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話をしよう

 はるか昔、緑豊かな大地に精霊と人間がともに暮らしていた頃、一人の若い騎士と精霊の長が出会い恋に落ちた。騎士は精霊に永遠の愛と忠誠を誓い、精霊は騎士に叡智と加護を授けた。


 やがて二人の血を継ぐ子が誕生し、ひとならざる力で精霊を従え、人々を治めた。ウェーザー王国のはじまりである。


「この精霊と騎士の出会いを再現したのが、花祭りなんだ」


 花祭りは毎年春のはじめに各地で行われるが、とくに王都と西の都と呼ばれるここベリンダは規模が大きく、多くの人々が集まり賑わう。ひとごみに流されるようにして、カインとシルヴァはゆっくりと大通りを進んだ。


「俺が十五の時に、他に適任者がいなくてね。俺が騎士の役を、弟が精霊の役を務めたんだ。弟は本当に綺麗でね、それ以来、男からも恋文が届くようになって困っていたよ」


「……ふうん」


 浮かない顔のシルヴァを笑わせようと、おもしろおかしく言ってみたつもりだが、ため息が一つ増えただけだった。


「そんな顔をするな。たかが悪夢を見せるだけのまじないだろう? 眠らなければ効果はないよ」


「眠らない訓練もしたの?」


 したよ、と得意げに言うと、少しだけ安心したようにシルヴァは笑った。


 日は傾きはじめたというのに汗ばむ陽気は続き、やぐらを組む工夫たちの身体から湯気が立つ。祭壇の前では精霊と騎士を演じる役者が、緊張した面持ちで祭りの進行について説明を受けている。気の早い商人たちは広場の周辺に露店を出し、買い物途中の小間使いや見物客をつかまえては自慢の品を売りつけ、客は珍しいものが手に入ったと喜んだ。


 みな、幸福そうに心浮かれている。


「兄さん、兄さん、のどが渇いていないかね。南方の果実だよ。甘くて美味いよ」


 古いものだが上等な麻の外套を羽織ったカインを、商売上手たちが見逃すはずがない。歩くたびに方々から声がかかった。


「ふむ。二つもらおうか」


 店主は水を張った桶から手のひらより少し大きい果実を掴み取り、短刀で上部を切って差し出した。固い皮で覆われた果実の中は白濁の果汁で満たされ、一口含むと驚くほどの甘さに二人は思わず顔を見合わせる。


「甘い!」


「ん。美味いな」


 それまでの気鬱はどこへやら、シルヴァは夢中で飲み干し、満面の笑みを浮かべた。ならば全て買い占めようか、などとカインは思う。


 しかし、シルヴァの飲みっぷりと笑顔につられた他の客たちが、我も我もと買い求めにきたので、カインは肩をすくめ、シルヴァの手を引き歩き出す。シルヴァは驚き、頬を染めてうつむくが、カインは気付いていない。つないだ手が熱を帯びる。


 たとえば、花や髪飾りを買ってやれば、喜ぶだろうか。芸を仕込んだ小猿や機械仕掛けの踊る人形を見せてやれば、笑うだろうか。年頃の娘は、いったいどんなことに興味があるのだろう。


「ね、カイン様」


「どうした?」


「あ……歩くの、はやい……」


 ぴたりと足を止め、しまったと眉をひそめた。考え事をしていたせいで、ついいつもの調子で歩いていたのだ。シルヴァは深呼吸して息を整える。


「すまんね。どうもひとに合わせて歩くというのに慣れなくて」


「あは、平気。怒ってるのかなって思ったけど」


「……そんなに俺は、怒っているように見えるかね?」


 全くそんなつもりはないのだが。長く一人でいたせいで、笑い方を忘れてしまったのかもしれない。いや、もともと上手くはなかったか。


 カインは頭をかき、ふと目に留まった小さな花のつぼみを摘み取った。そっとくちづけ祝福すると、つぼみはきらきらと輝きながら花開く。不器用にほほ笑み、驚くシルヴァに差し出すと、シルヴァは嬉しそうに受け取り髪に飾った。


