罠か、ウソか
礼さん、とあの美声で囁かれるたびにおもう。
ほんとうは、直さんと、呼びたいのではないだろうか。
神前を想うよすがに、男の体を抱いているだけなのではないか、と。
あの甘い囁きのすべては、自分を自在にコントロールするための罠なのではないか。
本気にすれば、いずれ、つらい喪失がやってくる。
そのとき、自分は立ち直れるのだろうか、と。
赤間のときは、別れが前提だった。
手放す覚悟は手に入れる前からできていた。
でも、逢坂は、まるで真実であるかのように、一生、ということばを使う。
それがウソだったとき、いったいどうすればいいのか、礼にはわからない。
みっともなくすがりついたところで、心を取り戻せるような相手ではないと、痛いほどわかっている。
だって、今、いっしょにいることが、すでにウソのようなことなのだから。
ウソがほんとうになるんではなく、ウソだったことに気づく、それだけなのだ。
『礼──』
「え……?」
『今、逢坂のこと、考えてただろ?』
「……うん」
『俺と電話してて、べつの男のことを考えてるんだよ。ちょっと考えたら、わかるだろ?』
「なに、を?」
『礼が、逢坂に惚れちゃってるってことが、だよ』
「え……っ」
『礼の審美眼は相当だからさ。俺より好きになれるやつなんてそうそういないんだろうなー、とかおもってたけど。逢坂との会話に礼の名前が出てきた瞬間、こいつがいた!とおもったんだよ。というか、こいつしかいないだろうな、って』
「優児──」
『言っとくけど、だからって俺がそそのかしたわけじゃないよ。直くんと礼、どっちとつき合いたいかって訊いたら、直くんだって言うから、じゃあ仕方ないなってあきらめる気だったし。でもあいつ、直くんに自分が必要なのは今だけだって、ちゃんとわかってたんだ』
「今だけだって、良かったのかも……」
『自分が本気で愛したら溺れさせちゃうってわかってたんじゃないの? 直くんはアホだから、自覚がないまま深みにハマって抜けられなくなるよ。俺は、ダメだってわかっててもマコを引きずり込まずにはいられなかったけど。あいつは、退くことができた』
「優児……」
『何があいつを退かせたか、わかる? 直くんの、運だよ。直くんのそばには、紀藤さんがいた。いなかったらきっととっくに、あいつは自分のためだけに直くんを求めてたんだろうけど。直くん自身の運が、最後まで、逢坂を後輩って場所に留まらせたわけ』
「…………かわい、そうよ」
『でもあいつ、ほんとは一瞬、悩んでたよ』
「え?」
『直くんと礼、どっちとつき合いたいかって訊いたとき、直くんだって答えるまで間があった。迷うくらい、礼にも思い入れがあったんだ。毎日会ってた直くんと、マコを介して数回会っただけの礼だよ? 小学生のときの想いがいかに強かったのか、わかるだろ?』
ジン、と胸が熱くなる。




