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第三話

 そんな風に考えていた発言が、どんな誤解を生んだのかこのときの私は気づいていなかった。


『あ、そうそう。夏休み明けから、留学することになったから』


 急激な話題転換に、3人はついていけなかったようだ。もうちょっと詳しく言ったほうがいいだろうか。


『語学留学でアメリカ行ってくる。諸費用全部大学持ちの留学を5日前に打診されて、一番早いプランで、パスポートが発行され次第渡米するから、手続きとかこれから一杯あるし準備も始めるから明日からはあんまり会えないと思う。ごめんね、急な話で』


 絶句からいち早く回復した凪子が、


『な、何日よ?』

『まだ出発日は未定だから、見送りとかはいらないよ。たぶん、それも急に決まると思うし』

『そうじゃなくてっ!!何日間!?どれくらいの期間留学するの!?』

『半年』

『行ってどうするの!?』

『英語力を身につける』

『人見知りのあんたが、外国の人に自分から話しかけられるの?』

『追い込まれれば』


 そんな感じに慌ただしく留学して、初日から変に男子学生の1人にまとわりつかれるな、でも一応許容範囲内の髪色と目の色だし、と放置していたらいつの間にかいなくなって、ホッとしたと思ったら何故かその男子学生が私の恋人ステディで、私はその男子学生をゲイの学生に寝取られたことになっていた。


 寝取ったというゲイ学生は、寝取った恋人の元恋人の女とはベッドの中がつまらなかった、と吹聴しているそうだが、申し訳ないがこっちに来て誰とも付き合ったことはないし、性病を持っているかもしれないよく知りもしない男と一夜を共にするはずがない、と言おうとして「性病」と言う英単語がわからず、『ああ、そう』と他人事のように相槌あいづちを返すにとどめた。


 リスニングはできるのだが、話すのはやはり実地訓練あるのみ、と身をもって学んだ。それから半年の留学を私は英語でのコミュニケーション能力を磨くのに費やした。


 とにかく、会話に参加すること、発言をすることを積極的に。考える前に口を動かす。動かしてから考えればいい。むしろ、人が話しているときから話半分に話すことを考えてないと非英語圏の人間、特に日本人はめられる。


 凪子、私だって追い込まれれば話すんだ。


 国際通話料金は高いので半年間、結局一度も日本へ国際通話をかけずじまいだった。


 誰にも連絡せずに、半年間の留学を終えて寮へ帰ると、連絡もしてないのにその日のうちに凪子と真久貝と牧崎がやって来て、『おかえり』と言われた直後、説教が始まった。


 くどくどくどくど凪子と真久貝が小言の雨を降らせ、牧崎だけが唯一、時折私に小さななだめるという傘を差してくれる。


 長い長い説教を要約すると、話が急すぎだし、留学中に一度も連絡を寄越さないとは何事だ、という内容である。あと、『心配した』と。


 割と気が強いはずの凪子が涙目になっているのを見て、『心配かけて、ごめんなさい』と素直に言えた。


 一区切りついたし、と牧崎が留学中の話を聞いてきたり、私が留学中に日本では凪子と牧崎が付き合い始めていたりと話題は尽きなかった。


『それで、アメリカではアタックしてくる男とかいなかったの?』


 凪子がなぜか真久貝にちらりと視線を向けたあとに私にそう聞く。真久貝は凪子のその質問にどこか不機嫌そうだった。


『日本もそうだけど、特に海外の惚れた腫れたはよく分からない。なんか、あっちの男子学生と付き合ってたことを知らされた時にはその人をゲイの学生に寝取られたことになってた。向こうは付き合う時に告白しない文化だから、付き合ってたことも知らなかったよ。いままで誰かと恋仲になったことはなかったから、初めての彼氏とかいう人だったのかもしれない。もちろん、初めての元カレとか言う人でもあるらしい』

『・・・・・・』

『・・・・・・』


 凪子と牧崎の表情が固まる。なにか、まずいことを言っただろうか。


『・・・寛司、ここの会計は2人分立て替えといて』

『り、了解。いやっ、むしろ全員俺のおごりだ!』


 行くよ、というように手を差し出されて反射的に手をのせたのは、レディーファーストの慣習がある西洋の一国いっこく、アメリカに少々アメリカナイズされているされているらしい。


 留学先の大学が、学力も大学費用もちょっと高めだったので躾や礼儀作法の意味で学生の質が良かっただけかもしれないが。


 あっちでは、いちいち戸惑っていてはキビキビと動けなかったので、さっさと気にしないようにした。


『真久貝、なにか怒ってる?』

『そう見える?』

『見える』


 歩く速度が速い。表情が、平然としているように見えて、その表情を固めて貼り付けたようだ。


『なら、そうなんだろう』

『理由が分からなくて、困ってる』


 不意に真久貝の足が止まる。それに合わせて立ち止まり、真久貝の顔を改めて落ち着いて見つめる。


 もう見慣れたはずの、半年離れていた今となっては懐かしさすら感じる青い髪。よくよく見ると、眉毛や睫毛まつげも青色なのだ。


『俺、立花と付き合ってると思ってたんだけど』


 Pardon(パードゥン) me(ミー)?


 そう言いかけて、耐えた。


『・・・いつ?』

『ずっとアプローチしてた。立花が留学に行く前に俺を好きだって言ってくれたのを、付き合いを了承してくれたって思ってた俺が馬鹿だった?』

『真久貝は馬鹿ではないと思う』

『それは、付き合ってるって意味にとっていい?』

『不可抗力だけど、二股してた女でもいいならね』

『立花じゃなきゃ嫌だ。好きだよ』


 その言葉に、なんと返すべきか俯いて少し悩み、


『正直、私にはよく分かってないことは言っておく。恋愛対象としての好きかどうかはまだ分からないけど、私は付き合うことを先に了承したみたいだし、そんな始まりかたでも良いなら、恋人、です』


 こんな言葉を口にするのは、なんだか気恥ずかしい。俯いていた顔を上げると、嬉しそうに笑う真久貝の顔があり、自分の今までを振り返って、少し申し訳なくも思った。


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