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「やっぱりちょっと眠いなぁ……」
ある中学校の休み時間に、莉子は自分の席で自然と降りてくる瞼をこすった。教室は談話を楽しむ生徒で溢れていて、莉子も後ろの席の真紀に身体を向けていた。様子を見て「夜ふかし?」と真紀が訊いてくる。
「ちょっと、ゲームやりすぎちゃってさぁ」
「そういえば、ネトゲ始めたんだっけ、男子がやってるの真似して」
つい先日、莉子は親にパソコンを買ってもらった。第一に始めたのがネトゲで、前々から教室で話題になっていたものだから、早速登録した。もちろん特定のアイテムなどを買わない限り、プレイは無料。
「誰か男子誘って行ったの?」
「私、何か男子と、そーゆー系の話とかし辛いんだよね」
「だよねー。莉子だもんねー」
後ろの席の真紀は、話を聞くなりコロコロ笑った。その様子は、まるで男と何かするなんて有り得ないと暗に言っているかのよう。
「で。莉子はそのゲームで、何て名前なの?」
「そのまま名前入れたよ。あ、でも『莉子』だったら誰かが使ってたから、横に☆入れといたの」
真紀は「ふーん」と、普段親しみのない文化を興味深そうに聞いていた。
「莉子がやってるなら、私もやってみよっかな。でもそういうのって、普通自分の名前とか入れないものじゃない?」
「そうなの?」
「そうでしょ?」
二人仲良く、小首をかしげた。
「そういえば他の人見てたら、外人みたいな名前の人とかいっぱいいたっけ」
好きな名前にできるんだから、もっと可愛いのにすればよかったかな。莉子は変更できない名前を悔やみかけた。
「服とかは自分で決めれるんだよね。莉子のことだから、やっぱりこだわってるんでしょ?」
「うん! 魔法少女にしてみたよ!」
「ま……魔法少女?」
真紀は意表を突かれたように、片眉をわずかに上げた。
「うん、実際にはできない格好してみたかったから。ちょっと興味あったんだよね、コスプレみたいなの。それにそんな感じの方が、ウケ良さそうじゃない。やっぱコーデは自分好みだけじゃなくて、相手の評価も気にしないとね」
「それで魔法少女なの?」
「うん!」
と、無邪気に言う莉子。「何かズレてない?」と真紀は微妙な顔で言ったが、「そんなことないよ!」と自信満々な答えが返ってきたので、「そんなものかなぁ」と真紀は納得したようなしていないような、曖昧な表情をつくった。
「でも莉子みたいなおしゃべりな子、相手してくれる人いるのね。余程の物好きじゃない?」
と、真紀はクスリと笑って言う。幼馴染なので、莉子の話が長いことはよく知っていた。
「多分、とっても良い人だったんだよ」
「どうかな。ネットって、結構悪い人がいるって聞くし」
莉子を心配しているのか、憂いのある表情。そんなに心配しなくっても、というくらい。噂を真にうけちゃって、大袈裟なんだから、真紀ったら。
「そんなことないよ。本当に優しくて、良い人だったんだから」
莉子は膨れっ面で言った。
「じゃあ……どんな人だったの?」
真紀の表情から、笑顔が消えた。
「えーっと、ねぇ……」
莉子は記憶を探ったが、情報としてはあまりに少なかった。何故なら、ほとんど一方的に話していたので、こちらはむこうのことをまるで知らなかったのである。
しまったなぁ……。その事実を今更後悔した莉子は、自分が知っているわずかな情報を話した。
「レベルが611で、名前は黒騎士さんっていうの」
「黒騎士?」
自分のことではないが、どうだ、という調子で莉子は言う。
「というか611って……そのゲーム、レベルはどこまで上がるの?」
「999だけど」
真紀は、途端に苦い表情になった。
「ねえ莉子。その人ってヤバくない?」
「うん。ヤバいくらいレベル高いね!」
「いや、そうじゃなくって。ネットですごくレベル高い人って、現実の世界では駄目な人が多いって聞いたよ。611ってことは、相当やりこんでるってことじゃない」
それを聞いて、莉子は黙ってしまった。
「あまり、のめり込んじゃ駄目だよ」
莉子の眼には、黒騎士は仲良くなった友達の感覚だったので、悪く言われるのは気分を害したが、実のところ自分も真紀が言っていたことを小耳に挟んだことがあるので、悔しながら言い返すことはできなかった。
黒騎士さんって、どんな人なんだろう。
莉子は今度会ったときに訊こうと決めた