好きな子とバンドを組んだけど、彼女はイケメンのベーシストばかり見ている
僕は今体育館の舞台の袖にいる。今日は学園祭であり、僕たちのバンドは10分後に舞台で演奏をすることになっているのだ。
しかし、この場には4人のバンドメンバーのうち、ギターである僕と、ドラムの女子イワタさんしかいない。残りのふたりはどこにいるかもわからない状況である。
「やばいな、あと10分で始まるってのに、あいつらどこに行ったんだ」と僕は吐き捨てる。
「ねえカサオ」とドラム担当のイワタさんが僕に言う。「ふたりを探しに行ってくれない?」
いつも冷静な彼女だが、眼鏡の奥の目には不安の色が浮かんでいる。
「けど、どこにいるのかわからない」
「どうせ教室か音楽室かその辺でしょ。もし間に合わなかったら、私がひとりでドラムをたたいて時間稼ぎしておくから」
「わかった。じゃあ行ってくる」
僕はその場にギターを置き、体育館を飛び出して廊下を走った。
各教室でお化け屋敷や迷路などの出し物をしていて、生徒たちがうろついているから走りにくい。
生徒たちの中にバンドのメンバーの顔を探しながら僕は教室へ向かった。
平凡で地味な僕がバンドを組んだのにはそれなりのわけがあったんだ。
×××
学園祭の3か月前のある日。
休み時間、教室の自分の席で特にやることもなくてぼーっとしていたら、前の席の金髪の男が振り返って、いきなりこう言った。
「おいカサオ、一緒にバンドやろうぜ」と。
「へ?」と僕は頓狂な声を上げた。「なんだいきなり、藪から棒だな」
「だってお前、ギター持ってるだろ」
「一応持っていることは持ってるけど、買ったきりでほとんど弾いてないぜ」
半年ほど前にハイスタンダードの横山健にあこがれ、赤いレスポールというギターを親にせがんで買ってもらった。中古で1万円ぐらいのやつだ。
最初のうちは頑張って練習していたのだが、Fのコードが弾けなくて挫折し、今では完全に僕の部屋のオブジェと化している。
「昨日物置でおやじが昔使ってたベースを発見したんだ。それをちょっと弾いてみたら案外できそうだったから、バンドを組もうと思ってな。学園祭でライブするんだ」
「いや、僕はやめとくよ。Fのコードが弾けないし、それにライブなんてやる柄じゃない」
「なんだよ、のりわりいな」
するとバックギャモンの隣の席の女子、小浦コカがその話に食いついてきた。
「ねえバックギャモン、バンドやるの?」
「おうよ、学園祭でライブやって、メジャーデビューして、武道館ライブやって、あとはワールドツアーをやって、グラミー賞をとる予定だ」
「あたしも入れてよ」とコカは言った。
なに? と僕は思った。実は僕はコカちゃんにずっと前から片思いしているのだ。彼女は髪が長くて小柄で目がパッチリでとてもかわいい美少女である。そのコカちゃんがバックギャモンのバンドに加入しようとしている。
「お前何か楽器できるのかよ?」とバックギャモンが尋ねる。
「できないけど、歌なら得意だよ」
「・・・っていうことはボーカルか。よし、いいだろう。お前を我がバックギャモンズのボーカルとして認めよう」
「わーい、あたし頑張るね。それで、どんな曲をやるの?」
「それはまだメンバーが決まってねえからなんとも言えないが、俺としてはロックな感じの激しいやつがやりたいわな」
「あたし、あいみょんが歌いたいな」
「あとはドラムとギターか。誰かいねえかな?」
コカちゃんがバックギャモンのバンドへの加入が決まった。さっきはバンドに入ることをことわった僕だが、憧れのコカちゃんがいるとなれば話は別である。
「あ、あのさあバックギャモン」と僕は言った。
「なんだカサオ」
