少年の自由への道のり
すみません、受験とかで忙しく、毎日とは今後いきませんが、さすがにもっと投稿ペース上げていきたいと思います。
15話
あの時から、一ヶ月が経った。
大市場での出来事は、すでに日常の奥へと沈んでいるはずだった。
杖を探し、訓練を重ね、屋敷での生活を淡々と繰り返す日々。
だが、ふとした瞬間に、必ず思い出す。
――奴隷。
考えない日は、なかった。
聞こうとは思っている。
奴隷を飼うということについて。
制度のことも、現実の扱われ方も、自分が何を背負うことになるのかも。
だが、機会がない。
街へ出る時は、必ずエリナさんと一緒だった。
彼女の前でその言葉を口にする勇気は、結局一度も出なかった。
聞いた瞬間に、何かが壊れる気がした。
信頼とか、自分への評価か。
そう思わない日はなかった。
そして今日。
二度目の杖探しのため、俺たちは再び街へ出ていた。
結果は、前回と同じだった。
悪くはないが、決め手に欠ける。
妥協するほど切羽詰まってもいない。
「今回は、ここまでにしましょうか」
「……そうですね」
夕方。
空はすでに橙色に染まり始めている。
帰路につく人々の流れに身を任せながら、俺は内心で焦っていた。
屋敷に戻れば、また同じ日々が始まる。
このままだと逆にストレスが溜まっていきそうだ。
住宅街へ入ったあたりで、人の流れは一気に疎らになった。
商店の喧騒が遠ざかり、代わりに聞こえてくるのは、風に揺れる洗濯物の音と、家々の隙間を抜ける足音だけだ。
その中に、場違いな声が混じった。
「だからさぁ、逃げんなって言ってんだろ」
反射的に足が止まる。
角を一つ曲がった先。
石畳の細い路地で、三人の子どもが一人を囲んでいた。
いじめられてるのは、随分と貧相な服装をしている男の子だった。
年齢は、俺とそう変わらなく見える。7歳くらいか?
囲まれている子は、背が低く、服も少し汚れている。
俯いたまま、何かを耐えている様子。
これは間違いない、いじめというやつだ。
「きもちわりーんだよ」
「聞こえねー、何言ってんの?」
突き飛ばされ、子どもは壁に肩をぶつける。
小さく息を詰める音が、妙にはっきり耳に残った。
……以前の俺ならさっさと見捨てただろうが、今は容易に助けられる立場だ。
なら、助けない理由はない、ストレス発散と行くか。
「あの、エリナさん、少し待っててくれませんか?あの子を助けたいんです」
俺はいじめられていた子に指を刺しながら頼んだ。
さすがに後ろに大人がいるなかいじめを止めるのはダサすぎる。
「わかりました、怪我には気をつけてくださいね?」
間髪入れずに答えてくれた。プライドに理解があるようで助かる。
俺は一歩、路地へ踏み出した。
「――おい」
低く声を出すと、三人の視線が一斉にこちらを向く。いじめられてる子は少し時間をおいてこっちを見てきた。
その3人は、一瞬きょとんとした顔をしたあと、すぐに不機嫌そうに眉をひそめた。
「……なんだよ」
「お前関係ねーだろ、てか誰?」
典型的だ。
強気なのは、数があるうちだけ。
「関係あるとかないとか以前にさ」
俺は視線を囲まれている男の子から、いじめている側へと移す。
「それ、やめろ」
一瞬の沈黙。
それから、不満そうな顔で弁明し始めた。
「こいつが悪いんだって」
「きもちわりーし、いっつも汚くて、ぶつぶつ何言ってるかわかんねーし、なんかいきなり触ってくるしよ」
まぁ、風呂はちゃんと入ってるだろうが、服は少し汚れているし、スキンシップが激しいのは少し気味悪がられちゃうかもな。
「なるほど」
俺は頷いた。
「嫌がらせをされる理由があるって言いたいんだな」
「だから……別にいいだろ」
この子達もそんなに悪い子じゃないと思うんだけどな、さすがにやったら悪いことってくらいは理解しているだろうし。
