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石段の上  作者: 野狐
2/3

そのニ




 道路脇にワーゲンを停車させ、二人はそれの前に立っていた。確かに目の前には石段があり、それは修史の見間違いではなかったのだ。それだけ急ではなかったが石段は長く、上へと続いていて、その向こう側を見ることは出来ない。周りを木々に囲まれているせいで少し薄暗い。二人は石段を見上げた。そして二人共に奇妙な感覚を味わっていた。それは恐怖ではなく、重くて不思議な感じだ。言葉に出来ない、見えないものがその空間に充満しているような感覚。きっと屋久島とかに行ったら同じような気持ちになるんだろうな、と修史は思った。

「知ってたか?この石段のこと」修史は言った。

「いや」すぐにトオヤは答える。「知らなかった・・・というよりも、確かにこんな場所にこんなものはなかった」

 トオヤは表情を微塵も変えない。それはトオヤの自信の表れ。修史はそれを見過ごさず、ならばトオヤも自分もやはりこの石段を知らないのだと確信した。

「最近出来たのかな?」

「違うな。古過ぎるだろ、どう見ても」言ってトオヤは身を乗り出して石段をしげしげと見つめる。「でもちゃんと掃除はされているみたいだな。落ち葉もほとんどなくて・・・どうする?上まで上がってみるか?」

 そう言って振り向いたトオヤの涼しい顔に対して修史の表情は曇っていた。

「ここをか?別にいいけど・・・どこに繋がるんだ?一体、これって」

「さぁな、でも気にならないことは、ないよな」

「車は?いいのか?ここに置いといても」

 トオヤは元来た道と、さらに道の先を交互に眺めて言った。「大丈夫だろ、今は車も来ないし」

「・・・そうだな」修史も同じように道を見て答えた。



 十三、十四・・・

 二人は石段を登っていった。前をトオヤが歩いて、その半歩後ろを修史が歩いて上ってゆく。

 三十八、三十九、四十・・・

 長い石段は暗く、古いものだった。木々がその枝葉をアーチ状に伸ばして石段を覆っている。しかし空を見上げると枝葉の隙間から僅かに光が注ぎ込んでいて、修史は目を逸らした。

 五十一、五十二・・・

 半分ぐらい登っただろうか。見上げればまだまだ石段は続く。

 六十四、六十五・・・

 周囲の木は密集していて、その先を見透かせない。まるで生い茂った林の中に、それを裂き割るようにしてこの石段が出来た。そんな風にも見える。どこかで野鳥が鳴いている。見えない何かが低いところをガサガサと音を立てて走り去ってゆく。頭の中ではビートルズの“Run for Your Life”が流れている。自分を取り囲む周りの景色とは不釣合いなその軽快なメロディーは不安な修史の足を石段の上へと持ち上げた。

 九十九、百・・・

 頂上が見えた。もうすぐだ。

 百六、百七、百八・・・

 先を歩いていたトオヤに続いて修史もまた石段を登りきった。石段は数え間違いでないならば全部で百八段あった。その数字は人の煩悩の数と同じなのだが、それは偶然だろうか。修史は思いながら背筋を伸ばして見渡した。

 石段の上の景色、そこはちょっとした広場になっていて、周りを木々が丸く囲んでいた。中央を石畳が一直線に進み、石畳に沿って灯篭が立っている。その他は砂地で白く反射している。そしてその先には小さな社が一つ立っていた。清浄な場所で神聖ささえ感じられる。そこに人の姿や気配は感じられないが、石段同様誰かが手入れをしているらしく、綺麗に掃除がされている。

「古いけど、味がある場所だな」トオヤはポツリとひとりごちた。

 二人は中央の石畳を奥へと歩いていき、社の前まで進んだ。神社というには小さいような気もするが、感じられるひどく霊妙な気配は二人の視線をしばらくの間釘付けにした。目の前に立って社を見上げ、垂れ下がった麻の鈴緒を手に引くと、鈴緒の先の二つの鈴が鈍く鳴り響き、彼らの思いはますます強くなった。

 トオヤはひょいと賽銭箱を越えて社の木組みの格子から中をのぞき込んだ。中は暗くほとんど何も見えない。しかしながら奥に台座が置かれ、その上に何やら文字か記号が書かれた紙が張られているのが見えた。修史は黙ってそれを見ていた。