「その、さっきのバンドの話だけど・・・僕もやっぱり入ろうかなって・・・」
「なんだお前、Fのコードが弾けないからバンドには入らないんじゃなかったのか? 柄じゃないとか言ってたくせに」
「なんていうか、人間、そう簡単に物事を諦めちゃいけないって思うんだ。できないことに取り組んでそれを達成した時の充実感ってひとしおだろ」
「そうか、じゃあお前がギターをやってくれ。残すはあとドラムだけだな」
僕は心の中でガッツポーズをとった。今まではコカちゃんと話すことがあまりできなかったが、一緒にバンドを組めば自然に会話をするチャンスも増えるだろう。
「ねえ、私、家にドラムセットがあるわよ」と僕の隣の席のイワタさんが言った。
彼女はクラス委員でまじめでバンドとかにはあまり興味を持ってないと思っていたのだが、意外にもそうではなかったようだ。おさげ髪で眼鏡をかけていて、年齢の割には巨大な乳房を所有している女子だ。物静かで大体いつも読書をしている。好きな作家は安部公房と村上春樹らしい。
「イワタさん、ドラム叩けるの?」と僕は尋ねた。
「ちょっとだけね。お兄ちゃんが練習用のドラムセットを買って家に置いてあるから、私もたまに叩いてるの」
「へえ、意外だなあ。音楽になんて興味ないと思ってたよ」
「よし、お前を我がバックギャモンズのメンバーとして認めてやろう」とバックギャモンが言った。
こうして、あっという間にバンドメンバーの4人が集まったのだ。
バックギャモンがベースで僕がギター。そしてボーカルがコカちゃんで、ドラムがイワタさんである。
やる曲はイワタさんのリクエストでムカデというミクスチャーバンドの曲になった。マキシマムザホルモンみたいな感じの激しいバンドだ。そのバンドの曲を3曲やる。
僕たちは3か月後の学園祭でのライブを目指して練習を開始した。
×××
家に帰った僕はさっそくギターの練習をする。しかし、やっぱりうまく弾けない。Fのコードを押さえるためには、人差し指で6本の弦全部を押さえるという離れ業をやらなくてはいけないのだ。1時間ほど練習したが手がつりそうになっただけで、全然上達しなかった。
このままではやばいぞ。コカちゃんにかっこいいところを見せなくてはいけないのに、こんな状態では全然だめだ。
僕は学校でイワタさんが言っていたことを思い出した。彼女のお兄ちゃんはバンドをやっていて、ギターが弾けるそうなのだ。
藁にもすがる気持ちでイワタさんに連絡をした。彼女のお兄ちゃんにギターを教えてもらうためである。
『イワタさん、ちょっとお願いがあるんだけど』
『なに? カサオがラインしてくるなんて珍しいね』
『実はイワタさんのお兄ちゃんにギターを教えてもらいたいんだ』
『ちょっと待ってて、聞いてみる』
『よろしくお願いします』
『お兄ちゃんに聞いてみたらOKだって』
『ありがとう、助かるよ』
次の日曜日に僕はイワタさんの家を訪れた。彼女のお兄ちゃんは赤い髪で長身でやせていて、結構イケメンだった。真面目なイワタさんのお兄ちゃんだから、もっと違う感じをイメージしていた僕は少々面食らった。
しかし性格は気さくで優しい人だった。丁寧にギターの弾き方を教えてくれた。
「パワーコードっていう弾き方があってだな、それを使えばFとかだって簡単に弾けるんだ」
「なある、そういう裏技があるんだね」
僕がお兄ちゃんからギターを教えてもらっている間、その横でイワタさんは本を読んでいた。安部公房のカンガルー・ノートだ。私服姿の彼女を見るのは初めてだったが、新鮮でなかなか良かった。
×××
第1回目のバンド練習の日がやってきた。
