おっさん直ぐ死なない
謎解き、それは私の得意分野の一つだ。
というかそれができなければハッカーなんかできない。
クラッキングになってくるとまた別の謎解き技術が必要になってくるが、それは割愛。
端的に言ってしまえば世界は数字の羅列でしかない。
暗号化された数列を規則正しく並べてやって、あたかも本物の鍵を持っていますよと見せかけることがハッキングの肝と言っていい。
つまり謎解き、暗号、リドル、どんなに言葉を変えたとしても、ペナルティを受けていたとしても私はこの程度の事に屈することは無い。
だから1問目の紋章パズルも、2問目のピアノで月光を弾くという問題も難なくクリアできた。
左腕が動かなかったのでイエティに連弾を頼んだのだが、こいつ意外と器用で難なくこなしてくれた。
(イエティのステータスを見る限り一佐よりINTとDEX高いですよ。リアルで)
余計なことを教えてくれた職員は後でお礼にアイアンクローを決めてやろう。
……最近肉体言語に訴えすぎたせいか、こいつら叩くとお礼を言うようになってきてるのがちょっと怖いけど。
「さて、どうしたものか」
目の前のオブジェを前に私は困っていた。
道中集めたピースを正しい位置に、という簡単な謎解きである。
ぶっちゃけここまで大して苦労もなく、そして片腕片目のハンデがあっても簡単に突破できた。
それだけご老体にも優しい造りになっているのだとわかるし、導線が丁寧だった。
まさしく謎解き型のチュートリアルといえるのだが、こういう時に例外を作りたくなってしまうのも私達ハッカーの、そしてクラッカーの性というものだ。
言うなれば怪盗が予告状を出すのと同じ理論!
爪後残してやろ、相手が気付いたら面白いよねという程度の遊び心を仕込むのが私達の宿業でもあるので、ちょっと無茶をしようと思う。
見たところパネルをはめて行けば足場が現れる仕組み、地下と言っていたから階段ができるのだろうか。
あるいはこのオブジェのどこかが開いて階段になるのか。
どちらにせよパネルをはめればわかる事なので獅子、山羊、鷲のパネルをはめていく。
数秒後、オブジェが展開して階段が開かれた。
ちゃんと手すり付きで足場が広いバリアフリー対応だ。
……思えばここまで余計な段差とか、変なトラップなかったな。
ドッキリ要素とかも無かったし……マジで運営はこれチュートリアルとして採用するべきじゃねえかな。
(こちらで確認したところ、このダンジョンの設計者はその辺りを売りにしてGCO運営に入社を持ち掛けているようです。そして運営もそれを受諾する方針で、来年には契約が決まるとか)
それはめでたい話だが、今はどうでもいい。
奥にあるのは木星の扉、一般家庭のリビングとかについていそうなやつだ。
……ここまでホラーな外見だったのに急に一般家庭みたいになったな。
だがちょうどいい、刺激が足りないと思っていた。
ナイフを取り出し、扉に突き刺す。
そして力の限り引き、できた隙間から中を覗き込む。
「はろぉ、糞吸血鬼ぃ」
「なぜ君がホラー役をやっているのかね?」
「ここまであからさまなホラーな外見で普通の謎解きしかなくて肩透かしだった。だからせめて私がホラーになろうと思った」
「君何か悩みとかあるのか? 私でよければ相談に乗るぞ」
「上司がカス、同僚が変態、後輩がクズ」
「済まんが力になれそうにない。なにせ私は善良なAIだから……悪質なAIだったらクラッキングとか仕掛けてたんだがね」
「その後輩がクラッカー」
「聞かなかったことにしておこう……さて、改めてここまで来たという事は最後のなぞかけに挑むつもりと見ていいのだね」
「あぁ」
「ならば聞こう、君が人生で大切にしているものについてだ!」
……は?
