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第五話(別視点)

今回は、真久貝視点でお送りします。

 立花が消えた。


 急に職場を辞めたかと思えば、自分に何も言わずに住んでいた場所すら引き払って。


 もしかしたら、と一縷いちるの望みを託して共通の友人2人、牧崎寛司と仁科凪子に連絡をとった。


 寛司は駆け出しの弁護士として、仁科は大学時代にアルバイトとして働いていた予備校で数学担当として教鞭きょうべんをとっている。


 俺と立花と同じく大学時代に付き合い出した2人は、すでに婚約しており、寛司の仕事が落ち着いたら本格的に結婚の準備をするのだと言っていた。


 仁科は春休みの講座で忙しくなる頃だと思っていたが、立花のことを話すとすぐに駆けつけてくれた。


「どういうことよ!?だったら、はなはどこに居るの?」

「分からない。今何処に住んでいるのかも、連絡先も」

「立花さんが学校側に提出していた履歴書とか身上書は見せてもらえたの?浩介」 


 寛司の言葉に首を横に振ると、その答えは半分予想していたらしく少しだけ残念そうに、「そっか」と言って引き下がった。


 駅の近くの全席個室の店は、程よく騒がしくて会話の内容が周囲に届く前にかき消してくれる。仁科が語気を強めた言葉は周囲に漏れていないだろう。


「花に最近、変わったところは?」

「最近は立花が忙しそうで、一緒に過ごしたりとか出来てなかったから」

「その、忙しかったってところが怪しいね。立花さんが忙しかった理由は分かる?」

「交換留学生に選ばれた生徒の1人が、自分はその申請をしていないといって、留学経験を買われて留学生選考員の1人だった立花も含めて、何か不備があったところは無いかって書類ひっくり返して探してた」

「・・・浩介、お前の職場で、もしその書類に不備があったからって退職クビになる?」

「減給とか始末書ものだけど、故意でなければそれで終わる」

「“故意”の可能性は?」

「「(立)花が?」」


 寛司の示唆に俺は少し黙ってすぐに思い当たることについて考えた。


「1つ、ある」

「どんな?」

「・・・留学生に選ばれた、申請していないと言った生徒との間で俺も立花もちょっとゴタゴタに巻き込まれた」


 流石に教師として生徒の個人情報をやすやすと外部に漏らすことは出来ず、ギリギリのラインを見極めながら口にする。 


「それだけで立花さんが思い余って書類に不正をするほど?」

「普通に考えて立花と付き合ってる俺からすれば、『払い落とせるだけの火の粉しか浴びてない』と言っていた立花が不正をすることはありえない。でも何か思い当たるとすれば、それだけしかない」

「とりあえず、そこを前提に進めるしかないか・・・。あ、浩介さっき『俺も立花も』って言った?」


 考え込んでいた寛司が俺の言葉尻を捕らえる。


「『俺も立花もちょっとしたゴタゴタに巻き込まれた』?」

「そう。立花さんが火の粉なら、浩介はどのレベルだったの?」

「・・・火の輪くぐり」

「つまり、何?花が居なくなっちゃったのは真久貝君のせいってこと!?」


 仁科が険のある言葉と顔つきで俺を見る。


「なんでそんな考えになるんだよ」

「その生徒、女でしょう?」

「・・・・・・」


 どうして分かるのか。仁科のなかば確信しているような問いに答えることが出来ずに沈黙をもって返すと、それを肯定ととったらしい。


「だったら、原因はハッキリしたわね」

「ちょっと、意外な気がしないでもないけど」

「なに?寛司君は花のこと馬鹿にしてるの?」

「してないよ。大学時代からの付き合いだけど、ずっとドライな印象だったから」


 俺にはついていけない会話を繰り広げる寛治と仁科に待ったをかけた。


「何の話?」

「真久貝君、変なところで鈍いよね。花が、その生徒に嫉妬したってこと。勿論、別の考えがある可能性も高いけど。むしろ、別の考えが大部分を占めて、でもその隙間に嫉妬があるよ。絶対に。勘だけど」

「嫉妬?」


 始まりから成り行きで、だった立花との関係。


 物欲がさほどなく、必要なものまで切り捨てる欠点もある彼女にとって、俺という存在はいつ切り捨てられる(別れを切り出される)側に回ってもおかしくない立ち位置に居た。


 こちらから働きかけない限り、立花からは何も反応アクションがない。立花と付き合うことに俺が先を見出せなくなれば自然消滅という結果は目に見えていた。


 それが自分でも不思議なほど嫌で、笑えるくらい必死で関係を続けるためにデートに誘ったり、お互いの家で一緒に過ごしたりといった行為を俺から求めた。


 俺からしか求めなかった。


 立花から俺に何かを求めることはなかった。


 それとなく男としての欲望は伝えたが、立花がはっきりと断るのでこの歳にして生徒も真っ青な健全な交際だった。


 その彼女の意思を尊重し大切にしようとした努力が、想いが、こんな理不尽に全部なかったことにされるのかと思い至った瞬間、沸き起こった感情の激しさに自分でも驚いた。


「立花を探す。このままじゃ、納得できない」


 俺の宣言に仁科と寛司も同じく、 


「俺も、ちょっと伝手ツテあたって探してみるよ」

「私はとりあえず、大学の同期に当たってみるわ」


 荷物と3人分の会計を手にして、俺は、


「何か情報が入ってきたら連絡頼む」

「そっちこそ」


 会計を済ませて腕時計を見ると、まだ学校には人が残っている時間だ。


 学園長はまだ校内に残っているだろうか。


 プライベート用携帯のアドレス帳から目当ての人物の番号を見つけてコールすると、10回目の呼び出し音で相手は出た。


 ひどく退屈で不機嫌そうな声が耳元で用件を問う。


「無茶は重々承知の上で申し上げます。30分後、そちらへ向かいますので退職した久萪の採用時の履歴書や身上書などの彼女に関する残っている書類全てを用意しておいていただけますか?」


 不機嫌そうなのは相変わらずだが、退屈そうな色が少しだけ薄れた。『何故?』と問われて、身勝手に、きっと立花は望まない言葉が口をついて溢れる。


 立花は、俺との未来を見ようとしていない。


 恨んでいい。


 逃げ道を塞ぐつもりの俺を。


「私が、妻になって欲しいと望む者だからです」


 交際期間10年。寛司や仁科のように、そういった話をしていい付き合いだ。むしろ、無いほうが不自然だった。


 なのに、それを知っているはずの電話の相手は不快な哄笑こうしょうを上げた。


 先程とは打って変わって、平時を知る俺にとっては気味が悪いほど愉快そうに、電話の相手は俺の要求を了承した。



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