放課後の音楽室に僕たちは楽器を準備する。家で音源に合わせて弾く分にはそこそこできるようになったと自負している。イワタさんのお兄ちゃんのおかげだ。
「さて、これよりザ・バックギャモンズの記念すべき第一回目の練習を行う」
バックギャモンがもったいぶった感じでそういうと、コカちゃんがぱちぱちと拍手をした。
ドラムセットに座るイワタさんがくいっと眼鏡を押し上げる。
僕は緊張していた。コカちゃんにかっこいいところを見せなくてはいけないのだ。
「じゃあ1曲目からやっていくか」
カッカッカッカ、とイワタさんがスティックでカウントをとり、ドラムとギターとベースが一斉にイントロを鳴らす。無我夢中で弾いた。音源に合わせてやるよりもずっと難しい。気を抜くと他の楽器とリズムがずれてしまう。
イントロが終わり、Aメロに入る。マイクを持った美少女コカちゃんが歌いだす。
え? と思った。コカちゃんの歌が原曲と全然違うのだ。やる曲を間違えているのかと思うほどだ。が、どうやら曲を間違えているのではないらしい。彼女は驚くほど音痴だったのだ。
ドラムは、下手だった。ドカドカと安定しないリズム。ベースも下手だ。バックギャモンはかっこつけて体をくねらせ、ミュージシャンになりきってベースを弾いているが、ほかの楽器と全然リズムがあってない。自分のペースで突っ走っている。
そんなことを言っている僕自身も下手だ。頭の中が真っ白になり、自分が何をやっているのかわからなくなる。とにかくめちゃくちゃに弦をかき鳴らした。
音楽ではなかった。騒音と言うか、カオスだった。
想像とは全然違った。これが現実なのだ。
それでも一応最後までやりきった。途中で演奏をやめたかったけど、ほかのメンバーが誰もやめないから、仕方なく僕も最後まで弾いた。
演奏が終わると、全員無言になった。僕はバックギャモンの方を見た。彼は眉間にしわを寄せて難しい顔をしていたが、ふうとため息をついて言った。
「最初にしてはなかなかいいんじゃねえか?」と。
僕は驚いた。今の演奏のどこがいいんだ? めちゃくちゃだったじゃないか。
「緊張しすぎてちょっと歌詞間違えちゃった」とコカちゃんが舌を出す。
いや、歌詞を間違えるどころか全然別の曲を歌ってるのかと思うほど音痴だったぞと僕は思ったが、もちろんそんなことはおくびにも出さなかった。
「みんなで演奏するのって思ってたより難しいわね」とイワタさんが言う。
「もう一回やってみないか?」と僕は言った。
「そうだな、もう一回やってみよう」
もう一回やってもやっぱりめちゃくちゃだったが、僕以外の3人は結構満足している様子だった。もしかして僕の感覚がおかしいのか?
3回目の演奏が終わったとき、突然背後から爆笑が起こった。声のしたほうを見ると、いつの間にか音楽室の入り口に3人の男女がいて、腹を抱えて笑っているのだ。彼らはこの学校の軽音楽部の奴らだ。
「お前ら何がおかしいんだ」とバックギャモンが怒鳴る。
「だって、演奏がめちゃくちゃじゃねえか。騒音を通り越してカオスだぞ」と軽音楽部の部長であるクサムラという小柄な男が言った。「とくにボーカルがひどいな。ひとりだけ別の歌をうたってるのかと思ったぐらいだ」
僕の感覚は間違ってなかったんだなと僕は思った。
コカちゃんはクサムラの言葉に相当なショックを受けたらしく、その場で泣き出してしまった。
「てめえ、そこまで言うなら勝負だ!」とバックギャモンがクサムラに指を突き付ける。
「勝負? 暴力をふるうつもりか?」
「ちげえよ、ライブでどっちがいい演奏ができるかの勝負をするんだ。3か月後の学園祭にお前らも出るんだろ?」
「はっはっは、お前らとなんか勝負にならねえよ。けどまあいいや、その勝負にのってやる。負けた方は土下座するってえのはどうだ?」
