「気まぐれ……じゃない」
「他のやつらは、代表経験がある選手といっしょにやるのなんか初めてだし、どうコミュニケーションを取ったらいいのかを心配してるみたいだったけどな」
「どうやって取ったらいいんでしょう?」
おもわず身を乗りだした逢坂に、江野が首を振る。
さすがに、意図がわからなかった。
「コミュニケーションを取ろうとか、しなくていい。というか、すると、それに振り回されてサッカーどころじゃなくなるから」
「はあ。──でも」
「言いたいことはわかる。信頼関係を築かなきゃとか、自分のプレーの特徴をおぼえてもらわなきゃとか、ふつうはおもうものだしな」
「……ふつうじゃ、ないんですか?」
「ふつうじゃないぞ」
言い切って、江野がちいさく微笑した。
「俺のアドバイスは、ひとつ。あいつには何の要求も、アピールもいらない。そんなことをしなくても、あいつの方で勝手に合わせてくれる──それだけだ」
「…………は?」
「いっしょに練習すれば、その日のうちに、利き足やスキルどころか、性格からクセや好みまで把握される、とおもった方がいい。その選手の百パーセントのときじゃなく、例えば試合の終盤なら、その疲れ具合までを考慮して欲しいパスっていうのを出してくれる」
逢坂は、気づけばぽっかりと口を開けていた。
江野が、ため息混じりに腕を組む。
「どうでもいい、が口癖でもチームメイトに文句を言われないのは、配慮をし尽くしたってふつうは出せないようなパスを出してくれるからだ。実際のところ、どこまで本人が意識しているのかはわからないけどな。あいつのプレーは、仲間にとって常に最善だ。──恐くなるほどにな」
こわい、こわい、と連発していた羽角を嫌でも思いだす。
「蓮も、どうでもいいと言いつつ、気まぐれっぽく出したパスが試合を決めたりするから、あのひとは恐ろしいし、おっかない──って」
「気まぐれ……じゃない」
「え──?」
江野の顔を見れば、苦りきった笑みを浮かべている。
「これは全日本ユースのときの話だけどな。今、プロになってる、守備に定評のあるボランチがあいつのマンマークについたことがあったんだ。しっかし、あいつはマークを外そうとしないし、挑んで仕事をしようともしない。せいぜい味方に指示を出すだけ」
「はあ……」
「それを八五分もやられたら、守備力自慢のやつだって……というか、守備力を見せたい選手だからこそ、集中力が切れて、緊張感も抜けてしまう。ボールのある方に気がいくし、そもそもそれほど走ってはなくても、マークしつづけるのは神経を張りつめてるから精神的に疲れてくる」
「…………死んだふり、ってことですか?」
「というか、相手の力の方を削っていってるんだな。で、相手が勝ちを意識しだして気をゆるめたところを見計らって、仕事をする」
「おっかねーっ……」
おもわずそう洩らしていた。
江野が、どこかうれしそうな顔でうなずいてみせる。
「やられた方は、当然あせる。が、動転してるところにたたみかけて、あいつはけっきょく、自分のゴールも含め、ゼロイチから三点奪ってチームを勝たせた。八五分すぎて一点負けてたって、優児はちっともあせらないし、チームメイトは優児がいるかぎりあせらなくてもいいことを知ってたんだ。死んだふりと言うなら、チーム全体でそれをやってたってことになる」
逢坂は、食堂のテーブルに突っ伏した。
「それが、赤間優児って男だ」
「参りました──」




