終末医療
「お待ちしておりました、紅一佐、沙羅三佐」
「ご苦労。で、今回の棺桶はこの二つか」
目の前に置かれたVirtualOn-lineTool、通称VOTを見てため息をつく。
相も変わらず、見た目だけはご立派な物だ。
「はははっ、棺桶とは言いますがこれほど立派な物はそうそうお目にかかれませんよ」
「重要なのはスペックだ。どれだけ立派な内装であろうと根本的な所をはき違えている連中にはそれがわからんのだよ」
「ですが快適な空間というのは使用者のスペックを最大限引き出せると愚考しますが」
「……ふむ、確かにその通りだ。だが使用者のスペックに追いつかないマシーンにどれほどの意味があるかという議論に変わるがどうだろうか」
「一佐には敵いませんな。ですが今回はスペックも上等です」
手渡されたカタログを見て思わず口笛を吹いてしまう。
私より背が低いからぴょんぴょんと跳ねてそれを見ようとしている三佐に手渡してやれば目を見開いて驚愕していることからも、どれほどの物かがわかる。
彼女はウィザード級なんて陳腐なレベルではなく、市販のVOTやPCを少し改造した程度の機器ではスペックが足りない、千年に一度のクラッカーと言っていい。
その技術を最大限生かすために基板からPCとVOTを作ってしまえるほどの超天才だが、その根本は子供そのもの……まぁ成人すらしていないのだから実際子供なんだけどさ。
適当な議員に金を流したのだって「なんか不祥事っぽくなって面白そう」という理由であり、実際その議員たちは裏の裏まで洗われて中には逮捕に至った者までいた。
そういう愉快犯だというのに、的確に面白い所を突くことができる天才ともいえるが……世間的には天災の部類だな。
ふと思い立って、できそうだし面白そうだからやってみた、後の被害は自他共に考えないともなれば台風のような女というにふさわしい。
「ここまでのハイスペックマシン、次世代機とかそういうレベルじゃないな」
「えぇ、量子コンピューターの試験用VOTです。次世代機というか、文字通り次の世代が使うような代物ですね」
次の世代ね……私達の子供世代と考えるとたった20年程度だと思うが、それでも凄まじい事に変わりはない。
「どうだ三佐、気になる点は」
「んー、これだけのものを持ち出してくる理由がわからないですね。あ、でも内装や設備に関しては終末医療現場で使われているのと同じです」
「そうなのか?」
「はい、まず通常のVOTと違い強制ログアウトの措置がありません。それに点滴や栄養剤の注入、高濃度酸素の供給や床ずれ防止の設計、エコノミークラス症候群対策などもなされています」
「そして当然だが、こいつがあるわけだ」
「ですねぇ」
私がカタログで指差したのはガス注入の項目。
なんといえばいいか、私達はある種の特権と越権でここにいる。
だからこそいざという時は即時対処できるように使用するVOTはもちろん、住居にもあらゆる仕掛けがされている。
その一つがガス注入であり、国家に仇成すような真似や犯罪行為を行えば即時鎮圧。
特権も越権も剥奪されて即座に豚箱送り……ならまだマシで、最悪の場合そのまま火葬場行きとなる。
大抵の事なら意識を奪うだけのものだが、いざという時は致死性の猛毒が噴霧される仕組みだ。
ある意味じゃ死刑囚なんだよな……与えられている階級だって年齢とともに積み上げた経験とかそういうのじゃなくて、危険度の差だし。
沙良三佐は確かに特A級ハッカーでウィザードを鼻で笑うレベルだが、国を傾けるような真似はほとんどしない。
故に私より階級が低くなっているが、私の場合は単純に手を出した相手がまずかったと言うか、公安が秘密にしておきたい情報なんかを片っ端から抜いてしまったため最重要処理対象として扱われている。
ちなみに佐官は全員致死性ガスの使用が許可されている対象で、尉官は混沌性ガスまでが許容、それ以下はいないし将校もいない。
悪い意味での特殊部隊という事だ。
「まぁたかがゲームの調査で使われることも無いでしょう」