「いいだろう。お前らにほえづらかかせてやるぜ」
×××
それから3か月間、僕らは頑張って練習した。最初はめちゃくちゃだった演奏もじょじょにまともなものになっていった。しかしそれでもクサムラ達軽音楽部には到底かなわないレベルだ。僕たちは楽器をやりだしたばかりの素人の集まりなのに対して、軽音部のやつらは以前からずっと音楽をやっていたやつらなのだ。
×××
とうとう学園祭の当日がやってきた。本番の前にリハーサルをやるのだが、ここで思わぬアクシデントが発生した。
ボーカルのコカちゃんの声が出ないのだ。前日に風邪をひいてしまい、高音が全くでなくなってしまった。
そのことに動揺してほかのメンバーも集中できず、リハーサルはさんざんな演奏になった。まるで最初の練習のときみたいなめちゃくちゃ状態だ。
その演奏を見ていた軽音部のクサムラが僕たちに近づいてきた。
「お前らこの三か月何してたんだよ。ぜんぜん成長してねえじゃねえか。これはもう俺たちの勝ち確定だな」
クサムラの横にいるやつらもにやにやと笑っている。
「てめえクサムラ! たかがリハーサルぐらいで勝った気になってるんじゃねえ! 本番では絶対にお前らよりいい演奏をしてやるからな」
「むりむりむり。まあ、お前らの土下座、楽しみにしてるからな。はっはっは」と彼らは去っていった。
「原辰徳だぜ、あのクサムラの野郎!」とこぶしを握り締めるバックギャモン。
「ごめんみんな。私が風邪なんて引くから」とコカちゃんが涙を流す。
「バカ、泣くんじゃねえ。お前は何も悪くねえよ」とバックギャモンがコカちゃんの頭をポンポンして慰める。
「でも、でも・・・」
「ほら、鼻水出てるじゃねか。不細工な顔しやがって」
バックギャモンがハンカチでコカちゃんの涙と鼻水を拭いてやる。
はたから見るとまるで恋人同士みたいなやり取りだ。
この三か月間、僕はコカちゃんと仲良くなろうとしていたが、コカちゃんと距離が近づいたのは僕ではなくてバックギャモンの方だった。
彼は金髪でヤンキーみたいだが顔は整っているし、意外に優しいところもあるのだ。しかもバンド活動をするうえでリーダーシップも発揮していた。それに引き換え僕は特にいいところも見せられず、彼女との距離はバンドを始める前と何ら変化していない。
一体僕は何のためにバンドに入ったんだ?
「とにかく本番頑張りましょう」とイワタさんが言った。
リハーサルが終わってライブの本番が始まる。体育館に学生たちが続々と集まってきた。トップバッターはクサムラ達のバンドだった。
彼らは偉そうな口をきくだけあってとても上手だった。ヨルシカというバンドの曲を演奏しているのだが、かなり難しい曲にもかかわらずほとんど完璧に原曲を再現している。
クサムラはギターなのだが、ステージ慣れしていて、演奏しながら体でリズムをとったり、手を挙げて客席をあおったりしている。リラックスした余裕のあるステージングだ。ライブを心から楽しんでいる。
客席は大盛り上がりだ。
僕たちはステージの袖から彼らのライブを見ている。これは勝ち目はないと思った。バックギャモンは眉間にしわを寄せ、コカちゃんは落ち込んだ表情。イワタさんだけは落ち着いているように見える。彼女はいつも冷静沈着なのだ。
クサムラ達は演奏を終えると僕たちがいる方にやってきた。にやにや笑いながら、
「どうだった、俺たちのライブは? 今日は特に調子が良かったぜ。お前らもせいぜい頑張れよ。客席で見ててやるからな」と言った。
「ぜ、全然たいした事ねえな。俺たちの方が一枚上手って感じだ」とバックギャモンが虚勢を張る。
