偵察電話
『礼……新居の件だけど。いくつかリストアップしてみた』
電話の向こうから聞こえる、赤間優児の声。
いつだって迷いのないその声が、好きだった。
赤間が迷うのは、江野への想いを語るときだけ。
だから、赤間の声が迷いに揺れるときにだけあらわれる人間らしさが、礼の心をも揺らしたのだ。
それがなければ、その声はきっと、あこがれはしても手はとどかない、自分には遠い理想を語るものでしかなかっただろう。
『礼? 聞こえてる?』
「聞こえてる。ありがとうね、優児」
『うん。で、さ。その資料、俺がサロンまで持って行こうか? それとも、逢坂にあずけちゃっていい?』
おもわず、礼は笑ってしまった。
どうでもいい、が口癖の赤間が、自分の心配をしてくれて、さりげなく探りを入れているのだとわかる。
「逢坂くんに、あずけてくれていいわ」
『ふうん? あいつ、しょっちゅう礼のところに行ってるの?』
「優児の目から見て、どう? 体に問題があるように見えない?」
『ふつう、だね。礼とつき合う前と、つき合い出してからも、とくに変わらない。あいかわらず、ファンにはやさしいし、先輩には礼儀正しいし』
「そう……それならいいの」
『いいの?』
「ファンもチームメイトもそっちのけで恋愛に溺れるようなひとじゃないでしょう?」
『……まあ、器用なやつだとはわかってたけど。あんまりにも変わらないから、礼と仲良くやってるのか、とも突っ込みづらいという』
「もうとっくに、心変わりしちゃってるかとおもった?」
『してても気づける自信がない。プライベートを表に出さないっていうのは、人気商売では大事な素質だけど。あいつは、その気になれば水も洩らさないくらいの、鉄壁っぷりだよ。スパイになれそう』
「スパイ……」
『笑ってていいの、礼?』
問いに、礼は見えないうなずきを返した。
「それってたぶん、わたしのためだから。直くんや羽角くんならいいけれど、たくさんいるチームメイトに恋人ができたと知られたら、きっと相手の顔が見たいって言われるでしょう?」
『あいつは、見せびらかして男とバレても、1ミリも気にしそうもないよ』
「うん……でも、わたしは、彼の腕から逃げ出してしまいたくなるとおもう」
『一瞬たりとも逃したくないほど、礼に惚れてるのか。わっかりにくい男だな……』
「優児にわかってもらう必要はないから、じゃない?」
『ふうん……直くんや紀藤さん曰く、あいつは元々、プライベートが謎なやつだったらしいから。エゴイストじゃないけど、フォワードらしいのかもね。チームメイトだからって手の内ぜんぶは見せなくていいのが、サッカーじゃ唯一、フィニッシャーだろ?』
「そうね。ゴールを狩ることだけが、仕事だから」
『礼が、いちばんあいつのことが理解できるのかもね』
「わたしがフォワードをやってたのなんて、十年も昔のことよ?」
『知らないの? 礼は今でもときどき、あのころとおなじ目をするよ。あいつも、それに惚れてるんじゃないの?』
「からかわないで」
『逢坂をからかえないから、礼くらいからかわないとね』
おもしろそうに赤間が電話の向こうで笑っている。




