歯車
『あのひとは、ほんっとやっかいでさ。俺の悩みの種なんだよ、昔っから。いっしょにいてくれって求めてくるくせに、恋愛じゃないんだ。振るってことができないから、捨てるか、望むままにそばにいてやるか、ふたつにひとつしかない。紀藤さんは結婚してるからいいけど。律儀につき合ってた逢坂が、直くんで恋愛まで賄おうとしてたのも、当然といえば当然なわけ』
「優児、は──」
『アニキたちやマコがそばにいてくれるうちはつき合えたけど、最後は耐えかねて、捨ててったね。俺が帰ってきたから、逢坂が精神的にあのひとから離れられたっていうのもあるとおもう。物事がうまくいくには、タイミングってものがすべてだから』
「タイミング……」
礼にとって、赤間が江野の元に帰ってきたというのは、決して喜ばしいこととは言えなかった。
赤間に会える機会は、増えるかもしれない。
でも、そのぶん、とっくに手が届かなくなった現実を見つめることになる。
そばにいなければ、目をそらしていられた、現実を。
けれど、その赤間の帰国が、自分の元に逢坂を運んできたというのだ。
巡り合わせとは、ふしぎだとおもう。
礼が、新しい恋を求めずにはいられなかった、今、このとき。
ちょうど逢坂も、恋の相手を求めていた、だなんて。
直視するのがつらかった、赤間と江野が結ばれたという、事実。
その事実が、逢坂に、礼がフリーであることを気づかせた。
つくづく、ふしぎだとおもう。
まるで、すべてが自分と逢坂を結びつけるために回っていた歯車のように、おもえる。
今はもう、赤間が永遠に江野のものだという事実に胸が痛むことはない。
胸が痛むのは、いつか逢坂を失うのではないかと、考えたときだけ。
あの腕を、力強いあの腕を、失いたくない──
胸を締めつけるのは、その想い、ひとつ。
あれほど好きだった、赤間の声。
それよりもずっと、ずっと、今は、逢坂のなめらかな囁きが聞きたかった。
甘いあの声で、礼さん、と呼ばれたい。
それ以外は、何もいらない。
何もいらないなんて、おもえるほど心を奪われるひとと結ばれるだなんて、奇跡ではなくて何なのだろう。
その奇跡をくれたひとは、いったい誰なのか。
それは、わからない。
わからないけれど──
「優児……帰ってきてくれて、ありがとう」
『べつに、礼のためじゃないよ』
「それでも、ありがとう」
『そのことばを、他の男を想って、礼が口にする日がくるなんてね。世の中って、ほんっとどうなるかわからないとおもわない?』
「……優児が、それを言うの?」
『俺は予言者じゃないよ。だからわからないことも、たくさんある。でも、大抵、うまくいかないっていうのは人間の側の思い込みだってことは、知ってるけど』
「優児は、いつもそう言うね──マコが絡まないときだけ、だけど」
『俺がマコのことでじたばたするのは、マコの呪い。もう、あきらめた』
礼は、おもわず笑った。
江野を想うかぎり、赤間の悩みが尽きないことは知っている。
でも今は、それも、赤間の恋の一部なのだとおもえた。
その苦しみを想って胸を締めつけられることも、もうきっと礼にはないのだろう。