「そうか、楽しみにしてるぜ。俺たちよりもいいライブができなかったらお前ら全員土下座してもらうからな。はっはっは」
クサムラ達が去ると、コカちゃんがまた泣きだした。そして泣きながら体育館を出て行こうとする。
「おいどこに行くんだ。あと30分ぐらいで俺たちの出番だぞ」とバックギャモン。
「トイレ」と彼女はぼそりと言い、そのまま出て行ってしまった。
「コカちゃん大丈夫かな? ずいぶん落ち込んでるみたいだったけど」と僕は言った。
「俺、ちょっと見て来るわ」
バックギャモンがコカちゃんを追って体育館を出て行く。この場には僕とイワタさんだけが残った。
ステージの上では女子生徒がアコースティックギターの弾き語りであいみょんを歌いだした。
×××
コカちゃんとバックギャモンが出て行ってから20分が経過した。
「遅いわね、あのふたり」とイワタさんが時計を見て言った。
今ステージで演奏しているバンドが終わったら次は僕たちの番だ。
「やばいな、あと10分で始まるってのに、あいつらどこに行ったんだ」
「ねえカサオ」とイワタさんが言う。「ふたりを探しに行ってくれない?」
眼鏡の奥の目には不安の色が浮かんでいる。
「けど、どこにいるのかわからない」
「どうせ教室か音楽室かその辺でしょ。もし間に合わなかったら、私がひとりでドラムをたたいて時間稼ぎしておくから」
「わかった。じゃあ行ってくる」
僕はその場にギターを置き、体育館を飛び出して廊下を走った。
自分のクラスである3年2組では輪投げの出し物をやっていた。そこにいるクラスメイトにコカちゃんとバックギャモンは見ていないかと聞くと、
「そういえばさっき見かけたな」
「どっちに行った?」
「あっちに歩いていったぞ」
「ありがとう」
僕はクラスメイトが指さしたほうへ進んだ。その辺は出し物がやってなくて人が少なかった。
ひとつひとつ教室の中を覗きながら進んでいくと、今は使われていない教室にバックギャモンとコカちゃんの姿があった。
僕は声をかけようとしたが思いとどまった。ドアの陰に身を隠して様子をうかがう。
「おい、もうすぐライブが始まっちまうだろ。体育館に行かねえと」とバックギャモンが言う。
「だって、声が出ないんだもん」
「ちゃんと出てるじゃねえか。ここまで来たらやるっきゃねえだろ」
「うまく歌える自信がないの」
「大丈夫だ。俺たちならできる。俺を信じろ」
「ほんとう?」
「本当だ」
バックギャモンがコカちゃんを抱きしめる。そして見つめあうふたり。
やめろ! と僕は心の中で叫ぶ、だが体は硬直したまま動けない。まるで金縛りにあったみたいだ。
ふたりの顔面の距離がゆっくり、しかし確実に縮んでいく。そしてふたりの顔が重なった。キスをしたのだ。
僕は頭を鈍器でぶん殴られたみたいな衝撃を受けた。
その場を離れ、僕は走り出した。人とぶつかってもお構いなしに走る。誰かが僕の背中に罵声を浴びせる。
体育館に近づく。ドラムの音が聞こえる。ドラムだけだ。僕たちが演奏する時間がすでに始まっていたのだ。イワタさんはひとりでステージに上がり、時間稼ぎのためにドラムをたたいている。
おそらくイワタさんは5分ぐらいひとりでドラムをたたき続けていたのだろう。客たちは退屈しだして、中にはブーイングを飛ばす者もいる。
体育館に入った僕は真っ赤なレスポールを掴んでステージに立った。
「おお!」と客席から歓声が上がる。
「ごめん、遅くなった」と僕はイワタさんにアイコンタクトを送る。
彼女はちょっとほっとした顔をしてにこりと微笑んだ。ドラムは叩き続けている。
ギターアンプにシールドを差し、ボリュームを上げる。そしてギターをかき鳴らす。
