#003 跳ねてヒナバッタ
※MidnightBlue,Trainのスピンオフになります。http://ncode.syosetu.com/n3325ca/
本編の読了後に読まれることをお勧めします。
一度味わったら、そりゃあもう、忘れられないでしょう!
#003 跳ねてヒナバッタ
「ヒバリちゃんは、いつ王様になるの?」
うずうずする気持ちが我慢できずにそう言えば、ヒバリちゃんはものすごく信じられない!って顔をあたしに向けた。
場所はハネバンク、ちょっと休憩中、の雑談。
レディ・バードがもう一回投獄されて…あれ?違うか、ヒバリちゃんが王子様になってから、ハネバンクに毎日来てくれるから、あたしはすっごく上機嫌。
でも、ヒバリちゃんは不機嫌。
「なに言ってるんだよ、グラスホッパー。今の肩書きでもいっぱいいっぱいなのに勘弁してくれ」
信じられない!の顔のまま、身を震わせるんだもん。
「肩書き、って王子様のこと?それともハネバンク社長のこと?」
「どっちもだよ」
それからうんざりした顔になって、うなだれた。
うん。ヒバリちゃんって飽きなくて大好き。
「残念だなあ。あたし、ヒバリちゃんが国王様になったら、是非ともお願いしたいことがあるの」
極上の笑顔をヒバリちゃんにあげる。これは本当に現実にしたい夢だから。
そのためにはヒバリ国王様の力が不可欠なのよ。
「…念のため、聞いてみてもいいけど?」
恐る恐るながら、ヒバリちゃんが食いついてきてくれた!
こうなったら、もうあたしの目的は半分達成ですよ。
「そうなのよヒバリちゃん!ううん、ヒバリ国王様!あたし、どーうしてもやってみたいことがあるの。あ、違うかも。また、やりたいことがあるのよ!って言うのも実は前にやったことはあるからで、でもでも、だからといって、はいやりましょーでもう一回できることじゃないの。と、言うか、もう一回じゃもの足りなくて、もう二回、三回、とにかくたくさん回?…うずうずして仕方がないのよ!」
「ちょ…ちょ、ちょっと待てグラスホッパー。まくし立てられても理解が出来ない!」
あ、しまった。
いつもの癖で、気分が高ぶって、思わずぺらぺら言葉が尽きなくて。
ヒバリちゃんはそんなあたしに圧倒されて、すっかりたじろいでいた。
「なんだか、ドキドキしちゃって」
言葉に比例して乗り出していた身を、元に戻す。
「頼むからゆっくり、順序を立てて、僕に解るように丁寧に話してくれないかな」
ヒバリちゃんが大きく息を吐く。
「で、なにを、もうたくさん回したいんだって?」
なんだ。ヒバリちゃん、ちゃんと聞いてくれてるんじゃない。あたしが、たくさん回って言ったの、理解してるもの。
あたしはそれだけでもまたご機嫌になって、ヒバリちゃんの問いに答えた。
「思いっ切り、跳びたいの!」
ヒバリちゃんはポカンと口を開けたまま。
さっきは信じられない!だったけど、これはプリーズ・リピート!かな?
「あたし、思い切り跳びたいの」
ご要望にお答えしてリピートする。
「いや、聞こえてるから!」
あれ?