「理由があるのは分かったよ」
「なら――」
「でもな、それだからって“していい理由”にはならないだろ?」
「いや………」
3人ともが黙った。
やっぱり、悪いことをしてるっていう自覚はあるようだ。
「その子にも、事情があると思うしさ?」
「……わかったよ。俺らが悪かった」
3人の中の1人が想像の何倍も早く謝罪をした。
「あの、できればその子にしてくれないかな?」
「うるせー……帰ろうぜ」
そう言っていじめっ子3人組はどこかへ帰って行った。
本人に謝りはしなかったが、やはり悪い子達ではなかったようだ。
何か些細なきっかけであんな風になってしまっただろう。
今の俺のような大人になってもらいたいな。
路地に、静けさが戻る。
俺は息を吐き、壁際に座り込んだままの男の子へと近づいた。
「……大丈夫か?」
その瞬間だった。
「……ありがとーっ!」
いきなり、衝撃が胸にぶつかってきた。
男の子が勢いよく俺に抱きついてきたのだ。
顔を胸元に押し付けたまま、声を上げて泣いている。
「こわかった……ありがと……っ」
「お、おい……」
細い腕が必死に服を掴む。
気づけば、袖のあたりが少し湿って、土で汚れていた。
ふ、服が……
……随分と汚れてしまったな。
まあ、仕方ない。いくら汚されたからって、感謝で流してくれた涙だ。きつくは言えない。
……できれば、鼻水はしまってほしいんだが。
どうにか傷つかないように顔を離させる方法考えていたら。
「……おい!」
路地の入口から、慌てた声が響いた。
振り向くと、息を切らせた男が立っていた。
三十代半ばくらいだろうか。作業着のような姿で、表情には明らかな焦りが浮かんでいる。
「リオ……どうしたんだ?」
男は、俺と、その腕にしがみつく息子の姿を見て、言葉を失った。
「……この人が」
男の子が、ぐしゃぐしゃの顔のまま言う。
「この人が、たすけてくれたの!」
一瞬の沈黙。
男は周囲を見回し、状況を察したのだろう。
深く、深く頭を下げた。
「……本当に、ありがとう」
「い、いえいえ。ちなみにどなたでしょうか?」
目線を合わせて、すぐに感謝を示してくれた。子供相手なのに、随分と殊勝な人だな。
「あぁ、私はこの子の父親でね、ごめんね。怖がらしちゃったかな?」
そう言って顔を上げた瞬間、男の視線が俺の服に止まる。
「……あ」
「ご、ごめんね……服を……」
言葉に詰まり、えーっと、と落ち着かない様子で視線を彷徨わせる。
本気で申し訳なさそうだ。
「大丈夫ですよ」
俺は軽く首を振った。
「気にしないでください」
この程度、エリナさんに頼めば2秒もかからずに綺麗にしてくれるだろうし、問題はないだろう。
「あの……本当にありがとう……僕、リオっていうんだ」
「俺は……あ、アルトだよ」
地味に自己紹介をこの世界でするのは初めてだった。
……まだ慣れないな、この名前は。
「……アルト、さん」
あれ?今さんと言ったか?
その瞬間だった。
男の目が、はっきりと見開かれた。
「……え?」
次いで、顔色が変わる。
「も、もしかして、アルト・ハルフォードという名前でしょうか?」
「はい、そうですが……」
そう答えた瞬間、男はさらに顔色が悪くなった気がした。
「どうか、しましたか?」
男は一歩下がり、再び深く頭を下げた。
「し、失礼しました……!」
ど、どうしたんだ?本当に。
「私、奴隷商をしておりまして……」
「ど、奴隷商ということは?」
その男は頭を下げながら説明を始めた。
「アルト様のお名前は、この奴隷商の中では……いえ、商店の間ではかなり知られております。特に、私の店の店長は、スリを捕まえてくれた恩人だと」
俺、そんなに有名になってるのか?
