介が俺の前の席である遥の椅子に座りながらそう言い出した。
今の時間は放課後、夜空と遥は買い物とかで先に女子寮へと帰り、雫は剣道部で今頃無双している頃だろう。
「何だ突然、頭でも打ったのか?救急車を呼んでやろうか?」
「呼ばなくていい!」
「で、どういう風の吹き回しだ?お前未だに部活に入ってなかっただろ?態々新たに部活を作る意味があるのか?」
自分の机に肘を立て、掌に顎を置きながら俺は尋ねる。
「部活に入ってないのはお前もだろ。まあ聞いてくれ。俺は常々こう思っていたんだ。高校生と言えば青春、青春と言えば部活だろ?だけど運動部は何か違う気がするし文芸部も俺に合う気がしない。だから俺達が新しい部活を作って高校生活を大いに満喫するのだ!」
と、椅子を倒しながら勢いよく立ち上がりそう叫んだ。
「はぁ、用意されたもので満足できないとは我儘な奴め」
「酷いッ」
「じゃあ、どういう方針や目的を持った部活を作る気なんだ?」
一応親友が頑張ろうとしてるので訊いてみたのだが……バッと顔を逸らしやがった。
「もう一度訊く、どんな方針や目的で部活を作る気なんだ?」
光介を睨み付け問いつめるように訊ねる。
「俺は……ただ皆と楽しくゲームで遊んだり、話題で盛り上がったりと青春みたいな事がしたいんだ!」
バンッと俺の机を両手で叩き俺に顔を詰め寄らせながら熱論してきたので、俺は反応に困り「そ、そうか」と生返事で返してしまった。
「善は急げと言うし、早速部活設立の用紙を提出しに行こう!ちなみに名前は『遊戯部』だ!」
「もう書いてたのか……」
その素早い行動力に呆れを通り越して尊敬の念を抱いてしまいそうだ。
教室を出て職員室に走って向かう光介を、俺は自分のペースで追いかける。
コンコンっと職員室の扉を二度ノックし、扉を開けて職員室に入ると其処には、
「部活舐めてますか?」
いつも笑顔な美乃里先生が真顔で呟いた言葉に怯えていた光介の姿が。
先生の名前は斎藤美乃里。
長い黒髪を首の後ろで束ねた美人先生だ。
歳は22とまだ若いがいつも笑顔でクラス全員に親しまれているのだが……何があった?と訊かずとも大体わかる。
「はぁ、やっぱりこうなったか」
俺は右手で顔を覆い、深いため息をつく。
「真司ぃ」
職員室に入ってきた俺に光介が気付くと、床に両膝をつきながら泣きついてくる。
う、鬱陶しい、笑顔な人が怒ると怖いというが、真顔も十分光介を怖がらせる効果があったようだ。
「まったく、仕方ねえな」
なるべくこの手は使いたくなかったがな……。
俺は美乃里先生の耳元に顔を近付けて誰にも聞こえないように先生のプライベートをネタにしておど――ゴホンッ……耳打ちする。
すると徐々に美乃里先生の顔全体が赤くなっていく。
「ど、どうして!?」
「部活の件、あと部費が貰えるように取り計らいもお願いします」
赤面しながら驚愕する先生に俺は恭しく頭を下げて笑顔でお願いする。
今度は先生の方が怯えたように「ひぃっ」と小さく悲鳴を上げ、やがて諦めた様子で肩を落とした。
「それと先生の名前を借りて顧問になってもらいたいんですけど?」
「わかりましたぁッ」
もうどうにでもなれ!という風に自棄の様子で承諾してくれた。
「ありがとうございます」
そして下げていた頭を上げて唖然と俺の行動を見ていた光介に、
「部活はそれなりの経歴などを出してないと、申請が通ったとしても部費の同好会でしかないんだよ。今回のは例外中の例外、お前部費はどうするつもりだったんだ?」
と、額に手を当てながら問いかける。
光介はまるで『隣のおばさんが実は母さんだった!』と衝撃の事実を告げられたかのような愕然とした様子だった。
