悪魔な元チームメイトに戦々恐々
羽角蓮:FF所属、昨シーズンまで横浜グラニからレンタル移籍。五輪代表候補。高知出身、酒豪、美形、方向音痴。
「おまえな! 酒飲みゆう場合やないき!」
焼酎入りのグラスに伸ばした手を、むんずと掴まれる。
ファンの女の子たちのふたりにひとりは、きっとその手で、自分のことを悦ばせてくれている、などとおもっているにちがいない。
ときどき、そういう関係を前提とした激励のファンレターが届いたりするのだ。
しかし、逢坂大和と羽角蓮は、まったくもって、そんな色っぽい関係ではなかった。
いっしょの部屋にこもってやることと言ったら、ただの酒盛りだ。
羽角の寮の部屋に泊まったことは一度や二度ではないが、その真相は、酒豪の羽角に酔い潰されて眠っただけだという。
「酒飲まずにごちゃごちゃ悩んでて、何かいいことがあるのか?」
「薄情なこと言うな。オレがどうなってもええがか?」
「はあ。最悪、ポジション奪われるだけだろ。べつに、煮たり焼いたりされるわけじゃない」
「そがいなこと、わからんき!」
腰を浮かした羽角に両肩を掴まれ、がくがくと揺さぶられる。
さすがに、逢坂はグラスから手を離した。
「おまえ、あのひとがどんな人間か、知らんがやろ?」
「天才で、イケメンで、直さんの後輩……だろ」
「ち、が、う! にこにこ笑いながら、七転八倒しゆうチームメイトを眺める、アクマ! アクマやき!!!」
大きな目に涙を浮かべて、訴える。
逢坂はうなずいた。
「そのチームメイトっておまえのことだ? 半泣きになってたらもっと眺めていたくなるのも、ちょっとわかる」
「なんでっ?」
「かわいいから。俺は、頭くらいは撫でてやりたくなるけど」
「撫でんな! かわゆうないき! ……ううっ、せっかく、福岡の町にも慣れたのにぃ」
「うそ言うな。慣れてないだろ、ぜんぜん」
「慣れた! ひとりでデパートにも行けるし!」
しかし、ひとりでは帰れないのが羽角だ。
逢坂はそう言い返してやりたいのをこらえた。
「というか、ポジションが被るからって、まだお払い箱と決まったわけじゃないだろ」
「相手は代表やき!」
「元代表だろ。監督が変わってから、選ばれてない。それに、おまえだっていちおう、五輪代表だ」
「……そんな次元の話やないき! 赤間優児ゆうがは、人間とちがうの! おまえも、会えばわかる!」
「人間じゃなく、悪魔ねぇ?」
逢坂は、グラスを口に運びながら返した。
どんな被害妄想だろう、とおもう。
ユース時代、トップチームにいる赤間優児を何度も見ているが、「天才?」と首をひねりたくなるようなふつうの選手だった。
たしかにときどき、目が醒めるようなインターセプトなんかはしていたが、スルーパスの鋭さなら羽角だって負けてはいない。
けれど、サポーターに異常に愛されている選手ではあった。
サポーターだけではない。
ひとり、彼に尋常でない愛を注いでいる人間がいることを、今の逢坂は知っている。