どうやら違ったみたい。残念。
「思い切り跳びたい、って、いつも跳んでるじゃないか!」
なんだか、青ざめた表情になるヒバリちゃん。
おかしいな。『テンポルバート・サルト』に、青ざめる要素なんてないのに。
ま!気のせいよね。
「違うのよ、ヒバリちゃん。あたし、縦に高く、思い切り跳びたいの」
ドラゴンフライのあの部屋で、初めて高く跳んで、すごく楽しかったの。だから。
「どうしても、また跳びたくて仕方がなくて」
心臓の奥が、ドキドキしてうずうずして、止むことがない。
「そんなの、僕じゃどうしようも出来ないよ」
ドラゴンフライに言ってくれなきゃ仕方がない、なんで僕に、とヒバリちゃんはぶつぶつ…。解ってないなあ、もう。
「ヒバリちゃんじゃなきゃ駄目なのよ。あたし、外で跳びたいんだから」
「はい?」
それでまた、ポカン。後にぱちくり。
「夜行列車ミッドナイトブルーは大好きだけど、あたし、海の外にも興味があるの」
それで、噂に聞く陸って場所で、天井のない空ってものに向かって、思い切り跳んでみたいのよ。
そう言った意味では、また跳びたいって表現は間違ってるかもしれないけど。高く跳ぶことには変わりない。
ただ、外で、っていうのも重要ではあるだけで。
「今はほら、時々駅に停まって同盟国と貿易してるけど、それって普通の人は夜行列車から出られないじゃない?」
出られるのは、貿易を仕事にしてる伯爵さんのお家くらいで。
「まあ、そうだよな」
ヒバリちゃんがうなづいてくれる。
「でしょ!それって不公平だと思うの。もう昔とは時代が変わったんだから、普通に貴族とか関係なくみんなが、それも自由に!海の外に遊びに行ったり出来るようになるべきなのよ!陸が憧れの時代なんて古すぎるわ!ミッドナイト王国だって、ずっと前は陸にあったんだから、里帰り?って言うかそろそろそういう時期じゃない?とにかくあたしは海の外に行ってみたいし、陸で跳んでみたいの!それを叶えてくれるのは、ずばり国王様のヒバリちゃんだけでしょう!」
だからあたしは、ヒバリちゃんが国王様になるのが待ち遠しいのよ。
「グラスホッパー…そんなキラキラした目で見られても」
ヒバリちゃんが、あたしに圧倒されて小さくなってる。
あたしったらまた気分の高ぶりが抑え切れなくて前のめりになっちゃった。
「ねえ、駄目なのかな。あたしの野望は」
しゅんとならざるを得ない。
絶対に現実にしたい夢なのに、ヒバリちゃんがゴーを出してくれなかったら、どうしようもないわ。
「野望、ってお前…」
こうして話せば、きっとヒバリちゃんのことだから前向きに検討してくれる。
ヒバリちゃんは優しいから、いつかは現実にしてくれる。
だから、そう読んでいるから、ヒバリちゃんが食いついてきてくれたことであたしの目的の半分は達成された訳だけど。
残りの半分が達成されなければ、夢は夢のままになっちゃうのは必然であって。
「ヒバリちゃんだけが頼りなのよ。夜行列車の外に、遊びに行こうよ」
あたしの野望達成までの半分を、こうしてヒバリちゃんに托すから。
「現実にしてくれたら、嬉しいんだけどな」
どうか、と祈りを込めてヒバリちゃんを見つめる。
そしたら、思いがけない答えを、ヒバリちゃんは口にした。
「僕じゃなくても、多分出来るよ」
「え?」
なにそれ、どういうこと?
「今すぐにじゃないけど、遠くないうちには海の外に遊びに行ける日が来ると思うんだ」
「ほ、本当!」
それならあたしは、すっごく嬉しい!
「ミッドナイト王国が海に潜って随分月日が経って、グラスホッパーの言うように時代も変わったし。あとは国王がなんて言うかだけど…少しずつ海の外に行ける方向に向かってるんじゃないかとは、思ってる」
まだまだ問題はあるけど、とヒバリちゃんはまとめたけれど、あたしの気持ちはすっかり夜行列車の外に跳んで行っちゃった。
「待ち遠しいなあ。早くそうならないかなあ」
気分はもう、るんるんで、今ならなんだって出来る気がするよ!
そうやって言ったらヒバリちゃんは、席を立ってにこやかに、あたしに向かって言った。
「じゃあ、休憩は終わり。なんだって出来るなら、仕事をしてください」
それがあまりにもにこやかだったから、あたしは正直、やられたと思った。
でもまあ…思いっ切り高く、空に向かって跳べる日を想像してみたら、お仕事だって軽ーく出来ちゃうかも?
「りょーかいしました、社長!」
元気に答えれば、社長はいつものようにちょっとうんざりした顔をしながら否定をして、それでも小さく笑ってくれるから、あたしは実は、お仕事なんて苦じゃないんですよ?
思考をすっかり海の外に跳ばしつつ、あたしは今日もヒバリちゃんの下で、楽しく愉快にお仕事に励むのでした。
「海の外に遊びに行ったら、ヒバリちゃんも一緒に跳ばせてあげるからねっ!」
「………遠慮、しておきますよ」
終