「そのたかがゲームに公安のチームが駆り出されていることを忘れるなよ」
スタッフの軽口に叱責をいれてからVOTの中で寝転がる。
「通信装置は常にオンラインだ、バイタルチェックなんかは任せる。それと……」
ちらりと三佐を見る。
「やりすぎるなよ。システム干渉しなければいい、ただし3分で終わらせろ」
「了解」
「繋ぐぞ」
私の言葉に反応してVOTが閉じていく。
一瞬真っ暗になるとすぐに視界が開け、先程までの狭苦しい棺桶から開けた空間に飛び出した。
無事、VR空間と繋がれたらしい。
「一佐、こっちは問題ありません」
「同じくですよー」
スタッフと三佐の通信が聞こえる。
「よし、始めろ」
各システムチェックと並列してOSの書き換えを始める。
私達が使うには次世代機と言われるこいつでもそこら辺がネックになってくる。
どれだけ優れた脳みそや心臓を持っていようと、その思考が平凡ならそれ以上の事はできない。
だから根本から常識を書き換えてやるのが私達のやり方だ。
「っと、一佐。ちょっとは加減してくださいよ。これじゃまるで別ものだ」
「当たり前だ。常人を狂人に変えるような生半可な事はしない。人格そのものを私好みに変えているんだから別物どころか別人だ」
「別人ね……」
吐き捨てるような声が聞こえたが、まぁこの程度はスルーしてやる。
ここに派遣されているスタッフの半数は医療系、そして残りは私達を拘束できる軍事系と、僅かばかりのハッカーだ。
せいぜいが尉官クラスの、世間で言うところのウィザード級だが彼等は私の言葉をある程度理解している。
けれど、逆に祖のクラスじゃなければこちらの言い分は理解できないのだろう。
「OSっていうのは人格だ。アップデートは小学生が中学生になるようなもので根本は変わらない。そして市販の物も、こうして公安で使ってる特別製も根本はいい子ちゃんだ。だがそんないい子ちゃんじゃできない仕事も山ほどある。だからその人格を書き換えるところがハッキングのスタートラインだ」
「ってことはなんですか? 一佐も三佐も新しいOSを作っている……人間でいうなら新しく産んでるって様な事ですかい?」
「ちがうな、いい子ちゃんOSに悪い遊びを教えただけだ。三佐、そっちはどうだ」
「あと10秒で……終わりました」
「そうか。なら始めるぞ。インストールを開始してくれ」
「了解」
私達はVOTの操作権限の一部をスタッフに譲渡している。
要するに余計な物をインストールしないようにというストッパーなんだが、それもこちらでやろうと思えば突破可能だ。
とはいえ余計な波風を立てる必要も無いので任せているが、今回はきな臭い終末医療用MMOという事からダウンロードからインストール、そして機動からログアウトまでをすべて監視する必要があった。
「インストール完了まで残り8秒……5、4、3、2、1、完了」
「妙なもんは見つからなかった。三佐はどうだ」
「こちらも何も。ただ妙ですね」
「そうだな」
インストールされるまで、そしてインストール後も何もない。
これじゃ普通のゲームだ。
「開発会社とスポンサーはどうなってる」
「エンドエレクトロアーツ株式会社開発運営……スポンサーは弁護士や医師会が中心ですね」
「弁護士か……」
昨今のVRMMOにおいて弁護士が介入する事は珍しくない。
リアルとバーチャルのズレとでもいうべきか、肉体感覚の違いからバーチャルで思うように身体を動かせずゲームを楽しめない場合や、逆にバーチャルの運動神経に引っ張られて現実で無茶な動きをして体を壊す事がある。
そういった際に弁護士が仲介するというケースが何度かあったからだ。
今じゃ離婚調停や痴漢よりも儲かる仕事として彼等の間では人気になっていると聞く。
医師会に関してはそもそも終末医療なんだから当然というべきだが……。
「まぁいい、やってみればわかる事だ」
「ですね!」
三佐同意の上でインストールされたそれを起動する。
終末医療VRMMO、その名をグレイヴクリエイトオンライン、通称GCOに。