僕の脳裏にはキスをするコカちゃんとバックギャモンの姿が鮮明に残っている。胸が締め付けられるような感覚だ。叫びたいような、何もかもを破壊しつくしたいような衝動が僕を突き動かす。その熱情をそのままギターで吐き出す。
激しいディストーションで本能をむき出しにして爆音を鳴らす。
無我夢中になってめちゃくちゃに弾きまくる。発狂したみたいに激しく頭を振って、わあああああ! と叫ぶ。
客たちが盛り上がる。
「なんかよくわかんねえけど、すごいギターだな」
「あいつ2組の雨川カサオだろ。地味で目立たないやつのはずなのに・・・」
「私、なんだかわからないけど感動してる。泣きそう」
「こんなギタープレイは初めて見たぞ!」
「うおおおお! 叫びたくなってきた!」
イワタさんのドラムもヒートアップして激しくなる。僕はドラムに合わせてアドリブでギターを弾く。衝動のままに。絶望を振り払うために。
客たちが歓声を上げる。僕は頭を振り、ジャンプする。かっこよくなくてもいいんだ。無様な自分をさらけ出してやる。僕は、ダサい! 最低最悪にかっこ悪い。かっこ悪くて何が悪い!? かっこ悪いっていうのは、かっこいいってことなんだ! マイクに向かって言葉にならない叫び声をあげる。わああああああ! ああああああ! あああああああああ!
するとそこへ上半身裸でベースを肩から下げたバックギャモンが舞台の袖からステージの上に出て来る。
「待たせたな」と彼は言う。
僕はうなづく。
ベースアンプにシールドをつなげて弦をはじく。ドラムとギターだけだったところにブリブリの低音がくわわり、ボルテージはさらに上がる。
客席をかき分けてコカちゃんがやってきてステージによじ登った。マイクを握り締める。
よし、4人全員がそろったぞ。しかしここで音楽をいったん止めてから曲をやりだしたら、せっかくの勢いがそがれてしまう。
僕はアドリブのジャムセッションの状態から、強引に一曲目のイントロのリフを弾きだした。
そのことに気づいたイワタさんとバックギャモンが、僕に合わせてイントロを演奏する。
いよいよ曲が始まるのかという期待で客たちが目を輝かせる。
そしてドラムロールを合図に、イントロからAメロに移行する。マイクを持ったコカちゃんが歌いだす。
その歌声はリハーサルの時とはまるで別人のように素晴らしかった。
風邪をひいていたなんて嘘みたいによく通る声で歌い上げた。多少音程のずれるところがあったが、そんなことはだれ一人気にしてはなかった。
会場は一体になった。
つまり、すごくいいライブだったのだ。
×××
ライブの後で興奮気味のクサムラが俺たちに近づいてきて言った。
「お前らすげえよ! マジ最高のライブだった! 全員軽音部に入れ!」
「その前にお前、俺たちに土下座するんじゃねえのか?」とバックギャモンが言う。
「そ、それはその・・・まあ、今度な。今度土下座してやるよ」としどろもどろになって頭を掻く。
僕たちはそれを見て、笑った。
×××
学園祭が終わり、ギターを背負った僕はひとりで帰り道を歩いていた。
「カサオ」と声をかけられて振り返ると、そこにはドラムのスティックを手に持ったイワタさんがいた。
「イワタさん」と僕は言った。
「今日のライブ、楽しかったね」、イワタさんは僕の横に来て並んで歩く。
「うん、そうだね。すごく楽しかった」
「目標だった学園祭は終わったけど、このままバンドを終わらせちゃうのはもったいないと思うんだ」と彼女はさりげないみたいな感じで言う。
「確かにその通りだ。次はライブハウスに進出するってのはどう?」
僕はイワタさんの方を見てにやりと笑う。
「それ、私も考えてた」と彼女も笑った。
眼鏡の奥の彼女の目は、とてもきれいだった。




