朝の訪問者
その男たちは突然にやって来た。
乱暴にドアを叩く音に起こされた鈴木が時計を見ると6時ちょうどだった。こんな朝早い時間に、しかも無遠慮にドアを叩き続ける訪問者に胸騒ぎを覚えながらズボンを履くと、目をこすりながらよろよろと玄関に向かった。
「なんですか、こんな早く」
開けたドアの隙間から窺うと、スーツ姿の男たちがそこに居た。ドアを叩いていたと思われる男が言った。
「鈴木か?」
「はい、そうですけど。あなた達は?」
男は懐から身分証を出して言った。「厚生労働省不良屍体取締官だ。お前を不良屍体として拘束する」
「不良屍体⁉ 僕がですか? 僕がゾンビだって言うんですか? 冗談でしょう」
「この通り、執行命令書も出ている」男は身分証をしまうと、今度は一枚の書類を提示した。「大人しく出てきなさい」
「何かの間違いですよ。ごらんの通り、僕はどこもおかしいところなんてない。顔だってほら」
両手のひらで頬を叩いた。寝起きのせいか、肌の弾力が足りないように感じる。
「そもそも僕がゾンビだって証拠でもあるんですか?」
「通報が入っているんだ。お前がぎこちない歩き方をしていたとな」
「それは……昨日帰りに駅で階段を踏み外して足を挫いてしまったから……」
「それに、昨日勤務中にしきりと体を掻いていたそうだな」
「そんな……」
鈴木はドアを閉めようとした。が、金属製のアタッシュケースが差し込まれ阻まれてしまった。話していた男がすっと体を避けると、別の男が前に出て、手にしたグラインダーでドアガードを切断し始めた。鈴木がベランダに走り出ると、そこから見えたのはバリケードとしてアパートを取り囲むように配置されたパトカーの列とその向こうには大勢の警察官、その中には母親も居て半狂乱で泣き叫ぶように彼の名前を呼んでいた。
「動くな!」
右方から声がした。見るとスーツ姿の若い男が隣のベランダで拳銃を構え鈴木を睨んでいた。咄嗟にぶら下がっていたハンガーを手に取り投げようとした、その瞬間、彼の頭部を衝撃が襲った。両手を大きく広げたまま体は海老反り、天を仰ぐ形になり、そのまま後ろに倒れ込むと仰向けに横たわったまま動かなくなった。
大きな音をたて玄関のドアが開き、どやどやと男たちが部屋になだれ込んできた。ひとりの男がベランダに横たわる鈴木の体に近づくと革靴のつま先で二度蹴とばし、隣りのベランダで拳銃を構えたままの仲間に頷いて任務の終了を示した。部屋の中では別の男が襟のマイクに向かって報告をしていた。
「『マルホ』の拘束は完了しました。はい……損害0、一般の犠牲者0です。はい、回収班の出動手配を要請します。……はい、……ありがとうございます。それでは引き渡しまで監視の二名を残し撤収します」
そうして男たちは引き上げ、部屋には再び静寂が戻った。しばらくして誰も居ない部屋で目覚まし時計のアラームが鳴り、それはいつまでも鳴り続けていた。