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手記~大人達への復讐~

作者: 夕月 星夜

「大人」と「子供」、何が違うの?


どっちも同じ、「人間」なのに。

夏がきた。うだるような暑さの、いつもと同じ夏がきた。

中学二年、去年と変わらぬ夏がきた。


「暑い……」


唸るように呟き、菜々子は机に突っ伏す。

換気の悪い教室は、窓もドアも全開にしたところでそよとも風が通らない。

こもった熱にジッとしててもじわりと滲む汗。直射日光がないだけマシだと言われても頷けない。


「なぁ……先生達、ズルくね?」


隣の辰起はだらしなくシャツを着崩して、下敷きで顔をあおいでいる。


「職員室にはクーラーあるもんね」


「くっそぉ……俺達にはこんなつまんねー本押し付けて、自分はさっさと職員室に行くとか、ずりー」


教室には先生の姿がなく、そのかわり黒板にでかでかと課題図書を読むという課題が書かれている。

好きなのを選べと教卓に積まれているのは、分厚くて高い課題図書。


もっともクラスメートの大部分が読む気などない。こうして菜々子達のように暑さにうだりながらダラダラと時間が経つのを待っているだけだ。


何故、と聞かれたら、大方みんな同じ事を返す。


「つまらないから読みたくない」


本当、どうして課題図書というのはこんなにつまらない本ばかりなのだろう。


薄っぺらい正義感やら涙物の浅い友情、押し付けがましい道徳観。


くだらない、と菜々子は思う。


道徳観を言うならば説明をしろ。正義感があるなら貫け。簡単に壊れて直る関係を真の友情などと言うな。

くだらない、くだらない。

どうしてこんなにくだらないのかと言えば、単純な理由だ。


書いているのが、大人だから。子供にこうあれと言う「大人」だから。

大人の押し付けにすぎない理想的な本を課題図書と押し付けられてどうして読む気になるだろう。


流血はダメ、男女の肉体的な話もダメ、本質を偽るそんな話のどこに共感しろと言うのだ。


課題図書は子供をバカにしているというのが菜々子の持論だ。

だから読む気にならない。読みたくもない。


「……でも、一番腹が立つのは、これだよね……」


ボソッと呟き、菜々子は机から原稿用紙を取り出す。


課題図書を読んだ読書感想文。一度くらい誰もが経験しただろう、あの夏休みの宿題の定番。

くだらない本を読んだ感想を書かせ、内容にいちゃもんをつけた感想は省き、肯定する感想を良しとする。


本当にバカじゃないか。ただのバカだ。イライラする。


再び机に突っ伏す。


別に本を読むという主旨自体に文句はない。むしろ本を読め、みんな読め、と思う。


ただイラつくのは、興味のない本を無理矢理読ませ、さらに感想にいちゃもんをつけるその「大人」のやり口だ。


感想なんて人それぞれで、その本が面白いかつまらないかはその人が決める事。それに何故他人が口を出すのだ。


「大人」だから?


それこそふざけるな、だ。


子供子供と言われる年齢であれ、自分の考え方はある。子供だからと言い訳に何もかも従わせようとする、その態度が気にくわない。


子供はなんでも言うことを聞く、ロボットじゃない。あんたたちと同じ人間だ。


どうして「大人」は理解しようとしない?


こんな考えをするなんて、子供らしくない。よくそう言われる菜々子。


菜々子からすればそう言う「大人」の方が訳がわからない。


子供らしくない、なんだそれ。


子供という枠に何もかも当てはめるな。


生意気だと言われる。可愛くないと言われる。そして子供らしくないと。



――だからどうした。



これが私だ。清水菜々子だ。他の誰でもない、私自身だ。


大人大人と威張るならば、あんたたちが子供と言う存在にちゃんと説明してみろ。口先で丸めこむのでも、大人という年齢でねじ伏せるのでもなく、一人の対等な人間にたいして理路整然と納得させてみろ。


それも出来ないで「大人」という立場だけで押し付けてくる、その態度が大嫌いだ。


けれど、菜々子一人が叫んだところで何もかも変わらない現実がある。


菜々子は考える。


一人の力では足りない。

社会を動かすなんて持っての他、学校も動かせない。


……一人なら。



だったら、一人じゃなければいい。


「……ナーナ、なんか面白い事を考えてないか?」


辰起がいち早く菜々子の様子に気づく。菜々子は顔だけを向けて微かに笑う。


「読書感想文という大人からの押し付けがましいくだらないものをなくす方法を考えてたんだよ」

「ふぅん? で、手はあるのか?」

「成功するかはわからないけど、ね」


いつしか話が聞こえた生徒が菜々子を見ていた。読書感想文をくだらないと思うのは菜々子だけではない。


「みんなの協力があれば、なんとかなるかもしれないよ」


にやりと笑ったのは子供達――否、「子供」という枠に閉じ込められて精神の自由を奪われた人間達。


いま、「大人」への復讐が始まろうとしていた。






誰でも一度は「子供らしくない」と言われたり、言っている大人を見たことがあるのではないでしょうか?


それに反発する子供も当然いるだろうし、表面に出なくても心の中では不快に感じているのかもしれない。


そんな反抗心を持った子供がどう考えているのか、それを表現してみたかった作品です。


この話のきっかけは「読書感想文の代行」なる存在を知った事でした。


大人の押し付けた本を、馬鹿馬鹿しいと考えている人が―子供も大人でも―いるから成り立つビジネスと思えば、教育で本当に考えなければいけないのはなんだろう?


はたしてそんな「読書感想文」に何の意味があるのだろう?


そのもやもやした感情を上手く表現できたかな、と思います。


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