ガールズトーク、悪魔のささやき
「段階?」
「友情とか、仲間とか、思春期に欲しがるもんで足踏みしてるっていうかな。恋愛って、そこで満足できない部分を満たすもんだろ?」
「もう、あんたにさんざん欲しいものはもらってるでしょ」
「……あー。彩音が前に言ってたな」
江野が、紀藤の顔を見る。
変な間が空いたのは、逢坂の気のせいだろうか。
「──何を、ですか」
「神前と話してると、女同士よりよっぽどガールズトークだってさ」
「ガールズ……」
おもわず、逢坂は吹き出した。
「というか、女同士だと社会に出たとたん愚痴大会みたいになるけど。神前は大人っぽい話も、ましてや男っぽい話もしねーからって」
「そりゃ…………あなたの奥方にそんな話をするはずないでしょう」
「けど、俺とだって女の話なんかしないぜ? 八割くらいサッカーとチームの話。残りの二割は、食い物の話かな」
ますます神前らしいと、逢坂は笑いそうになる。
「────」
「どした、江野?」
見れば、あとは長袖シャツを着るだけ、なすがたの江野が、ものすごくふくざつな顔をしていた。
「まだ中学生のころに、あいつにいろいろ言われたせいでトラウマになってる……のかも」
「あいつ?」
「……優児です」
はっ、と逢坂は江野の顔を見つめた。
それは赤間優児のことに、ちがいない。
「ああ。なんて?」
「恋すると、返る心のことを気にしてサッカーに集中できなくなるんじゃないか、とか。そのようなことを」
「って──そりゃ中学生ならそうだろうけどな。それで集中できなくなるようなやつがプロになるなよ、っていう」
「まあ、なんか、他にもいろいろと刺激の強そうなことを言われてました。俺は、お経だとおもって聞き流せって言ったんですけどね」
「いろいろって?」
「……直くんは悪魔のささやきみたいだって言ってましたけど。具体的には、おぼえてません」
逢坂は内心、赤間優児というのはほんとうに『悪魔』と縁のある男なのだな、とおもった。
羽角の言うことは半分くらい被害妄想だろうとおもっていたが、神前にまで悪魔のささやきでトラウマを与えたとなると、話はぐっと信憑性を増してくる。
「──今さら、ですけど」
「ん?」
逢坂の声に、紀藤の視線が返った。
「俺、誠さんにちょっと訊きたいことがあって、待ってたんです」
「俺を待ってたのか?」
ベージュのシャツに袖を通しながら、江野がぎょっとする。
「ええ。誓って、誠さんのヌードを鑑賞したくてここにいたわけじゃありませんから。良かったらこの後、ちょっといいですか?」
「ああ、もちろん。というか、もっと早く言え」
江野は、とたんにあわてた手つきでボタンを留めだす。
そんなふうに気を急くことがわかっていたから言わずにいたのだと、逢坂は苦笑を返した。