赤ん坊の詠唱魔法
頑固親父こと、カシウスに中級魔術師になることを指示された今日この頃、昼になり、俺は書庫に向かっている。
エリナさんが先導し、俺は小さな足をせっせと動かす。今日から魔法を学ぶ――中級魔術師になるための第一歩だ。
書庫に着くと、エリナさんは大きな机に椅子を用意した。
「どうぞ、お座りください」
「どうも」
お行儀よく座っていると、黒板のようなものが目の前に出てきた。この世界にもあるんだな。
「まずは魔術師の『位』について説明しますね」
俺は頷き、机に両手を置く。すると、どんどん位を表すように上から書いていく。
「魔術師の位は8段階あります。初級から神級までです。アルト様が目指すのは中級ですね」
エリナさんは黒板めいたものに指をさしながら説明していく。
「級の中でも1番低いのが『初級』です。初級は魔法使いの中でも最も人数が多く、魔法の基本を理解している段階です。初歩中の初歩の魔法をなんとか使える程度で、実戦経験を積むことは不可能ですが、何かと生活で役に立つことが多いのもまた事実ですね」
あぁ、それくらいなら他のメイドでも使っているのを見たことがあるな。確かリディアだったかな?料理や洗濯で確か使っていた。
「次に『低級』です。低級は小規模ながら、十分実戦で使える魔法ですね。初級が見習いなら、低級で立派な魔法使いですね」
堂々と低級なんて誇ったら馬鹿にされそうだが、この世界では低級で一人前なのか。
「そして次に『中級』です。アルト様が目指す中級になると、個人で十分戦える魔法が使えるようになります。ここからは、人数が少なく、強者ばかりになりますね」
ん?人数が少ないってことがわかるってことは。
「もしかして、半分以上低級か初級ってことですか?」
「はい、その通りです。前衛に出るのが恐ろしい、という理由で昨今魔法が弱いと知られていても魔法を使う方が多いのですけどね」
なるほどな、あのジジイが魔法が嫌いな理由は、前衛に出ようともしない臆病者が嫌いっていうのもありそうだ。
「えーっと、何級かの割合がわかるってことは、級を上げるためには試験みたいなのがあるんですか?」
「はい、話が早くて助かります。ほんと、2歳とは思えないほどの理解力ですね」
ぐ!?エリナさん、本当は俺が転生者って気づいてるんじゃ……
「あ、ありがとうございます。それで、試験は何をすれば?」
早く話を逸さねば。
「はい、試験はまず、この国の聖騎士団のメンバーの1人、中級魔術師の試験となると、上級魔術師が派遣されます。その派遣された魔術師が出された試験に合格すれば、試験は達成です。試験内容は極秘にされていて、当日に知ることができます」
「なるほど」
それは厳しいな、対策方法がないってことだ。
「それで、一体試験の対策は何をすれば?」
「はい、基本的に試験者によって試験内容は異なるので、対策はほとんど無理だと言えるので、とにかく基礎磨きですね」
基礎磨きか、まぁそうだな。対策ができないなら基礎を詰める。スキルを覚えずにレベルアップに注力しよう。
「わかりました……ところで、中級より上とはどのくらいすごくて、どのくらいの人数なんですか?」
試験とは関係ないだろうが、ランクみたいなのを聞くと、やっぱり詳細は知りたい、男の子だもの。序列とかそういうの気になるの。
「流石アルト様です。この先を見通しているだなんて」
……そんなことないんですけどね。まぁ誇らしそうな顔をしているから黙っておこう。
「中級の一つ上の『上級』は、都市規模の魔法戦で即戦力になれる、聖騎士団の大隊長レベルです。この辺りでは上級より位が高い方はいませんね。人数は全体の5%です。」
上級でそんなに低いのか……15%くらいかと思ったが、人口の割合で考えたら多い方だろうか?
「『極級』は、あらゆる魔法を扱い、上位の魔物を赤子の手をひねるように討伐できるほどの実力者です。この国にも1人だけ存在しますね。人数は……世界全体で30人くらいですね」
%が消えた!?パッと聞いて30人は多いように聞こえるが、まぁ全体割合では1%も満たないんだろう。
「『天級』は、人間がなれる限界だと言われています。1人で国の防衛、城攻めも可能なほどの魔術師で、まさに国の宝です。人数は7人ですね」
7か……大国にはほぼ確実に天級がいるって考えた方が良さそうだな。まぁもちろん会う気も予定もないがな。というか……
「あのぉ人間がなれる限界ってことは、その上のはもうないんですか?上に2つまだありますけど」
「……『覇王級』と『神級』ですね。神級はいませんが、覇王級は一応いますよ。2人だけ」
「一応?」
「はい、その方達ははっきり言って人とは思えませんね」
エリナさんがそんなに恐れる……いや、どっちかというと不快感を感じている?