「ありがとう、カイン様」


「ん。その、弟はね、よく気が利いて、いつも女たちを楽しそうに笑わせていた。俺も真似できればと思っていたが、どうしても苦手でね」


「私、カイン様といるの楽しいよ」


 花壇の隅に並んで腰を下ろし、行き交う人々をぼんやりと眺める。ただそれだけで胸が高鳴るのは、祭りの陽気のせいではない。強くて美しい黄金の王とこうして話すなど、夢のまた夢のようなことなのだから。


「ね、カイン様。その弟って、カイン様と似てた?」


「ああ、双子だからね。髪と瞳の色は違ったが」


 シルヴァは何か言いたげにもじもじと手指をこねる。どうしたのかと怪訝そうに顔を覗き込むと、恥ずかしそうにうつむいた。


「あのね、笑わないでね。小さな頃から、何度も同じ夢を見ていたの。すごくきれいなひとが光の中で……そのひとがね、カイン様とよく似てて」


「俺と?」


「うん。でね、そのひとが、東に行きなさいって言ったの。だから、もしかしたら会えるのかなって思って、ウェーザーに来たんだ」


 そして訪れた街で、夢の中のひととよく似たカインと出会った。


「あは。偶然だよね」


「ふむ。もしかしたら、アレンだったのかもしれないね」


「……え?」


 シルヴァは驚いて顔を上げた。そう、髪を染め、夕日が映り込んで赤みを帯びた瞳、あの美しい神様とまるで同じ。


「アレン……様……って、あの、け、賢王アレン様……?」


「ああ、そんなふうにも呼ばれるね」


 シルヴァは卒倒しそうになる。学校に行っていないシルヴァでさえ知っている、歴代ウェーザー王の中でも最も有名な賢君。まさか、その兄君だったとは。


 シルヴァの顔からみるみるうちに血の気が引いていく。これまでの無礼を思い起こすと、震えが止まらなかった。


「な、なんで、賢王様が、私の夢に……?」


 ざわりと風が騒ぐ。


「……おまえが、運命の乙女だから」


 時が止まったような気がした。つぶやいたカインが、驚いている。それは意志に反した言葉、決して言うまいと思っていた真実。なぜ、言ってしまったのか。


 大きな碧色の瞳が問いつめる。


「それ、あの子も言ってた……王妃様の邪魔になる、とか……ね、カイン様、どういうこと?」


 しかしカインは目をそらし、答えない。シルヴァは不敬罪を覚悟の上で、カインの腕にしがみついた。


「お願い、カイン様。教えて」


「あまり知ってしまうと、不幸になるよ」


「でも、私、理由もわからずに襲われるのはいやだよ」


 逃れられない。うまく話せるだろうか。


「……少し早いが、飯でも食いにいくか。落ち着いて話をしよう」


 とても食事などという気分ではなかったが、シルヴァは小さくうなずいた。


 大通りに並ぶ洒落た店を通り過ぎ、カインは裏路地の小さな食堂を覗く。ちょうど仕事を終えた市民が立ち寄る時間で店内は混雑し、二人がそっと紛れ込んだところで目立ちはしない。隅の席に座り、給仕係の娘が気付くのを静かに待った。


「こういう店の方が美味いんだよ」


 つくづく王族らしくないなと、シルヴァは苦笑する。高級な店に連れていかれるよりは気楽でいいが、それがカインの気遣いかどうかまではわからなかった。


「あら、ご注文はまだだったかしら。ごめんなさいね。何にしましょう?」


 空いた皿を山積みにして持ち、テーブルの横を通り過ぎようとした給仕係の娘が振り返る。


「ん。俺はあんず酒と何かつまめるものを」


「えっと、じゃあ、煮込み肉を……」


「それだけでいいのかい?」


「うん」


 今は食欲よりも、心配ごとを解決する方が先だ。早く話を聞きたくて仕方ない。


 事情を知らない給仕係は、愛想よく笑って厨房に下がっていった。その顔がほんのり赤かったのを、シルヴァは目敏く見逃さない。他にも、店内の女性客は老弱を問わずカインに見惚れている。うっかりシルヴァと目が合うと、あわてて視線をそらすか、うらやましそうに睨みつけるかだった。