近頃ずっと杖を探してたのと、中級魔術師という肩書きのせいだろうな。
「本当に、申し訳ありません……!」
「いえ、本当にそんな頭を下げずに」
そう言って、慌てたように奥を見やる。
「……そちらにいらっしゃるのは、エリナ様、ですよね?」
男の視点はエリナさんに向かっていた。
今にも不審者かどうか怪しんでいるような顔をしたエリナさんを。
「ご、ご挨拶をしないとですね――」
男がそちらへ向かおうとした、その瞬間。
「……あ」
俺の中で、何かが繋がった。
――今だ。
「あの」
俺は男を呼び止めた。
「少し、いいですか?」
「は、はい! もちろんです!」
男は即答した。
「す、少し静かに」
男はすぐに口を結んでくれた。
「明日、夜にそちらのお店に伺ってもいいですか?店長さんに聞きたいことがあって……もし用事があるならもちろん別の日でも……」
一瞬だけ、男は驚いた顔をしたが、すぐに頷く。
「もちろんです……!」
「じゃあ」
俺は小さく笑った。
「その約束で」
よし、これで夜に行ったとしてもアポが取れている。門前払いをされる可能性は無くなったはずだ。
「ね、ねぇ」
と、リオ君が俺の服を引っ張りながら、声をかけてきた。
「ど、どうしたの?」
さっきまではノリでタメ語で話していたが、冷静になると歳の差が30を軽く超えているだろうと思うと、敬語になってしまった。
「僕たち、もう友達だよね?アルト君」
「も、もちろんだよ」
「ならさ、明日にでも遊ばない?ここに集まってさ」
この子、やはりグイグイ来るな。
「えーっと、明日は忙しいし……2日後とかじゃだめかな?」
明日は夜から家を抜け出すんだし、体力は温存しておきたい。
「わ……わかったよ」
おいおい、今にも泣きそうな顔しないでくれよ。
「こら、あまりアルト様にご迷惑をかけるなよ?」
「……はぁい」
「すみません、アルト様」
下心を少し感じるが、空気が読める男であったようだ。
「えーっと、あなたの名前を聞いてもいいですか?」
「あ、もちろん!申し遅れました。ミラン・クラウスと申します」
俺は頭を下げて発した。
「ミランさん、明日はお願いします」
ここで無礼な子供とは思われたくないしな。
「い、いえ!顔をあげてください」
ミランが申し訳なさそうな顔をしながら、俺に言い、そろそろ心配してそうなエリナさんの元に戻ろうと思っていると。
「あの、質問してもよろしいでしょうか?」
「あ、もちろん。どうぞ」
質問1つくらいなら、ギリギリエリナさんも待ってくれるだろう。
そう考えていると、ミランが小声で俺に語りかけてきた。
「あの、明日の夜ということは、もしかして、亜人をお買いになるのですか?」
……ん?亜人?
なんだ、それ。
この世界にそんな種はいないはずだ。
人間、魔物、神の3つの種しかないと学んだつもりだが。
「えっと……違いますけど」
そう答えると、ミランはひどく焦った後、言葉を繋げていった。
「す、すみません!このことはどうか――」
と、俺の肩を掴みながら訴えかけると。
「離してください。もし離さないのなら、あなたの両手は切断されます」
「ひっ!!」
エリナさんが超高速で近づき、剣をミランの手にかけていた。
その後すぐさまミランは手を離した。
「え、エリナさん、大丈夫ですから」
俺はエリナさんをなだめると。
「し、失礼しました!リオ、行くぞ」
ミランはリオの手を引っ張りながら、おそらく家に帰って行った。
俺はリオが手を振ってくれていたから、見えなくなるまで振り、俺はエリナさんの方に振り向いた。
「あの、彼は何か変なことを言っていました?」
「いえ、聞こえない位置にいたので、すぐにあのような対処をさせてもらいました」
それなら、明日の夜に家をこっそり出るのはバレていないだろう。
「では、そろそろ帰りましょう」
エリナさんは俺の手を引きながら、家に帰っていく。
自宅からこの街まではさほど遠くない、精々20分くらい歩けば辿り着く。
門も簡単に突破することができるだろう。
1番の問題は、昔から俺の行手を阻み続けた。メイドのスペシャリスト――エリナさんをいかに欺くかだ。




