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赤ん坊の特訓


 ――え?

 手のひらが、熱い。

 視線を落とした瞬間、赤が目に入った。

 血だ。俺の手から、血が出ている。

 一瞬、思考が止まった。

 なんでだ?痛ってぇ……

 いや、それより――まずい。理由は分からない。

 魔法のせいかどうかも、正直はっきりしない。

 ただ、さっきの“風”と、この傷が無関係だとは思えなかった。

 とにかく、これは見られたらダメだ。

 胸がひやりとする。

 家族に見つかったら、どう思われる?

 赤ん坊が、本を読んで、魔法を使って、怪我をした?

 ……不気味すぎるな。

 俺は慌てて廊下に出た。書庫の外、静かで、誰もいない。

 台の上にある壺が目に入る。

 ——これだ。

 理由なんて後でいい。

 今は「魔法で怪我をした」って線を消す。

 俺は椅子にしがみつき、体を伸ばして壺を落とした。

 パリンという甲高い音。

 続いて、乾いた割れる音、壺は床で砕け、破片が散った。

 俺は一瞬だけ迷ってから、その中の一つを掴む。

 尖った縁を、掌に押し当てた。

 ちくり、とした痛み。

 さっきより、ちゃんとした痛み。

 血が、改めて流れた。

 ……よし。

 これでいい。

 これなら、ただの事故だ。

 俺は壺の破片を落とし、少し遅れて声を出した。

 大きくは泣かない。驚いたみたいな、短い声。

 すぐに、廊下から足音が近づく。

「どうしたの……?」

 母の声。

 俺は割れた壺と、血のついた手をそのまま見せた。

 説明なんて、できない。赤ん坊なんだから。

「え……アルト!?」

 抱き上げられる。

 掌を見られる。血を拭われる。

「ちょっと切っただけね……」

 母親がほっとしている。

 その一言に、胸の奥が少しだけ緩んだ。

 助かった。

「エリナ?お願い!誰か来て!!」

 本当の理由は、誰にも分からない。

 母の腕の中で、俺は天井を見つめる。

 ——さっきの、なんだったんだ。

 魔法が悪かったのか。

 やり方が間違っていたのか。

 それとも、この身体がまだダメなのか。

 分からないことだらけだ。

 でも、一つだけははっきりしている。

 これは、表で試していいことではない、俺は静かに、そう決めた。

――――――――――――――――――――――――

 

 そこからさらに一年、転生して二年が経過した。


 身体は少しずつ大きくなり、伝い歩きだった足取りも、いつの間にか数歩なら一人で踏み出せるようになっていた。

 転ぶ。起き上がる。

 その繰り返しだが、世界は確実に広がっている。

 言葉も、同じだった。

 完全に理解している、とは言えない。知らない単語も、抽象的な言い回しも多い。それでも、日常で使われる言葉の大半は、文脈ごと掴めるようになっていた。誰が何を求めているのか。何が危険で、何が許されるのか。

 

 ――生きるための言語は、もう足りている。


 そして、魔法だ。

 魔法は暴発が起きた結果、しばらく使うのは控えていた。

 あの一度の怪我以来、俺は魔力に対して慎重になった。ただ感じる。なぞる。循環を追う。1%でも傷を負ったから、0.1%の魔法を繰り返し使った。この%が体に傷ができないギリギリだった。

 それ以上は踏み込まない。

 その中で、一つの仮説が形を持ち始めていた。

 魔力は、ただ身体に満ちているわけじゃない。

 通り道がある。

 血管のように、あるいは神経のように、魔力が流れるための“管”が、身体の内側に張り巡らされている感覚がある。意識を向けると、細く、脆い管がある。

 しばらく経てばどんどん成長するのかと思ったら、全く変わらない、一日も欠かさずに観察していたんだから、間違いない。

 すくなくとも、時間が経てば勝手に成長するものではないらしい。

 俺は、この管から魔術の流れが暴走するような感覚を得た。

 ――1%の魔力量しか使っていないのに、この体たらくだ。

 考えるに、魔術を使うと管の流れが速くなり、暴走した分俺の体に代償が返ってくる。

 そう考えると、筋は通る。

 だが、ここで疑問が残る。俺は父親、又の名をカシウス・ハルフォードは、俺の母、エリシア・ハルフォードに、よその町へ向かっている間、魔族が現れ、急に魔法を放ってきたという話を聞いた覚えがある。