「えっと、エリナさんは覇王級の方となにか面識が――」
「アルト様、そろそろ基礎に移りましょう。時間は有限でございます」
「は、はい……」
なんだ?さっきまでは喜んで教えてくれてたんだが……まぁ、エリナさんがそう言うなら、先に進もう。
「じゃあ、お願いします」
俺は少しの疑問を残しながら、中級魔術師試練の対策を始めた。
――――――――――――――――――――――――
対策が始まり二日目、俺は外でエリナさんが仕事を一区切り終わらせてくるのを、我が家の庭で待っていた。外はあっちの世界で言う秋くらいで、少しだけ肌寒い。
初日、俺は初級魔法、四つの詠唱と、みっちり魔法の使い方を教わった。
内容はだいたい知っているものだったので、大丈夫と何度も言ったのだが、まぁ俺はエリナから見たらませている2歳児だ。怪我をさせないために、しつこいくらいに教えてきた。もう何度も魔法は使っているんだ、問題はない。
二日目の今日は、詠唱込みで魔術を使う。
使う魔法は初級炎魔法フレアだ。
この程度なら無詠唱で軽々使えるが、俺はエリナさんにも、無詠唱が使えることを教えていなかった。
なぜなら、俺はこの世界の治安は決して良くないと思っている。
理由は単純だ。頑固ジジイが、人攫いの捜索や犯罪グループの捜査の話を、よく我が家でするからだ。
そんな状況で、無詠唱魔法なんて珍しいものを知られたらどうなる?
研究目的だなんだと言って、人攫いに狙われる未来が目に浮かぶ。
……たまったものじゃない。
そもそも、貴族の一人息子というだけで危険なのだ。
ならなおさら、今は自分の実力を隠しておくべきだろう、ある程度自衛できるようになってから公表して一躍有名人となれば良い。
それに、俺はラノベでこういう実力隠し系主人公にずっと憧れていたんだ。いずれ公表するのは間違いない、どうせなら今しか楽しめないこの感覚を味わおうではないか。
と、考えていたらエリナさんの仕事に一区切りがついたようだ。
彼女は俺の方に気づくと、小さく手を振ってからこちらへ歩いてくる。
「お待たせしました、アルト様。少し冷えてきましたね」
「そうですね。ちょっと寒いです」
吐いた息が、ほんのわずかに白い。
空は高く澄んでいて、乾いた風が落ち葉を転がしていく。
「では、今日は予定通り、魔法を使ってみましょう」
エリナさんはそう言って、俺から少し距離を取る。
視線の先には、あらかじめ用意されていた木製の的が置かれていた。
「初級炎魔法、フレアです。詠唱は昨日教えた通りに。無理はせず、できそうだったら、あの的に当ててください」
「はい」
冷えた空気の中で魔力を練る感覚は、正直言って少し面倒だ。雑念があると、③の想像、つまりは魔力の組み立てがやりにくくなる。
……いや、言い訳は無しだ。
やってやる、今の俺なら、なんだってできるさ。
俺は小さく息を吸い、両手を胸の前で組む。
「――燃えろ。空気に宿る熱よ、静寂を破り、意思に応え、我が前に集いて形を成せ。《フレア》」
唱えた途端、俺の両手から30cmほど先に華麗な炎が纏った。熱く、パチパチと音を立て、空気が歪んでいるように見える。
「おぉ……」
圧巻だ。今まで練習に気づかれないように風魔法しか使ってこなかったから、炎となるとやはり魔法を使っている実感が湧く。
そう、実感が湧くんだ。危険な力を使っていると……
この炎をま、的の先に……えっと、どうやって当て――
「落ち着いてください、アルト様」
「え?」
「自分の心を制する者が、魔法を制します。雑念が混じっては、必ず上手く行きません。集中してください」
……そうだ、昨日もエリナさんが言ってたじゃないか、魔法で1番大切なのは努力でも才能でもない、心の有り様だ。
「もし失敗したとしても、必ずアルト様をお守りいたします」
「――はい!」
そうだ、落ち着け、FPSを思い出せ……
狙う的は直径1Mだ。
距離は2メートル弱、余裕だ……
……行け!
ドゥン
炎を弾け飛ばした。
……ず、ずれたか?
「……おみごとです。アルト様」
俺の目線の先にあったのは、ど真ん中にできた的の少し焦げた後だった。
「や、やったあ!!!」
上手く行った!!!成功した!!!
俺は嬉しすぎてガッツポーズを思いっきり取った。無詠唱を使えた時よりも、なぜかものすごく、嬉しかったんだ。
「本当に、流石です。アルト様、あなた様はもう立派な初級魔術師です」
「はい!」
まだ中級試験に合格したわけでもないのに、俺はあまりの達成感に、興奮が止まらなかった。
読んでくれてあざます!!!どんどん書いていきますね!!




