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太陽王

 のちに詩人はかく語る。


  かのひと太陽の神のごとく現れ

  長き冬に終わりを告げ

  嘆きの人々に慈愛を与え給うた


 延々と続く回廊を抜けると高い丸天井の色硝子がきらめき、精巧に描かれたシラー神話の壁画に来訪者は目を奪われる。


 しかし彼の神々しいまでの美しさは、逆にシラーの人々を驚かせ釘付けにした。


 儀式用の深紅の軍服に豊かな金髪が映える。優雅にほほ笑むくちびるからこぼれた郎らかな声音は、凍えた人々の心を溶かした。


「どうか、お受け取りください」


 彼の背後には高々と積み上げられた穀物袋、その他にも保存の利く干し肉や栄養価の高い乳製品、薬草など、今シラーが最も欲しているものが用意されている。


 老齢なシラー王はむっと呻いたきり黙り込んでしまった。


 謁見を求めたこの美しい青年は、先日即位したばかりの新ウェーザー王カイン・トマ・ウェーザー。そう、まばゆい黄金色の髪の王はカインと名乗った。


 では、地下牢に投獄されているのは何者だ。


 王族の末席で愛らしい姫が眉をひそめた。


「私はこのとおり若輩ゆえ、今は国内外ともに一つでも敵を減らしたいのです。どうかしばしの……可能であるならば永遠の停戦を」


「……何を企んでいる?」


 昨日までの敵が味方になるなど、とうてい信じられぬ。


 若い王はふとため息をつき、笑みを消した。冷ややかに瞳を細め、敵国の王を見据える。


「捕虜を返していただきたい」


「笑止。たかが捕虜との引き換えにしては荷が大きすぎる。それとも、それほどの貴人か」


 国王自ら出向くのも疑わしい。目の前の男が偽物で、捕らえた方こそ本物ならば、みすみす返すわけにはいかない。長年の恨みを晴らし、一気に攻め込むまたとない好機。


「……ご存知ないかもしれませんが」


 不意にウェーザー王が指を鳴らす。二度三度と鳴らすたびに、空中で何かが爆ぜた。焦げた臭いが充満し、大広間にどよめきが起こる。


「精霊の血を引き、ひとならざる力を持つ私にとって、この城を瞬時に灰に帰すのは造作もないこと」


 大袈裟に腕を振るうと、竜のごとく炎が噴き出しシラー王に襲いかかった。いよいよ場は混乱に陥り、衛兵たちは長槍を構える。


「ですが、私はそのようなことは望みません」


 すんでのところで腕を下ろし、炎の竜を跡形もなく消し去る。なんと華麗な魔術。シラーに対抗できるほどの術者はいない。


 圧倒的な力を見せつけながら、しかし、ウェーザー王は褐色の瞳を伏せ膝を折った。


「先ほども申し上げたとおり、今は一つでも敵を減らしたいのです。それに……返していただきたい捕虜というのは、私の大切な兄弟なのです」


「む……う……」


 平然と明かすのは、申し出を断れないと知っているからか。


 力に屈したわけではない。ただシラーは、今まさに食糧と薬を渇望している。慢性的な食糧不足と流行り病に、国民たちは苦しみ続けているのだ。シラー王はそれを忘れてはいなかった。王座の背もたれに深く身を沈め、ため息をつく。


 先代、先々代よりさらに古くから続く両国の争いが、まさか即位したばかりの若い王の手によって終わりを迎えるとは。そもそも、何が原因だったのかすらもはや思い出せぬ。


「……捕虜を解放しろ」


 黄金の王は満足そうにほほ笑み、従者たちは足元に剣を置いた。何が起きたかようやく理解したシラー兵たちは武器を捨て、抱き合い、感涙にむせぶ。


 衛兵に支えられるようにして両国の王の前に連れ出された青年たちは、一瞬驚いた表情を浮かべ、すぐに膝を折り軍礼をとった。


 やせ衰え、髪は無惨に刈られ、あの美しかった半身が見る影もない。ウェーザー王の瞳に怒りの黒い影が揺らぐ。それを隠し、深々と頭を下げた。


「シラー王よ、感謝します」


 本来ならば宴席を設け両国の絆を深めるべきだが、ウェーザー王は丁重に辞退した。早々に引き上げようとする美しい王の前に、一人の少女が平伏す。


 艶やかな黒髪をきちんとまとめ、黒曜の瞳で見上げる愛らしい少女は、シラーの末姫リリアス・ベル・シラーだ。


「お待ちください、ウェーザーの王様。両国の平和のために、私に何かできることはございませんか」


 流暢なウェーザー語に王は驚き、喜び、リリアス姫の手を取った。


「あなたがリリアス姫か! 想像していたよりずっと美しい。そして聡明だ」


 ウェーザー王は太陽のような笑顔でシラー王を仰いだ。


「お願いがあります。どうか、この美しいリリアス姫を、私の妻に……!」


 それはまさに晴天の霹靂。シラー王も王妃も、大臣も衛兵も、そしてウェーザー王の従者たちさえもが卒倒した。


 明るい話題は瞬く間に城内、そして城外に広まる。


 しかし当のリリアス姫だけは青ざめ、小刻みに震えていた。


 頬に親愛のキスをしたウェーザー王が、人知れずささやいた言葉が耳に残る。


『よくもカインに毒を盛ってくれたね』


 この瞬間、リリアス姫は王の本性と自身の運命を悟った。

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