「さて、何から話そうかね」


 カインは頬杖をつき、とんとんと指先でテーブルを叩きながら言葉を選ぶ。シルヴァはきゅっとくちびるを結んで、それを見つめた。


「……俺はこのとおりの髪と瞳の色だから、アレンが一緒に産まれてくれなければ、不義の子の疑いで母親とともに斬られていたかもしれないんだ。だから俺は、強くなって、今度は俺がアレンを守ろうと思っていたんだが、あいつは頭が良くて、ひととの付き合いがうまくて、おまけに未来を見る力にも長けていたから、結局いつも俺が助けられていた」


 遠い遠い過去に想いを馳せ、心なしか優しい顔つきになる。


「あの日も……アレンの結婚式の日も、あいつは何も言わずに全てを一人で背負おうとしていた。だけど、あいつはウェーザーには不可欠だから……俺が全てを引き受けることにしたんだよ。怒りだとか、憎しみだとか、そういうのを、全部。それで、みんなが幸せになればいいと思ったんだ」


 浮かんでは消える記憶の断片。つなぎ合わせるには言葉がたりない。シルヴァの知りたいことは、まだ見えてこなかった。


「結婚式の日に、何があったの?」


「……地震が……かつてないほどの大地震が王都を襲ったんだ。一瞬にして、廃墟と化して……幸せになるはずだったのに」


 絶望する人々を奮い立たせるためにできることは。考え、出した答えが、精霊と契約して人々のために生きるということだった。


「お待たせしました」


 話を遮るように給仕係が二人の間に割り入り、料理を並べる。カインの前には注文した酒と軽いつまみの他に、果物の盛り合わせが置かれた。カインが怪訝そうに首をかしげると、熱い視線で返し、意味ありげにほほ笑む。


「いいね、カイン様」


「ん? 食っていいぞ。それとも、もっと頼むかい?」


「や、そうじゃなくて」


 きっと、給仕係の胸の内など理解していないのだろうなと思うと、なんとももったいない気がした。


 シルヴァはもそもそと肉をほお張る。なるほど、たしかにカインの言うとおり、庶民的な味付けで食べやすい。


 カインも甘いあんず酒で喉を潤し、ひと心地ついた。


「……本当はね、精霊たちの祝福を受けたのは、アレンなんだ」


 話を続けながら、おもむろにシャツの胸元から細い銀の鎖を引き出した。身だしなみに無頓着なカインが、首飾りなど付けていたとは意外だ。よく見ると、鎖の先端には女性用の小さな指輪が通されている。カインの左手の薬指のものと揃いか。


「精霊たちはアレンに永遠の王になるよう望んだけれど、俺はそれを横取りしたんだ。あんな廃墟のために生きることはない、と思ってね。この指輪は、誓いの証なんだ」


 国王の結婚式を妨害し、国宝を持ち去ったカインはその後、議会から追われることになる。人々は地震の原因は不吉の王のせいだと噂し、怒り、憎しみ、忌み嫌った。


 賢王の時代から五百年、人々の幸せを祈りながら厭われる孤独とはいかばかりか。シルヴァは想像してみるが、うまくいかなかった。


「アナベルはね、この契約の指輪をほしがっているんだよ。これをつけると、不死になれると思っているらしい。それでスークを、あのまじない師を送り込んできたところに、ちょうどおまえがいてね、巻き込んでしまった」


 すまんね、と謝り、グラスを傾ける。


 カインの生い立ちと不死の身となった理由は、なんとなくわかった。


「それで、どうして私が王妃様の邪魔になるの?」


「……」


 カインは再び指先でテーブルを小突く。何か言いかけるたびに、ため息に変わった。シルヴァの瞳が先を促す。


「ウェーザーの……古い伝え唄に、その、運命の乙女が、世界を救うとあってね……う、運命の乙女というのが、黒髪碧眼だと言われていて……珍しいだろう? だから、おまえがそうじゃないかと……」


