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父の教え

 人目を避けて城壁の一角に立ち、幼い王子はくちびるをかんだ。


 前方を睨みつける瞳はウェーザーでは稀な金色。ふわりと優しい風が包み、解けてしまった金髪を散らして泣き出しそうな顔を隠す。


 よく整った顔には無数のすり傷、切り傷、ひっかき傷。服装は乱れ、仕立ての良いブラウスはかぎ裂き穴で台無しだ。


 王子がいじめられても、誰も助けてくれない。


 王子が傷付けられても、誰も案じてくれない。


 強くなる、と、王子は拳を握りしめた。


 同じ年頃の子供たちが奇異な容姿の王子をからかい、怒った王子は乱暴に彼らに掴みかかる。喧嘩を止めに入った大人たちは、またかと冷たい目で王子を見下ろした。


 忌み子。


 人々は金髪金瞳の王子をそう呼び嫌った。


 沈む日差しが全てを赤く染めていく。王子の金髪も、金瞳も、この瞬間だけは普通のウェーザー人と同じ色になる。少しだけ、気持ちが落ち着いた。


「こんなところにいたのかい」


 風が変わり、頭上から声が降る。力強く、心の闇をかき消す風をまとうのは、父王レオン・ボイド・ウェーザーだ。


 背で束ねた豊かな赤茶色の髪、強い意志を宿した褐色の瞳。正統なウェーザーの王として、精霊たちを従え、人々を治める。


「ぎゃんぎゃん泣く小僧どもが、医務室を占拠していたぞ」


 若い王は白い歯を見せて笑った。そっと手を伸ばし、愛しい我が子の頬に触れる。指先からあふれ出す光が、瞬く間に王子の傷を癒した。


「おまえは泣かないのかい」


「……これくらい、なんともありませんから」


 王子は低い声で答える。


 こんな傷は、痛くはなかった。医務室で泣いている子たちが大袈裟なのだ。


「カインは強いな」


 父王は大きな手で金髪を撫でてやる。温かくて、心地良くて、つい涙がこぼれそうになり、きつく奥歯をかみしめた。


「でもな、カイン」


 父王はじっと王子の瞳の奥を覗き込む。弱い心を知られたくなくて、王子も負けずに見返した。


「喧嘩に強いだけじゃ駄目だ。ひとに優しくできる強さを身に付けなさい」


 王子はむっと口を結んでうつむく。


 誰も、優しくしてくれないのに。


「優しくしてほしいなら、まず自分が優しくするんだよ。おまえをいじめる子たちに優しくしてごらん。その時、おまえの心はそいつらに勝っている」


 王子は少し考え、うなずいた。


 父王も、目じりを下げてうなずく。


「みんな、おまえのことが恐いんだよ。だってそうだろう? おまえの金髪金瞳は、あのトマ海軍の統領の血を濃く継いだからなんだ。おまえのひいじいさんは本当に勇猛な方でな、エリシアを口説くのに俺は、正規軍を動かしたくらいだ。みんな、そのトマの血を恐がっているんだよ。おまえときたら、まるで不敗の海の猛者のように、喧嘩に強くなってしまったからね」


 だから、ひとに優しくしなさい、と父王はもう一度頭を撫でてやった。


「さあ、顔を洗って着替えておいで。おまえが来ないと夕食がはじめられないよ」


 日はとうに暮れ、濃紺の空には星が一つ二つと輝きはじめている。


 行儀良く席についていた弟王子は、兄の姿を見るなり椅子から飛び降り駆け寄った。同じ顔、同じ腕で、兄を抱きしめ泣きじゃくる。


「……なんで、アレンが泣くんだ」


 鼻先に揺れる赤茶色の髪がくすぐったくて、ふんとそっぽ向く。父と同じ、ウェーザー人らしい髪色。


「だって、カインの心が泣いてるから」


 どきりとした。


「泣いてない」


「うん。だから、僕が泣くんだ」


 大好きな兄が、うまく泣けないから。だから代わりに泣いて、心の闇を晴らすのだ。


 金髪の王子は、ちくりと胸が痛むのに気付いた。




  ひとに優しくしなさい




 父王の言葉を思い出す。


 少しだけ緊張しながら、弟の肩を撫でてみた。伝わる温もり。


「……オレのために、泣くな。オレは、平気だから。泣くなよ」


 そう言いながら、自分の頬に涙が伝うのがわかる。人前で泣くのは恥だと思っていたが、今だけはいいかと拭うこともせずに、さらに強く弟を抱きしめて泣いた。

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