日常が終わるその時
「___どうしてこんな事になっちまったんだよ・・・・」
血塗れの教室でポツリと漏れたその言葉は、教師が一人の生徒を貪り、咀嚼する音でかき消される。呆然と立ち尽くす中、俺の隣にいた少女が制服の裾を引っ張り、意識を現実へと引き戻す。
「・・・・・京介・・・・早く逃げよ」
恐怖に顔を歪めながら、喉から絞りだすように出た言葉に俺は小さく頷き・・・・
「あ、ああ。ここは危険だ・・・・早く逃げないと」
小動物の様に震える彼女の手を握って真っ赤な鮮血で彩られた廊下へと駆け出した。
・・・・・
俺は何処にでもいる平凡な学生生活を送っていた。いつも通りの道を通って、毎日の様に顔を合わせる友人に挨拶をし、いつものように授業を受けて、家に帰って・・・・今日もそんな日常を過ごすのだと思っていた。あの時までは・・・・
「おはよう!京ちゃん」
教室に入って直ぐ透き通ったイケメンボイスで挨拶して来たのは、学校一のイケメン、東島 信だ。
煌めく金髪を持つ182cmの高身長でありながら超絶イケメン。きっと愛と美の女神ヴィーナスが男だったらこんな顔をしているんじゃないだろうか。
そんな神がかった容姿でありながら、性格までイケメンなのだから非の打ち所がない。その性格の良さから女子は当然のこと、男子からの支持も凄い。
そんなイケメンとは保育園で出会って、高校3年になる今でもずっと同じクラスであった事でとても仲のいい友人、親友とも呼べる仲である。
「ああ、おはよう信。相変わらず今日もイケメンだこと」
「ありがとう。そんな京ちゃんは今日も隈がすごいね。また夜遅くまでアニメを見ていたのかい?」
「正解。マジカルプリティースーパーウーマン4週目のせいで今回は3時間しか寝られなかったぜ」
俺が最近は待ってるマジカルプリティースーパーウーマンは、今期始まった新アニメなのだが、これが死ぬほど面白い。
日中はOL、夜は世界を陰で支えるダークヒーロー。スーパーウーマンステッキで変身し、超人の力で世界に蔓延る悪人を片っ端からボコるアニメだ。みんなクソだの熟女版プリキュアだのなんだのと批判する。周りが何と言おうが俺にとって神作である事には間違いないので気にしない。
「・・・・・・・・京介またエッチなアニメ見てたの?」
「エッチなアニメじゃない!マジカルプリティースーパーウーマンだッ!!」
俺と信の会話から割り込むようにして入って来た彼女は、白澤 加恋。
近所に住む幼馴染なんだが、こうやって話すようになったのは小学6年生頃から。その時、初めて同じクラスになってから教室の隅っこでポツリといる所を俺と信が話しかけて仲良くなった。
身長は俺の胸近くしかないので大体150㎝ほどだろうか。頭を振るだけで波の様に揺れるサラサラなライトブラウンの髪は、緩いカーブを描いて肩に届くか届かない位の長さ。こういう髪型をミディアムモブと呼ぶんだったかな。
髪と同じ色のおっとりとした瞳は、何を考えているのか分からないがいつも何かを見据える様なじとーっとしたジト目。
とても物静かな性格で、かなりの人見知り。クラス内でも、まともに話せる人と言ったら俺と信ぐらいしかいない。
それでも、顔立ちはそれなりに整っており、女性特有のたわわなお胸が男子に人気で隠れモテ女だったりする。当の本人は気づいてないようだが。
「おはよう!加恋ちゃん」
「・・・・ん、おはよう」
キラキラ輝くスマイルを送る信に対して、いつも通りの無表情で挨拶を返す加恋。この挨拶を見ると、今日も1日が始まったなぁ~と実感する。
そう言えば俺の名を名乗ってなかった。俺は、花崎 京介。
何処にでもいる平凡な学生だ。これといって特徴はない。しいて言えば生粋のアニメオタクくらいだ。
もちろん古くからの友人である信や加恋もこの事を知っている。このご時世、オタクというだけで毛嫌いする輩が多いが、俺の場合は信の友人ってことだからか、特にそういう悪口を言われることはない。
そんな俺は、いつもの日課で学校で朝飯を食べる。コンビニで適当に買ってきたおにぎりをガツガツと食べる俺。
それで口周りに付いた米粒を信が取り、それが終わると再び食事を再開する俺の姿をニコニコとした表情で眺める。そんな光景を見る女子達の目はとても腐っていた。きっと脳内では、京介×信のカップリングが出来上がってそれが薄い本となり、秘密裏に学校で売買されているのを京介達は知らない。というか知りたく無いだろう。
物欲しそうに見つめてくる加恋にもおにぎりを渡すと、俺と同じように食べ始める。ガツガツと食べる俺とは違い加恋は、おにぎりを両手で支えると、小さな口をリスの様にもしゃもしゃと食べる。
2人がおにぎりを頬張る姿をこれまたニコニコと眺める信。
こうしていつも通りの日常が始まるのかと思われたがそれは、突如として終わりを迎えた。
2限目の数学の時間。1匹の蜂が3年B組の教室に迷い込んだ。蜂の近くにいた生徒は、小さな悲鳴をあげて距離を取る。それを見た生徒達は大袈裟だと言って教室に笑い声が響く。
その羽虫が世界に絶望を振りまくとも知らずに。