……光介は普段頭は良いが何処か抜けていて困る。
「部員の数はどうするんですか?部員が五人揃わなければ部活は作れませんよ」
既に冷静さを取り戻したのか、とても重要な点を突いてくる。
「まあ宛はあります、ちょっと確認してみますんで待っててください」
一度職員室を出て制服の懐からスマートフォンを取り出し、電源を入れる。
「AI起動、夜空に電話だ」
このスマートフォンには投影機能に人工AIが組み込まれており、無論自ら操作も可能だがAIを使っての簡略化がされ、余計な操作をせず夜空に電話をかける。
一拍の後、スマホから夜空の姿が空中に投影された。
「真司だが、ちゃんと繋がってるか?」
『はい、それでご用件は何でしょうか?』
「近くに遥もいるか?いるなら一緒に聞いてほしい」
『わかりました、遥さんをお呼びしますので少々お待ちください』
一旦通話が切れ、数分もしない内にスマホがブルブルと振動し、通信を繋げる。
もう一度投影されると夜空の隣に茶髪の美少女――遥も映っている。
『聞いてほしいことって何かしら?真司くん』
「ああ、光介が新たに部活を作ろうと言い出してな。だからその部活に二人も部員になってほしいんだが」
『はぁ、またあの人は勝手なことを……』
俺達は昔からいつも光介の気紛れに振り回され、夜空も一々怒る気力もなく既に諦めている。
『わかりました、私は構いません』
『私も大丈夫よ』
「悪いな」
『いえ、真司さんのせいではありませんので』
おっ、珍しく気を遣ってくれるのか?
『止められなかった愚図なだけですから』
違った、まあいつも通りなので構わないが。
「んじゃあ、そういうことだから……切るぞ」
『はい』
『じゃあまた明日』
「ああ、また明日」
通話を遮断し次は雫に電話をかける。
部活を掛け持ちさせるのは悪いが、まあ断られたら次の手を考えればいいか。
『真司くん?いったい何か用かい?』
「光介が新しい部活を作ったのは良いが部員が一人足りなくてな。部活の掛け持ちになるが大丈夫か?勿論断ってくれてもいいが」
『ははは、光介くんの無茶ぶりは今に始まったことじゃないからね。大丈夫だよ』
「そうか苦労を掛けるが頼むな」
『わかってるよ、じゃあね』
電話を終了させ、電源を切る。
AIは電源を切れば自動的にシステムが終了し、電源を入れるとまた起動させる必要がある。
まあ一言唱えるだけだし、それほど手間でもないだろ。
スマホを懐へとしまい職員室に戻る。
「夜空と遥に雫に連絡を入れたところ三人共入部することになりました」
「わかりました」
「やったぁぁぁッ!!」
光介が両手を振り上げて盛大に飛び跳ねながら叫ぶが、
「場所考えろ」
職員室で遠慮なしに叫ぶ光介の頭に平手打ちを入れる。
しばかれた事で光介も我に返ったのか一瞬呆けた後、顔面を真っ赤に染め上げる。
まあ職員室の真っ只中であれだけはしゃいだらな……。
とまあ、そんなこんなで晴れて五人での『遊戯部』が新しく設立された。
ちなみに先生のプライベートネタに関しては……先生の人権問題のため秘密にさせていただこう。
◆◇◆
「ああ。お前の黒歴史を多大に含んだ部活な」
「ほう、光介さんの黒歴史ですか。とても興味深いですね」
「気になるわね!」
「ボクも興味があるな」
俺の言葉に隣に座っている夜空と俺の前で光介の左隣である遥、そして俺の後ろの席である雫の三人が面白そうに尋ねてくる。
「ぜ、絶対言うなよ。絶対言うなよ!頼むから!」
必死に俺の肩を掴んで懇願してくる光介にニヤニヤと笑みを浮かべて顔を逸らす。
「嫌だぁぁぁッ!!」
1年3組の教室に光介の絶叫が虚しく木霊した。