『夢』
赤間が、ゆっくりと腕を組む。
そんな動きひとつが、やたらと絵になるのが赤間だ。
「その、鋼鉄製の神経を見込んで、礼を紹介してやろう」
「──ありがとうございます」
「ただな。ゲーム感覚はともかく、遊びで俺とマコの友人を弄ぶような真似したら、玄界灘に沈めるからな。覚悟しとけ」
「遊びで恋愛なんてしませんよ、めんどうくさい」
そんなものは、十代の半ばですっかり飽きてしまった。
以来、体だけでも、と求めてくるガールフレンドなら何人かいるが、ここ一、二年はそれさえ面倒で仕方なかった。
神前の愛を感じている方が、精神的によほど満たされたからだ。
でも、性欲までが消えたわけではない。
できれば、抱きしめたいとおもえる相手が欲しかった。
抱きしめても、油断すると腕の中をすり抜けてしまいそうな恋人がいれば、自分はどんなに夢中になれるだろうかとおもっていた。
腕の中にとどまって当然の顔をした女になど、用はない。
だから、神前ならば──とおもったのだ。
けれど、頭の中で抱きしめるたび、神前は逢坂を抱き返すのではなく、背中の向こうへと手を伸ばした。
まるで、誰かの助けを乞うように。
愛に飢えているひとかもしれないが、性的に男に愛されたいひとでは、決してないのだ。
逢坂は、そのことがわかっていた。
だから、そばにいてくれとは言えても、つき合ってくれとは言い出せなかった。
古賀、礼──
思春期になり、性欲を自覚しはじめたころ、初めてきれいな人だとおもったのは、彼だった。
女はどこにでもいるが、あれだけきれいで、サッカーのうまい人はどこにもいない。
逢坂の同級生から高校生にまで、やたらともてた姉よりも、礼の方がよほどきれいだ、とおもったものだ。
ジュニアユースに上がったとき、ユースに彼はいなかった。
コーチに問うても、先輩に問うても、サッカーをやめたらしいことしかわからなかった。
江野の友人という形で再会したとき、ひどく納得したのをおぼえている。
女装をしていると知られはしないかという、不安を抱えた微笑がひどくはかなげで、やっぱりきれいな人だな、とおもった。
髪を切ってくれる手を見つめながら、その手は江野を愛撫するためにあるのだ、と惜しんでいた。
ほっそりとした、長い指。
似合う服を選んでくれる、真剣なまなざし。
変身をとげた逢坂へかけてくれた、賞賛のことば。
どれも心に残っているが、江野の恋人に懸想するわけにはいかない、という自制を越えるものではなかった。
どこかで、江野は超えられないとおもっていたのかもしれない。
江野は超えられないとおもいながら、それでも、心に想いつづける──
それは、どれほど強く、どれほど痛い恋心なのだろう。
江野を『とくべつ』に想う赤間優児を、愛しつづけたひと。
今もまだ、愛しているのだろうか?
だとしたら、一刻も早く、腕の中に抱きしめて労ってあげたかった。
赤間優児は、そこらにいるような男ではない。
それを愛してしまったら、人生の歯車はどこまでも空回りをしつづけるのだろうから。
サッカーをやめれば終わりがくる神前とちがい、とっくにサッカーを捨てた礼には、終わりなどこないはずだ。
江野と赤間が結ばれて終わりになっているのなら、それでいい。
でも、そうでないのなら、自分が空回りを終わらせる歯車となって噛み合おう。
いつか、ぼんやりと夢に描いたことがある──
礼と自分が、ファルケンのツートップとしてともにピッチに立つという夢。
それは、神前と出会うより、ずっと、ずっと前にちらと見て、すぐに消えてしまった、逢坂自身の『夢』だった。




