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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

終戦 -さとうきび畑- (2)

作者: 江角 稚

ボク達は、目の前で彼等日本軍が殺されたのがショックだった。

ショック、と言うことに気付いたのは後からだったのだが…とにかくそれは、電流のように走り去った。

これが、痛みや哀しみと言う物なのか…と、思った。

ボクには、何かを感じる心も、それが何なのかを考える頭も備わっていた。

そう、ボクは僕となっていたのだ。

それが何故なのか──あの時のボクには分からなかった。


だが、今は分かる。


死してなお生にしがみつく日本兵の魂が、ボクの鋼の体に定着したのだ。ウェンディや浩二達は死の覚悟は出来ていただろう。

しかし弘は、やはり14歳。まだこの世に未練がある、まだまだ生きたい、と言う思いが、ボクの体に入り込んだ。

そして、ボクに思う心を与え、考える頭を与えた。

だからこそ、彼等の死体を見て傷付いたんだ。

そして、自分の死体も。

もしロボットのままのボクだったなら、彼等はまた何時か、生まれ変わると信じていただろうから。

それは、今の僕には想像も付かないことなのだが…


そして、僕となったボクは考えた。

命の尊さ、戦争の意義。いずれ僕が、答えに達するのではないか、と思い続けて。


そして2年もの月日を経て──ようやく僕は、気付いてしまった。

ボクの犯した、罪と過ちに。

ボク達は…米兵を殺した殺人犯だと言うことに。ボクは、人間が使う他の"兵器"と何ら代わりのない物だと言うことに。

日本軍にとってボク達は、ただの道具でしかないと言うことに。


でも。


それでもボクは、憧れる。

ボクが、僕でありたいと言うことに。


いずれ、ボクは僕となるだろう。

例えそれが、いけないことであっても。

例えそれで…ボクが僕でありたいと言う自我に溺れても。

例え自我と言う渦に巻き込まれて、弘としての魂が──弘としての人格が消え去ってしまったとしても。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


日本は、多くの物を犠牲にした。

多くの人を殺し、殺され、そして…残されし人々も傷付いた。

どうしてだろう。

何が間違っていたのだろう。そして──あの時のボクには、何が出来ただろうか。


戦場で泣き叫ぶ、彼等の声。


銃の音。


一面の血、血、血。


血に(まみ)れた世界。


その終わり、その全て。


…思い出しただけで、今でもゾッとしてしまうような記憶。

そして──最後に抱きしめられた、弘の温もり。彼の体温が、出血と共に下がって行くのが感じられた。

彼の死を、嫌が応でも理解させられて。

僕はどうにかなってしまいそうで、そして壊れた。


そして、今は此処に居る。

誰もいない沖縄の、最南端に。

聞こえるのは、風の音。視界に入るは、緑の波。さとうきび畑が、風に揺られて踊っている。その、優しい音に包まれながら、僕は眠ってしまったらしい。

そして、またあの夢を見た。


戦争の夢。


何時だってそうだ。

そして、何もすることのない、何も出来ない僕はただ(たたず)むだけだった。


…だが。

その日は同時に、ボクが僕となったきっかけでもある。

そしてちょうど、終戦と共に弘の人格は──消えた。

せっかく人と同じ頭を、心を手に入れたのに。


僕は1人ぼっちだ。


皆、戦争で死んじゃったから。

皆、壊れちゃったから。そして僕は、最後の生き残り。


で、ロボットとしてのボクと人間もどきとしての僕を別々にカウントするのなら、2人だ。

1個体で、2人。

そう、僕等は2人で1つ。

でも──ボクの方は人間じゃない。

だからやっぱり、僕は1人としてカウントするべきなのかもしれない。


僕はもう、人間でもなければロボットでもない。じゃあ一体、僕は誰なんだ?

僕は何のために、生きている──?


