第75話
眠りから先に目覚めたのはうちの方で、オオカミはまだ寝とった。どのくらい寝たかなんて時間の概念がないこっちの世界じゃわかるわけもないんやけど、眠りは浅かったと思う。
ぺチぺチとオオカミの両頬を優しく叩いてみたが起きなかったので、少しキツく叩いたら何事かとビックリした顔で体を起こして周囲を必死に見渡すその姿はちょっと可愛いと思った。
ギャップ萌えには相当弱いんや。
「さっさと目覚まして行くでー」
「あれ?寝ちゃってたのか私。ごめんなさい」
「うちも寝てもうたから気にせんでええで。それよりもう少しで着くんか」
「ええ。でもどうして彼、いや彼女かもしれないけど、何で素通りしていったのかしら」とさっきの恐怖体験を掘り起こした。邪魔をしないで、そう言いよった。あいつにもやることがあるんやないかーと適当に返事をしておいた。事実そうとしか返事ができないぐらいに情報量は少ない。
今でも正体が暴かれていないやつの何を理解しろというんや。出会った時間もほんの数秒しかあらへんかったし、顔すら見えへんかった。わかったのは声ぐらいで、男か女か判断できない中性的な感じ。うちの予想は男やが、そんなもの当たったところで何も嬉しくない。
それにもし、あいつがやることがあったとしたのならそっちの方が問題や。聞いてた通りに質問してくるぐらいなら、それに答えて何事もなく終了やったのに、質問をしてこなかったとなると、あいつが知りたかった質問の内容を既に知ってしまったのかもしれない。
知ったというと、うちらと会う前に他の誰かがあいつの質問に答えて、その答えでどこかへ向かっているということになる。ただ何も聞きたかったことは得てはいないが、知りたかった手がかりを掴んで一人で行動していたってなると、それは良い予感はしない。
どっちにしろうちらの世界を掻き乱すような輩はいずれ排除したる。まっったく、この世界も悪い方に傾いてきている。仲が良い悪いとかはあったが、悪魔同士による殺し合いなんてアスモデウスが大魔神になってからやしな。結束力が薄れていくというのは、やはりトップに問題があると思う。
「わからんことばっかやなーほんと」
なーんも見えへんとわかりつつ空を見上げるように上を向いた。
当たり前のようになんも見えへんかった。
いつかこの道に光は灯るのだろうか。なんて詩人みたいに考えたりもする。
こんなうちでもな。
「着いたわよ」
「思考停止しとる時は何もかも早く感じるな~」
「わたしはその逆ね」
銀色に輝く扉は今までになく頑丈に見えた。外から入れないようにセキュリティがしっかりしているというよりは、中から出られないようになっている風にも見えた。黒光りする鎖にグルグルに巻かれ、今まで全ての扉にあった鍵穴はどこにも見当たらないし、インターホンすらない状態でどうやって中にいるアリエルに会えというんや。
「アリエルの扉だけこんなんなんか」
「理由はわからないけどね。でも中に入る方る方法は知ってる。アスモデウスと七大魔王だけ知っている秘密の言葉」
「なんやそれ?」
「パンドラ」
その言葉を発すると、扉に巻き付いていた鎖が解けた。同時にその鎖は骨が軋む音がするぐらい強い力でうちらに巻きつきはじめた。翼と両手両足を縛れら身動きも取れへん。
「これどないなっとんねん!歓迎にしちゃ手荒すぎるんちゃうかー!」
「私も初めて入るんだから知らないわよ!あっ、ほら見て扉が」
鈍い音を立てながらゆっくりと扉は開いた。そして鎖でガッチガチにされたままの状態で中に入らされた。鎖が意志を持っていると考えると気持ちが悪くて寒気がする。
うちらを拘束してた鎖が解かれるんかと思ったらそんなことはなく、二人横並びの身動き一切取れへん直立不動で対面するみたいや。シュールすぎひん?
「で、肝心のアリエルはどこにおるんや」
アリエルのおった場所は将門とは違う不気味さを醸し出していた。建物はあるがどれもボロボロ、植物は生えているが、枯れていて整備がされてない荒れ地状態。しかも地面のいたるところに血の跡がついている。誰の血や・・・?
「見当たらないけど、この状態で動きたくないわよ」
「こけたらもう立ち上がれへんよな」
「一刻も早く立ち去りたいところだけど、どうすればいいかしら」
「まず会わへんと話にならんがな」
「・・・」
「・・・」
話すこともあらへんし、いつまでこの状態が続くんやろか。
辛すぎる。
もう立ち上がれへんくてもええから寝ころんだろ。
「もう立ちっぱ辛いから寝るわ」
「ちょっ私起こせないわよ」
「どうせ立ってても何も出来へんしな」
寝ーよおっ。
体重を後ろにかけたが、地面に寝転がる前にごつん!と何かにぶつかった。
あ?後ろになんかあったかいな?
腰の辺りを何かに支えられたその感触で、それは誰かの手であることがわかる。
そしてそのまま押されて元の姿勢に戻された。
「え!?どうやって戻ってきたの」
「知らん。なんか手みたいなんに押されたんやが、寝ころばしてくれへんかった」
「なにそれ気持ち悪い・・・」
「なら前に倒れてみたるわ。ほらっ」
「あっやめなさいって」
その言葉を無視して今度は体重を前にかけた。
さぁ!その正体を現してみるがいい。
ずん!と腹に何かがぶつかった。少しむせたけどやっぱり何かがいる。
下を向いた瞬間にそいつと目が合った。
「き、キモっ」
地面から頭を出していたそいつはじろりとこちらを凝視してきた。
顔中が血だらけで、開いた口からは真っ黒い腕が出てきてホラーでしかない。
うちを押し返したのは、こいつの口から出てきた手やったんか。
「キャーーー!!!」とオオカミはその姿を見るなり叫び声をあげた。まぁ叫びたくなる気持ちもわかる。うちは耐性ある方やけど、篝ちゃんなら気絶してたやろうなぁ。バランスを崩して横に倒れそうになったオオカミの真下から全く同じ顔がニュッと出てくる。同じく口から出た腕によって倒れるのを防がれる。だが攻撃をしてきてる様子はない。元の姿勢に戻された後に、そのキモイやつは地面へと溶けるように消えていった。一体なんやってん。
落ち着いたと思った矢先、目の前に巨大な何かが降ってきた。
ズドーン!!!と地面に刺さった衝撃で、うちとオオカミはこけそうになるも見事にそれを回避してキモイやつと遭遇することを逃れた。バランス感覚鍛わっとるやん!
土煙が消えて現したその落下物は、逆十字に磔されたかつての戦友アリエルやった。