「私が、世界を?」


「あ、ああ……だからスークは、アナベルがわがままを言えなくなるから、おまえのことを邪魔だと……」


 なんと下手な嘘だろう。だが、純粋なシルヴァは目を丸くして驚いている。


「ほ、ほら、知らない方がよかっただろう?」


「……」


 ただの旅芸人には重すぎる運命。シルヴァは混乱し、言葉さえ出ない。


 カインはふと息をついた。騙すのは心苦しいが、これで離れることができる。


「今の話は忘れて、仲間のところへ帰るんだ。アナベル達には、よく言い聞かせておくから」


 さすがのシルヴァも、うなずくしかなかった。仲間のところへ帰り、また芸を売って生きる、きっとそれが相応なのだ。


「あは。はじめから、カイン様の言うとおりにすればよかった」


 泣きそうな笑顔、本当に正しいことをしたのかと心が揺らぐ。


「ね、カイン様。これ食べていい?」


「ん、ああ。たりなければ、もっと頼めばいいよ」


 シルヴァはわざとらしいほど元気よく、果物の皿に手を伸ばす。甘酸っぱい香りが周囲に広がった。


「ね、カイン様。王妃様って、どんなひと?」


「そうだな、年はおまえと同じくらいかね。下級貴族の娘で、美人だということ以外とくにないよ」


 若くて美しい王妃が、永遠の美のために不死を求めるだろうか。たかがその程度のことで、ひとを呪うなど恐ろしいことを。それよりも、女性が指輪を欲しがる理由とは。


「他に何があるんだ」


 シルヴァはじっとカインの美しい顔を見つめた。


 ああ、そうだ。このひとは、自分がどれほど女性を虜にするか気付いていないのだ。


 少年のような容姿ではあるが、シルヴァの女の勘は概ね当たっていた。


「あら、きれいなお兄さん、お口に合わなかったかしら?」


 給仕係の娘は、いつまでも片付かない皿をテーブルの端に寄せ、新しい皿を置いた。焼きたてのパイが香ばしい湯気を立てる。


「ん、ああ。酒が美味くて」


「お兄さんのために焼いたんだけど、食べてくれるかしら?」


「いいね。いただくよ」


 胡桃と干し葡萄をたっぷりと盛り、飴で固めたパイ。好物だ。


「可愛い坊やも食べてね」


「ありがとう」


 シルヴァはにっこり笑って、切り分けられたパイをかじった。そして給仕係が厨房に下がると、ぷんと頬をふくらませた。


「坊やだって。失礼だよね」


「仕方ないだろう」


「髪、伸ばそうかな」


「髪の長さだけでは……」


 その視線の先は、貧相な胸元。シルヴァは顔を真っ赤にして両手で隠した。


「しっかり食わんからだよ」


 意地悪く笑い、最後に残っていた飾りりんごをほお張る。


「あっ! とっておいたうさぎ、食べた!」


「おい」


 シルヴァははっとして口を押さえた。


 店内がざわりとどよめく。彼らはまさか、まさかとささやきながら身構えた。


 今さら外套のフードをかぶったところで、余計に怪しい。カインは伏せ目がちに財布を取り出し、代金をテーブルに置いて立ち上がった。あわててシルヴァは後を追う。


「カイン様、ごめんなさい」


「いいさ。だが、こうして妙な噂が広まるとわかったよ」


 外はすでにうす暗く、星が一つ二つと輝きはじめていた。


 屋敷に戻ると、先ほどまでとはうって変わってカノンが機嫌よく二人を出迎える。


 中庭を抜け、母屋の灯りも届かないほど離れた古い建物の前で振り返り、カインに燭台を渡した。


「どうぞ。奥の控室を使えるようにしました。飲み物や軽い食事なら貯蔵庫をご自由に。では、朝までごゆっくり」


 重い音を立てて扉が閉まり、がたんとかんぬきがかけられた。


「ん?」


「ああ、そうそう。窓には魔除けを施してありますから、絶対に開けてはいけませんよ」