「待て、なんの話だ」
「いや、これ主が考えたなぞかけなんだ。どちらかというと心理テストみたいなものなのだが……最期に家族の言葉を聞くなら本音よりも取り繕った答えがいいというひねくれた理由から出された問題だね。実際クリアには関係ないのだが、点数みたいなのがあってここまでのペナルティと合わせて総合的に評価して遺産をどれくらい与えるか決まる仕組みになっている」
「あぁ、つまりいい子にしていたら沢山遺産あげちゃうシステム」
「その通り。さあ答えたまえ!」
偉そうにしてるのがムカつくな……既にペナルティ2個貰って、ついでにショゴスけしかけたり扉ナイフで刺したりしてるから点数は低そうだが……そうだな。
真面目に答えるならなんだろうか。
人生で大切にしているものか……金、と言いたいところだけど無ければ困る物であって大切かと言われたらまた違うよな。
趣味……うん、無難だがVRMMO好きだったのは事実。
だがそれをぶち壊されて、キライになった今はそれらしいものが特にない。
じゃあ最近の楽しみはと言えば……。
「筋トレかな」
「ほう? 健康に気を使っているのかね?」
「いや、自分にできない事ができるようになる過程って楽しいだろ。最近300㎏のダンベルを持ち上げられるようになったところでな。おかげで馬鹿な冗談を言ってきた同僚の頭を鷲掴みにして持ち上げる事もできるようになった」
「それは楽しみ方を間違えているような気がするが……元気そうなので良しとしよう。では続けて、健康面で気を付けていることは」
「酒はほろ酔い気分まで、煙草は吸わない、飲み物は基本的にお茶か水、運動時にプロテインとスポーツドリンク、暇な日はジムに通ってたけど最近は自宅の一室を改造してジムにした」
「筋トレ大好きだな君。なら最後に、家族についてどう思う」
……ここに来て一番いやな質問だな。
私は立場的に公安の職員だが、それは司法取引であって何かあれば即日囚人になりかねない。
そんな私を今でも心配してくれて、更には公安に入る事になった件を含めて諸々知ってなお愛してくれている家族。
両親や妹を考えると……。
「顔を合わせにくいな……私の都合で振り回してしまっている所もあるし、負い目もある。だから語れるほどのことは無い」
「なるほど……いいだろう。我が主に変わり採点をするとしよう。君の行動は安直に過ぎる。直情的で享楽的、だがその裏には思慮深さもあり無駄な行動はほとんどしない」
「そうかあ?」
「ドアを蹴破ったのも閉じ込められるのを避けるため、先程のナイフによる扉への攻撃だって中をうかがうためだ。その辺の心理が読めるようになっているのだよ私は」
「あー、まぁ無意識もあったかもしれんが」
「そんな君は家族を大切にしている。自分も大切にしている。その事が分かった! 故に100点をあげよう」
「……判定緩すぎない?」
「だから言っただろう。私心理的に相手を読み取れるのだよ。だからここで耳障りいい事だけ口にするような奴は0点で追い返すし、本音で話してもクズだったら追い返す。君の事は気に入ったので100点をあげようじゃないか。まぁ残念ながら主は生きているし、ここに財宝とか無いから何かを渡す事はできないがね」
「そうかい。つまり時間の無駄?」
「そうなってしまうな。一応規則として100点を取ったので完全踏破の称号は得られるし、望むなら吸血鬼のパートナーエッグを渡す事はできるが……君吸血鬼嫌いだろう?」
「あぁ、渡されたら目の前で砕いていた」
破棄するとかじゃなくて破壊する。
そりゃもう木端微塵に、粒子レベルまで握り磨り潰す。
「代わりに魔法でも覚えて言ったらどうかね。これでも謎解き系ダンジョン、その手の賞品も用意はしてある」
魔法か、確かに触れていないジャンルで三佐に任せっきりというのはある。
ただ……正直な所あまり魅力を感じない。
その理由はと言えばだ。
「それは物理攻撃に強い耐性を持った敵が出てくるって事だろ? 魔法とか属性攻撃じゃないとダメージが通らないようなの」
「うむ、理解が早くて助かる」
「自前でできるんだよなぁ……」
ナイフを鞘に拘束抜き差しして摩擦熱で発火させ、ついでに静電気で雷を発生させる。
続けて腕の肉を抉り流れでた血を救い上げて爪に沿わせて全力で投擲、空飛ぶ血の刃が完成する。
「とまぁこんな感じに」
「君本当に人間かね」