そんな生きる意味もなく、生きる意味も分からずに死んで行く。壊れて行く。

きっと僕は、そんなことのために、世の中に生かされてるんだ。

もし本州に行ける力があるのなら、この戦争の悲惨さを伝えるのに。

僕がボクだった頃、どんなに残忍だったかを伝えられたのに。


ねぇ。

今日も空は青くて。

今日もさとうきび畑は緑色で。

今日も僕は空虚で、虚しくなって。

何も感じないまま、僕は僕として生きている。ボクは、僕だ。

そして同時に、僕はボクでもある。

それがどうしても薙ぎ払えない。

苦しい。逃げたい。消えてしまいたい。

僕の空っぽな心。

哀しみの心。

悩ましい心。


あぁ、苦しいなぁ。

僕はどうして、ボクなんだ?

最初から、人間だったら良かったのに。

そうすれば、こんな思いをせずに済んだのに。

もしかしたら、楽に死ねたかもしれないのに。

ボクはどうして、僕なんだ?

いっそのこと、ロボットのままでいれたら良かったのに。

そうすれば、こんな思いをせずに済んだのに。

もしかしたら、僕と言う存在が生まれなければ…弘の人格がボクを支配して、幸せに生きられたかもしれないのに。


"死は安易なる逃げ場所ではない"

誰かの声がした。


"しかも、お前は死を免れることは出来ない"

…神様の声?


"だが今は、死ぬべき時ではない"

分かってるよ、でも僕は。

ボクはもう、生きていたくはない。


壊れて行く。

何もかも。

電池がヒューズして行く。

あぁ、こうして楽になれるのなら…安らかに眠れるのなら…


その時。

ガサガサと音を立てて、米兵が1人、姿を現した。さとうきび畑を掻き分け、こちらに向かって来る。

久々に見た人間。

やっとこれで、話し相手が出来る。

僕は、孤独から解放されるんだ──。


しかし。


彼の様子がおかしい。

目が必死だ。

どうやら日本が降伏したことを、終戦を知らないらしい。

僕目掛けて、ナイフが振り下ろされる。僕の電子機器の破片が吹き飛んだ。

そして、そのナイフで。

彼は自分の胸も刺した。その両目に、涙を零しながら。


あぁ、彼も苦しんでいたんだ。

母国のために戦い、多くの命を奪い。

そして連絡を閉ざされ、家族からも切り離され、母国にさえ棄てられた。


こんな世界の何処に居たって、終戦なんて来ないんだ。

安らぎなんて、来ないんだ。

戦火を切り抜けて来た、ボク達には。

そして僕と同じように、彼もまた──2年と言う長い間、苦しんでいたんだ。

たった1人きりで。


そして、僕を見付けた。


ボクを壊せば、僕を殺せば全てが終わり。

平和になると考えて。

でも、そんな夢は叶わない。

それを悟ったから、死んだ。

彼は、死を選んだんだ。

それ以外に選択肢はなく、無理矢理に迫られた死を。

心理的に追い込まれた哀しみの果てに。


やっと誰かに出会えたのに…酷いよ、また僕は1人ぼっちだ。

僕は、何時までもボクとしての扱いを受け、そして殺される。

そして何時かは、壊されるんだ。


もう、疲れてしまったよ。


だから。

だから僕は。

ボクは──今日で、眠ることにするよ。


胸のコードを目一杯引きちぎる。

ブチン、と切れて、バツン、と電源が落ちた。

皆さんさよなら、お休みなさい。


ざわざわとさとうきびが揺れる音がする。

まるで、ボクと僕を見送るかのように。

でも──今の僕等の決心は、さとうきび畑のようには揺れ動いたりはしない。


だからボク達はもう1度だけ言った。

まるでその思いを、示すかのように。

皆さんさよなら、お休みなさい、と。


そして──終戦から2年後、戦争用に作られたロボットは殲滅(せんめつ)した。

友達と喋っていたら構想が出来上がってしまいました。

戦争の話とロボットの話…どちらも譲れない。よし、足して2で割ってみよう!!


…そして、出来たのがこの話です。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 本文のようすがですね、 人の心を離れれば離れるほどですね、 空虚になってきてですね、 何もないという虚無感を醸し出していてですね、 つたわってきました。 [一言] 彼らにとっての終戦は…
2012/01/04 13:52 退会済み
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