 いきなり打ってきた、ということは無詠唱だと考えるべきだが、人を攻撃するほどの魔法を無詠唱なんて、どんな代償が返ってくるのか……

 つまり、魔族は最初から強固な管を持つ魔族は、問題なく無詠唱を使うことができると考えられるだろう。

 まぁ「魔」法だもんな、人間が簡単に使えるものって思う方が変だったのかもしれないな。


 一方で、人間はおそらく違う。

 もっと歳を重ねれば管は強くなるのかもしれないが、1番成長すると言っても過言ではないこの時期に、管が全く成長しないものなのだろうか。

 今まで魔法をずっと、少しずつだがこの一年使ってきた、魔法を使わないと成長しないということもなさそうだ。

 つまりは、基本的には人間は管が細く、脆い、そう考えられるだろう。

 

 そして詠唱。

 それは、魔法を安全に扱うための手順なのだろう。

 魔力を段階的に整え、流量を抑え、通り道を守るための、いわば緩衝材。

 だが、あの本には、そこまで丁寧な説明はない。魔法は技術として語られているだけで、身体への影響は、ほとんど触れられていなかった。

 てことは、魔法が使えないやつが憶測で書いた本か、管の太い人間が、書いたってことか、それともそんな事はみんな知っているから書かなかったのかもしれないが。

 だが、それにしても変だ。

 管は魔法を使うことにおいてとても大切なことじゃないのか?書かないだなんてそんなことはあるのか?


 と思い、俺はもう一つ仮説を立てた。

 幼体、要は今だからこそ、この管を“感じ取れる”のではないか、という考えだ。

 赤ん坊は本能で生きていて、感覚の境界があまりない気がする。余計な力みがない。

 何も難しい事はない、比較的簡単に管を感じることができるんだ。

 マコトは才能をそこそこ、あくまでそこそこ与えるって言っていた。

 天才ということではない、とっくに管のことなんて大昔から見つかっていそうだ。

 あんな本が出るくらいだから、人間が魔法を使えるようになってしばらく経っているのは間違いないだろう。

 この理論が合っていれば、歳を経つと、管を見る力が鈍る、またはできなくなる可能性がある。

 だとしたら。今は、魔法を無闇に使う時期じゃない、鍛える時期だ。

 そこで、俺は鍛える方法を生み出した。かなり時間がかかってしまったが、しっかり観察したおかげで、俺は特訓方法を見つけ出した。

 ①まずは、管に、魔力を詰める。

 外へ出さない。逃がさない。

 ただ、内側から押し広げる。

 ②胸が苦しくなった瞬間で、やめる。

 ――腹筋と同じだ。筋トレならぬ、管トレだ。

 限界の一歩手前で止める。

 この2ステップを繰り返す。

 思いついた日に試してみた方法だ。

 冗談半分くらいでやってみたが、その成果は数日で出た。

 逞しくなってきている。最初は微々たるもので気づかなかったが、間違いなく、俺の管は目に見えて強くなってきている!

 あとはこれを繰り返す。

 書庫に行けないせいで情報が行き詰まり、解明に3ヶ月くらい?かかってしまったが、俺はこの9ヶ月くらい管トレを行い、どんどん逞しくなっている。

 念の為にウィンド以外の魔法を控えているが、0.1%のウィンドを毎日のように練習をし続け、管がある程度太くなった時、俺は前と同じ1%のウィンドを使っても、何も体に変化はなかった。完璧に扱うことができたんだ。

 つまり、鍛え続ければ、人類で俺だけが無詠唱魔法を自由に使える魔術師になれるかもしれない。

 ついにだ、この俺の英雄譚が、ついに始ま――

「アルト様?何を考えていらっしゃるんですか?」

「…………あ、なにも……」

 ……壺事件のせいで、俺には専属メイド、つまりは監視がつけられた。

 この監視がいなければ、もっと速く成長できたはずだったんだが……

 原因はこいつ、エリナ・ローヴェル。

 俺にとっての最大のライバルだ。

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