「家系図見ると安倍晴明通過するらしいし、鈴鹿峠の鬼やら源氏の直流で天狗とかかわりがあるって書いてあったがれっきとした人間だ」
「君がそう言うなら何も言うまい……強いて言うなら、もう少し人間は脆いと自覚した方がいいだろう」
「御忠告どうも。ただ現代なんて腕っぷしだけで強くなれるようなもんじゃないし、そういうのとは全く別の理由で厄介なことになっているだけだから気にするな」
「ふむ……昼と夜の境を生きる子よ、望むのであればその力。十全に発揮できるようになりたくはないかね?」
「いらん、持て余してる状態だ」
「ならば十分なコントロールは」
「そっちはできている」
「万が一が起こったら私のところに来なさい。できる限りの事はしてあげよう。一応前例がないわけではない」
その言葉に面食らうというか、正直少し笑ってしまった。
こんな妖怪の血が混ざってますよ、天狗と縁がありますよという話を馬鹿正直に受け止めてくれたのはNPCにも一般人にもいなかった。
頭がおかしいか、中学二年生が発病するようなアレコレで脳が茹っていると思われるのがオチだったというのに。
「お前なかなかいい奴だな、吸血鬼なのに」
「それを言うなら君はなかなか難儀だな、ほとんど人間だというのに」
「データがそれを言うか?」
「肉体の有無で言うなら私達の方がはるかに広い世界を旅できる可能性を秘めているのだがね」
「あぁ、そりゃ羨ましい。旅行に興味がない私としては散歩感覚でブラジルに行けるのは……まぁ国外に出られないんだが、それでもその移動能力は羨ましく思うよ。出勤ギリギリまで寝ていられるしな」
「女の子なんだから身だしなみ整えるとかしなさい」
「おっさんに言われてもなぁ……」
柔和な語り方をしているし、どことなく品を感じさせるがこの吸血鬼はおっさんだ。
顔色が悪いだけじゃなくて不健康そうな肉付き、三白眼とまぁ人相が悪い。
ダンジョンのコンセプトには合っているのだから文句はないのだが、そんな相手に身だしなみと言われても……正直私は寝癖がつかないよう髪の長さを調節しつつ、化粧は最低限で済むようにスキンケアは怠っていないので今の所その辺りの心配はいらない。
公安にいる香水かぶったのかと聞きたいくらいの臭いを振りまいているお局みたいにはなりたくないからな。
「しかしなぁ、ここまでして本当に何もなしは流石に沽券にかかわる。ので、これを持っていくと言い」
「これは?」
差し出されたのは1枚の紙きれ。
Sサイズ土地購入権とウィンドウが出てきた。
どうやら小さな土地を購入できる代物らしいが、私のインベントリにはXLサイズの土地購入権が入っている。
投資コースへの優遇措置なのだろうけど、こういう形でダンジョンを作る事もできるようになるという事だろう。
本当に運営より運営らしい事しているプレイヤーがいるんだな。
「これで作れるのはせいぜい洞窟型か遺跡型だろうが、持っていて損はないだろう。小さな家を建ててのんびり居を構えるのもいい。好きに使いたまえ」
「そういう事ならありがたく貰っておこう」
インベントリにそれをしまい込むと周囲の風景が変わっていく。
「さて、ではこれでさようならだ。君にも悔いのない人生と、そして家族との確執がほどける日を祈っているよ」
「そりゃどうも。吸血鬼にしては話の分かるおっさんでよかったよ。次顔を合わせる機会があったらショゴスに食わせるけどな」
「二度とこないでくれ!?」
「冗談だ、じゃあな」
「うむ」
こうしておっさんと別れた私は洋館を外から眺めていた。
蹴破ったはずのドアは元通り、何事もなかったかのように鎮座している。
「解析班、どうだ」
(データは問題なく、しかしAIの進歩は目を見張るものがありますね。本物の人間かそれ以上に機微を理解してます)
「そうか、それは面白いデータってわけじゃないだろ。他に気付いたことがあれば言ってくれ」
(そうですね……ショゴスの解析結果が一部出ましたが、どうにも他のパートナーと比べて知性の方向性が違います。なんと言いますか……敵意も悪意もなく湧き上がる反骨信と言いますか)
「なんだそりゃ」
(要するに隙を見せたら襲われるかもしれないという事です。十分注意してくださいね)
ふむ、私の知っているショゴスは旧支配者を駆逐した奉仕種族だったな。
ラヴクラフトの著書通りなら下克上を狙ってくることもあると。
……まぁ戦国時代なら普通にあっただろうし、あまり気にするほどの事じゃないな!