 そう言い残して高い靴音は去っていった。周辺に警備兵が配置されている様子もない。その方が、いざという時にシルヴァを守ることだけに専念できていい。


 本堂を抜け、奥の控え室の扉を開けて、カインは頭を抱えた。


「あいつ、何を考えてるんだ……!」


 部屋の中央に置かれたベッドは一つ。シーツには惜しみなく薔薇の花びらが振りまかれ、何よりまずいことに、あのシルヴァのベールと同じ香りが充満していた。


「あ、あは。お茶、淹れるね」


 察したのか、シルヴァの笑顔が引きつり、動きがぎこちない。


 試しに窓を叩き割ろうとしたが、魔除けで強化されているらしく、ひび一つ入らなかった。


「まいったね」


 カインは燭台をベッドの脇の棚に置き、外套を脱ぎ捨ててソファーに身を投げ出す。なるべく全身の力を抜いて、何も考えないようにした。


 いつまで理性がもつだろう。


 瞳を閉じ、ゆっくりと息を吐く。甘い香りに頭の奥がしびれ、次第に昂る気持ちに支配されそうだ。


「はい、カイン様。どうぞ」


 カップを差し出すシルヴァの手が震えている。


「飲んで」


 カインは受け取り一気に飲み干した。


「苦い」


「ご、ごめんなさい」


「ちゃんと効くんだろうね?」


「あ……は……」


 シルヴァはゆっくり後ずさる。


 茶の中に混ぜられたのは、おそらく媚薬の効果を消す薬。カインはふんと鼻を鳴らした。それほど信用がないのか。


 少し、意地悪な気分になる。


「シルヴァ」


「え?」


 立ち上がったカインの姿が瞬時にして消えた。


 あわてるシルヴァの背後から、そっと腕が伸びる。


「い、いや! カイン様、ごめんなさい! 私……!」


「……ウェーザーの十二の精霊とシラー神に誓う」


 くちびるが、耳に触れた。


 抗わなければと思うのに、力が入らない。低い声、温かい腕、心地よい、とさえ感じる。


「やめ……」


「俺は、おまえの嫌がることは、絶対にしない。誓うよ」


「……」


 抱きしめる腕が緩み、シルヴァはおずおずと振り返った。


 美しい顔は、まるでいたずら好きの少年のように笑っている。


「俺は、五百年も生きたじじいだよ。今さらそんな気も起こらないね」


「あ、あは……」


 力の抜けたシルヴァは、その場にへなへなと座り込んだ。


「弟の妻、リリアス・ベル・シラーが敬虔なシラー神信徒でね。手の早い弟が、式が済むまでキスもさせてもらえなかったと嘆いていた。おまえも、シラー神を信じているんだろう?」


 男物の服を好んで着るのは、身を守るためか。そんな気遣いは不要な気もするが。カインは笑いがこみ上げるのを懸命に堪えた。


 乱暴にシーツを引きはがし、花びらを払う。もう一度敷き直して、自分はソファーに戻った。


「何もしないから、安心しておやすみ」


 こんな夜はさっさと眠ってしまいたかったが、あの憎らしいまじない師のせいでそうもいかない。カノンも余計なことをしてくれた。


 ますます自身の運のなさを呪う。


「ね、カイン様」


 カインの葛藤など知らず、シルヴァはまるで猫のように膝に乗る。


「おい、こら」


「あの、私……」


 熱を帯び、ますます輝く碧眼に見つめられ、カインは息を飲んだ。


「私、いやじゃないから……ね?」


「……冗談じゃない」


 神罰など怖くもないが。


「俺にだって、選ぶ権利はある」


 ひどい、と目をつり上げるその前で、ぱちんと指を鳴らした。


「や、また……」


 抵抗する暇もないまま、シルヴァは安らかな寝息をたてはじめる。愛しい寝顔を見つめて小さくため息をつき、ベッドに寝かせてやった。

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