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第八話

「それで、凪子は何がしたいの?」


 部屋に人を呼ぶ予定は一切なかったから、凪子に夏用のグラス、自分に冬用のマグカップだ。自分の部屋だし、遠慮なくゴクゴクと喉を潤す。


 中身は同じ、作り置きの麦茶。 


 凪子はそれに手もつけずに口を開いた。


「どうして、何も言わずに消えちゃったのか、その理由が知りたい」

「知ってどうするの?実害があるわけでもないのに」

「実害はあるっ!どれだけ心配したと思ってるの!?」

「悪いけど、私にそのテの共感を求めないで。薄々気づいてるとは思うけど、私は情が薄い人間なんだ」

「・・・それは、生い立ちが原因?」

「どうかな。物心ついた頃からこうだから、元々かもしれないし、凪子の想像が原因かもしれない。自分では判断できないよ」


 凪子は、押し黙った。


 私の過去を無断で探り、今もこうして土足で荒し回っているという自覚はあるのであろう。罪悪感とそれでも、という私から見ればハタ迷惑でしかない信念で行動しているさまに、思わず笑いそうになった顔を引き締める。


 短くはない沈黙を破ったのは、私からだった。


「どこまで、私のことを調べたのか、私には聞く権利があると思うけど?」

「・・・・・・」

「これでも、足跡が辿れないよう戸籍を閲覧不可とかにはしてたの。流石に、就職の時に出した身上書なんかは破棄できなかったけど、校長には私に関する情報を最低限の先生以外には漏洩ろうえいしないよう確約してもらった。特に、真久貝には絶対言わないで欲しい、って」


 そこまで言ったとき、凪子はようやく、彼女らが行った褒められたことでは決してない、行為を語った。


「真久貝君が、学園長に話を通して花に関する書類を手に入れてきたの。身上書だけじゃなくて、履歴書や大学時代の奨学金申請書や入寮の手続きに関するものまで」


 私は黙って聞いていた。


「花が、養護施設出身ってことは、そこで初めて知った」


 動揺は、なかった。


 十中八九すでに知られていると、凪子の言動で予想はついていたし、私は知られて激しく取り乱すような性格をしていない。


 何より、それを他人ひとに知られることには慣れていた。


 私は、客観的に見ても頭が良かった。教えられずともおおよその物事を自ら吸収できた。


 小学生の時は施設の子供なら皆が通う学区の小学校に通っていたけど、中学校と高校は国立のところを受験して通っていたから。ただ、同じ小学校から私の他にも数人の進学者がいた。一年と経たずに私に関する噂が広がった一因いちいんには彼らの存在もあるだろう。


 私の成績が常に3位以内であったことも要因かもしれない。中学時代は成績を貼り出されることはないけど、表彰やコンクールの常連だったし、高校に入ってからは成績を貼り出されても上位3人のうちの他2人と満点を競い合うようなものだった。


 私は理系、あとの2人は競争相手であっても文系だったので2年生に上がってからは首位争いがなくなった。文系は文系で、理系は理系で貼り出される成績は常に首位になった。


 やっかみを覚えられる前に、別格べっかくとして私は浮いた。あとの競争相手2人もそうだったけど、2人はお互いがいたから気にしてはいないようだった。


 あのときに私の髪や瞳の色に関する嫌悪感がなければ、もしかしたら私はあの2人と知人程度には関係を築けたかもしれない。


 薄紫色と朱色を持った2人と。


 そう、少しだけ残念に思えるくらい、輝かしい人達だったから。それは、真久貝も凪子も牧崎も同じで、違うのは私だけ。


 別格だと浮いたあとで私に関する事実である噂が流れて、それが私の唯一の欠点のように言われた。


 その噂が届いていたのだろう。成績の関係からよく同じ班になっていた薄紫と朱色を持った2人は私を気にかけて、それとなく庇ってくれていた。それ程に、さとくてそつのない人間だった。


 けれど、私はそれを心から拒否した。


 その目で私を見るな、その髪を私の視界に入れるな、と心の底から祈っていた。


 日増しにつのる嫌悪感を表にだけは見せないように、私は全ての人間を拒否した。施設の者に対してさえ、それは例外ではなく、私はどこに居ても孤立した。


 元々、まだ情動じょうどうの制御が未熟だった小学生の低学年の頃は気味が悪いと思った髪と瞳の色を持つ者を態度に出して異端視していた。その分だけ施設でも浮いていたので孤立することは簡単だった。


 世界が、他人が、異端なのではないと私にはとっくに分かっていた。


 異端なのは自分のほうだ、ときちんと理解していた。


 それでも、気持ち悪かったのだ。


 私の世界に、この感覚を共有できる人間はいなかった。


 だから、自棄ヤケになった。


 もう、自分にとって何もかもがどうでもいい、と。


 最低限のレベルで、心地よく生きていきたい、と。


 差別を肯定し、区別に秩序を作り、私を守る壁を築いた。


 ようやく、息を吐いたとき、ふと気づいてしまった一つの仮説が心の奥深くまで一気に根づいた。


 私は、1人ではなかったのかもしれない。


 私とある意味同じ人間が、いたのかもしれない。


 私とは逆に、黒い髪と黒い瞳を嫌悪する『親』という人間が。


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