『とくべつ』のある世界
『実際、そういう世の理を体現してみせているやつもいるしね』
「体現……?」
『逢坂大和。──あいつは、何にも考えず、うまくいかない理由も探さず、欲しい結果だけを当たり前のように手に入れていく男だ。ああいう人間は、なかなかいないよ。直くんも、紀藤さんも、羽角も、何かが抜けてるやつだって口をそろえてたけど、それが、逢坂大和って男の武器だとおれはおもう。礼は、いい男をつかんだよ』
「……優児のおかげね?」
『それは、ぜったいちがう』
「え?」
『あいつの心を引きつけたのは、他でもない、中学生時代の、礼自身だよ。礼にとってはあのころがいちばん苦しかったのかもしれないけど、それでもサッカーをやってるときだけは、笑ってただろ。あいつはそれを見てたってだけ。そして今でも変わらないまなざしが、あいつの中の恋心に火をつけた。──ぜんぶ、礼自身が引き出した結果だよ』
「そう、……かな」
携帯を持つ手に、ぎゅっと力が入る。
『礼は、考えたことなかった? 自分がなぜ、この世に生まれてきたのか。ものすごく、ものすごく、幸福な場所を出て、わざわざこの世界に生まれてきたんだ。苦しいことしか味わえないのなら、誰もこの世になんて生まれてこない。この世界は、修行でも罰でも何でもないんだから。そんなことのために、俺たちはここにいるんじゃないんだよ』
「……優児」
『俺、マコにもこんな話はしたことないんだけど。今、礼になら、話せる気がする。だから、聞いて』
「う、うん」
『俺たちはね、全体であり、何者でもなかった。自分が全体であり、全体が自分だった。そこにいるかぎり、孤独はないけれど、自分以外は何もないのとおなじなんだ。──わかる?』
「……う、ん?」
『海の中に注げば、どんな水も海になる。海からすくえば、その水はもはや海ではない。俺たちがいたのはね、命の海かもしれないし、光の海かもしれない。そこを、神とか、宇宙とか、天とも呼ぶけど、呼び方なんてどうでもいいんだ。大事なのは、そこには『とくべつ』なんてなにもなくて、すべてが公平な場所だってこと。海にとっての、水のように』
「……うん」
『だから、この世界の存在価値は、『とくべつ』があるってことなんだ。俺たちは、誰かの『とくべつ』になりたいし、誰かを『とくべつ』に想いたい。全体を離れた理由は、誰かに名前を呼んで欲しいから。『とくべつ』のない場所を離れてここに来たのは、ここで『とくべつ』なものを味わうため。ただそれだけだし──それができないなら、生まれてなんて来てないんだよ』
「うん……」
『どんなすがただろうが、ちゃんと、出会うべき『とくべつ』には出会える。頭では考えられないような奇跡を起こしてでも、いちばん自分と響き合うひととめぐり合うためだけに、ここにいる。めぐり合って、愛し合うために、この世界はあるんだ。それ以外なんてみんな、ただのおまけ』
「おまけ……?」
『そうだよ。俺も、礼も、いちばん大切に自分の名前を呼んでくれて、いちばん自分を受け入れてくれて、いちばん必要として、いちばん喜びを感じてくれる相手とめぐり合うために、赤間優児であること、古賀礼であることを選んだんだ。生まれた家も、仕事も、お金も、家庭も子どもも、そんなものはぜんぶこの世で誰かと愛し合うためにセッティングされた付属物にすぎない』
礼は、深くうなずいた。
赤間がどうでもいい、と言うのは、要するに、その付属物のことなのだ。




