口癖は、どうでもいい
「そのていどの足じゃあのディフェンダーは抜けっこないのにバカみたいに突っ込んで行ってどうするの、特攻やりたいなら戦中か暴走族に行ってきなよ、って」
「それを、桜井陽斗に言うのか!?」
「もっのすごい、善意の忠告ーってかんじの笑顔でやき。桜井さんがおまえの足だって遅い、そもそも抜く気もテクもないくせにーって応酬すると、自分だったらあの状況ではどうするってすらすらと作戦を並べたてるわけ。で、最後に、それだけテクがあってもそのていどの状況判断ができないからこんなところにいるのか、って嫌味を言う」
おもわず、顔が引きつる。
羽角が、こわいと言うわけがわかった。
しかし、見方を変えれば、そのものずばり善意の忠告、と言えなくもない。
こういう状況判断ができるようになればビッグクラブにも行ける、とおそらくはおしえていたのだろう。
ただ、問題は言い方だ。
懇切丁寧におしえてやる気などない、というのだろうが──
「桜井陽斗って、直さんと同い年だよな。年上だろ?」
「そう! そこ! あのひと、監督にも、GMにも、社長にさえも、すべて敬語なし。口調はやわらかいからタメグチってかんじじゃないけど、誰とでも対等に話すっていうか……それで許されてるところが、マジでこえー」
「なるほど。ただのサッカー選手じゃない、っておまえが言いたくなるのもわかるな、それは」
「赤間さんも、敬語使うことはあるけど」
「へえ?」
「マスコミとか、サポーターとかに話すとき。でも、ふだんの発言知ってると、うすら寒くなるほど、うそくさい。というか、ぜったいウソ!」
「ウソ……?」
「だって。チームの勝利に貢献できるようにがんばります──とか、ぜええええったい、おもってない!」
羽角がにぎりしめたこぶしを見て、逢坂はあぜんとした。
「そ……それがウソっていうのは、選手としてどうなんだ?」
「でも。やりたいやつが勝手にがんばれば、気が向いたらアニキのついでに助けてやるよ──とか。そんなかんじやき。口癖は、どうでもいい」
「──ドウデモイイ!?」
そんな選手が神前に愛され、江野と仲良くしているなど、逢坂には信じられない。
この羽角の証言は、いったいどこまで信じていいのか、わからなくなってきた。
「わかる? どうでもいいと言いつつ、気まぐれっぽく出したパスが試合を決めたりするから、あのひとは恐ろしいし、おっかないがよ」
なるほど、とおもう。
がんばります、がウソとチームメイトにバレていても、チームの中でやっていけるはずだ。
がんばらなくても、凡人ががんばった以上の結果を出すのなら、誰も何も言えない。
「……天才、か。天才、なんだろうなー、そりゃ──」
「わかるか、大和? オレ、そんなひととポジション被っちゅうがよ!」
「あー、な。それは、あせるな」
「ひとごとみたいに言うな!」
まさしく、ひとごとなので仕方ない。
が、ある意味、まったくひとごとではなかった。
ポジションなら、キーパーでない限り、厳密にはたったひとつの座を争う、ということはない。
役割を調整して両方とも使う、という選択肢だってあるからだ。
しかし、『とくべつ』の座を争うとなると、一騎討ちは避けられないだろう。
神前にとっての、赤間優児以上の存在に、なれるか否か。
可能性はかなり低い、かもしれない。
そうおもうのに、口元には笑みが浮かぶ。
おもしろい。
天才、赤間優児──
早く、直接会って、この目で見てみたい。
そう、逢坂の胸はいつになく、期待と興奮を抱いていた。