「何かあったか?」と修史。

 トオヤは首を振っただけで何も言わなかった。トオヤは社の周りを観察しながらまじまじと見やり、修史は彼のことを待つように社から少し離れて見守る。空を見上げると真っ青と真っ白が入り混じっている。少しだけ太陽が傾いてきているようだ。空の高い所を黒い鳥が過ぎ去る。同窓会は十八時からだったかな。場所はどこだった?トオヤが知ってるか。

「おい、修史!」トオヤが声を上げた。見ると社の横を指差している。「こっちに裏に行ける道があるぞ!ちょっと行こうぜ!」

 修史は嫌々ながら手を上げて、苦笑いしながら彼の元へ向かった。修史はトオヤが一度興味を持ち出したら自分でそうするまでは止めない、ということを知っているのだ。ここで断ったとしても無理だろう。無理矢理連れて行こうとするのが彼だ。

 中学二年の夏休みのこと、獅子座流星群がやってくるということでトオヤも修史も期待していたが、生憎彼らの町は曇り空で星を見ることは叶いそうにもなかった。そして修史は諦めていたのだが、トオヤは全く諦めがつかなかったらしく、トオヤは修史を誘って他県まで獅子座流星群見学ツアーを敢行したのだった。もちろん互いの両親には本当のことは言わず、川原でキャンプ、という名目だったが、実際には修史はこれを実行するなどとは思ってもおらず、トオヤが自分を無理矢理にでも引っ張って実行したことに彼は感服した。そのときトオヤはこう言った。

「どうだ?来てよかっただろ?」

 合流した彼らは社の横の道を進んで行く。建物の端から顔を出すと、社の背後は神聖な面構えとは裏腹にひどく邪悪に見えた。修史は身震いした。しかし彼らは道を進んで行った。今度は修史が前を歩く。冷たい風が音もなくゆっくりと漂っていて、それが首筋を通過するたびに修史は襟首を結んだ。

 社の裏には特に何もなくただ林が広がっていて、杉の木がまばらに立っていた。しかしそれのどれもが太く高く、年代を感じさせるものばかりだった。二人は林に少しだけ踏み入った。鼻頭を苔生した青臭い臭いがかすめ、修史は一瞬顔をしかめた。暗い林の中。僅かな日の光は地面にまでは届いてはいないだろうか。湿った落ち葉と土の柔らかい感触。その隙間で暮らす小さな羽虫や小虫たち。冬を待ち、何もかもがただただ静まり返っているかのようだった。

 鳴き止んでいた野鳥がどこかで再び鳴き始めた。

 しかし見渡してもその姿はなかった。

「何もないな」修史はため息混じりに言いながら脇の杉に手をついた。「でもこんな場所があったなんて、驚きだよな。全然知らなかった。後で同窓会の話のネタになるかな、これは・・・でもこれだけだな。何もない」

「いや・・・」トオヤは響くような低い声で答えた。「修史、こっちへこいよ、ゆっくり」

 なんて声で呼ぶんだ?

 修史は振り返って怪訝な目でトオヤを見た。

 するとトオヤの視線が上向いている。自分の方ではなくて、その上を見上げているのだ。不思議に思った修史は、どうした?と思いながらもそれを口には出さず、トオヤの視線をふと辿ってみた。

 そして辿り着いたその先、その光景を見て、修史は驚きのあまり目を見開いた。杉の木から手を離すとゆっくりと後退し、終には尻餅をついてしまった。尻に冷たい感触をじわりと感じたが、修史はその光景から視線を逸らせなかった。

 彼が見たもの、そこには周りのありとあらゆる杉の木の幹に藁人形が貼り付けになっていたのだ。針金で巻きつけられたり五寸釘で打ち付けられ、中にはその胸を鈍く錆びた鎌で貫かれているものさえあった。その数は百や二百どころの騒ぎではなかった。

 千か、それとも一万か・・・見渡す限りの木の幹に藁人形が打ち付けられている。

「なんだって言うんだ・・・これは・・・この藁人形・・・」

 修史は言いながら自分の心臓がどんどん早く脈打つのを感じた。恐ろしさよりも、その光景に圧倒されて、どういう風に感情を持っていったらよいのかが全く分からない。ただただ視線を上下左右させて藁人形の哀れな姿を見ることしか彼には出来ない。

「修史、さぁ立て・・・やばそうだぞ、ここは・・・行こう」

 トオヤは言いながら修史に近づいて手を貸した。修史は手を借りて立ち上がり、トオヤの意見に同意する。そして二人がその場を立ち去ろうとしたまさにその時・・・二人お互いに顔を見合わせて互いの意思を汲み取った。






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