少年の目標1
俺は自分だけの魔法――ショット岩を習得し、エリナさんが仕事に戻ったところで、そのままベッドに身を沈めていた。
剣士という壁に阻まれながら、苦節四年。
これで、ようやく剣士とも対等に渡り合える。
……はず、なんだが。
今日は一段と疲れた。
いつもの勉強だけでも十分消耗するのに、魔神との謁見まであった。さすがに神経が擦り切れる。
――マコトが来たあの日の午後に習ったが、魔法創世なんて遠い理想だと思っていた。
それが、まさか四年で形にして、剣士への明確な対抗策にまで昇華できるとは。
……もう、少し休んでもいいか。
エリナさんとの座学はともかく、レグナとの実践訓練はさすがに負担が大きい。
頑張りすぎて、肝心のやる気が折れてしまっては本末転倒だ。
――はあ。
アルト君のためにも、ちゃんと努力したい。
その気持ちに嘘はない。
けれど正直に言えば、最近どうにも気力が湧かない。
努力すれば、目に見えて強くなれる。
それだけで幸せだったはずなのに――いつの間にか、その実感が薄れている。
……贅沢な話だな。
このまま、ただ強くなるだけでいいのか。
次に何を楽しみに生きればいい?
この世界には娯楽が少ない。
飯は悪くないが感動するほどでもないし、本も冒険譚ばかりで当たり外れが激しい。
チヤホヤされることも考えたが、エリナさんに褒められても、最近はどこか心の奥で冷めている自分がいる。
今の評価は、この魔法の才能があってこそだ。
俺自身を見てもらえているかと言われると――
……いや、これ以上考えるのは失礼だな。
目標、か。
強さ以外で、この世界にいる理由。
ふと、前世の記憶がよぎる。
人生の余裕のなさを理由に、ずっと諦めていたもの。
帰る場所があって、一緒に添い遂げてくれ、孤独感を紛らわしてくれる存在――
この世界なら、できるかもしれない。
それは――ペットだ。
文化としても、魔物や獣を飼うこと自体は珍しくない。
……そう考えると、不思議と胸の奥が少しだけ軽くなった。
悪くない。
今すぐじゃなくてもいい。
次の目標として、考えてみる価値はありそうだ。
だがそのためには、大市場へ行く必要がある。
その日の夜。
夕食を終え、屋敷全体が静けさに包まれた頃、俺は一人、廊下を歩いていた。
目的地は決まっている。
――カシウスの部屋だ。
扉の前で一度、深く息を吸う。
無駄遣いだと思われるかもしれないし、今すぐ必要かと言われれば、そうでもない。
だが、カシウスは俺が普段熱心に魔法を勉強しているのを理解しているはずだ。
軽く扉をノックする。
上手くいくかどうかは半々ってところだな。
「……入れ」
低く、いつも通りの声。
失礼します、と一言告げて部屋に入ると、カシウスは机に向かい書類を眺めていた。
「どうした。こんな時間に」
「少し、相談がありまして」
視線だけがこちらに向く。
無言の圧に、背筋が自然と伸びた。
「――杖を、買いたいです」
一瞬、部屋の空気が止まった気がした。
「理由は」
「最近、自分の伸びに限界を感じてまして……それで、杖を持つことで新たな成長のきっかけになると思ったからです」
杖を買うというのももちろんあるが、本命はペットの視察だ。今すぐにでも買ってみたいが、今はどの動物を飼うかを妄想するだけで今は十分だ。
ちなみに魔法創世の件についても、無詠唱についても話していない。
主な理由はエリシアがご近所さんにペラペラと話す光景が目に浮かぶからだ。
「……どこで買うつもりだ」
「大市場です。素材も選べますし、加工師も多いと聞いています」
カシウスはしばらく黙り込み、顎に手を当てた。
時計の音だけが、やけに大きく聞こえる。
「――無駄遣いは許さん」
「承知しています」
そう言って、椅子から立ち上がる。
「明日、日が暮れるまでに戻れ。エリナにも話は通しておく」
「ありがとうございます」
大市場は表通りはかなり良い方だが、裏通りはホームレスや盗賊がよくいる、いわば治安が悪い。エリナさんが居てくれるのは心強いな。
「失礼します」
大市場。
杖、そして――次の目標へ向かうための、一歩だ。
翌日。
昼前、太陽が街の石畳を白く照らす頃、俺はエリナさんと並んで歩いていた。
遠くからでも分かる。
人の波、荷馬車の列、重なり合う呼び声。
それらが一つに溶け合い、街の中心に巨大な渦を作っている。
「見えてきましたよ。あれが大市場です」
エリナさんの言葉に、自然と視線が上がる。
――でけー。
建物と建物の隙間を埋め尽くすように、無数の露店が並んでいる。
布切れ一枚で作られた簡素な店もあれば、石造りで腰を据えた工房もあり、統一感はない。
だが、その雑多さこそが、この場所の活気を物語っていた。
鼻をくすぐる香辛料の匂い。
焼き物の煙。
金属が打ち合わされる甲高い音に、獣の鳴き声まで混じっている。
「……すごいですね」
思わず零れた呟きに、エリナさんが小さく笑う。
「初めてなら、そうなります。慣れたら騒々しいだけですけど」
表通りは、人で溢れている分、活気と安心感があった。
兵士の巡回も見えるし、店主たちの目も光っている。
――だが、その先。露店の隙間に伸びる細い道の奥は、明らかに空気が違った。
こっちが裏通りか、とにかく行かないように注意だな。
「まずは、杖を見に行きましょうか」
「はい。お願いします」
そう答えながらも、俺の視線は自然とあちこちへ向いていた。
籠の中で丸くなっている小型の魔獣。
鎖につながれ、値札を下げられた獣たち。
中には、こちらをじっと見返してくる目もある。
胸の奥に、小さな期待と、わずかな緊張が同時に灯る。
「武器屋は……こちらですね」
と、動物達を吟味していたら、あっという間に武器屋へと着いた。
エリナさんに案内され、表通りから一本入った場所にある店へ向かう。
外観は悪くない。だが、並んでいるのは既製品ばかりだ。
壁に立て掛けられた杖を一本、手に取る。
魔力の通りは平均的。癖もないが、尖ったところもない。
「……悪くはない、けど」
別の一本も試す。
軽い。だが、芯が細い。
中級魔術を何発か打ったらすぐに曲がりそうだ。
店内を一通り見て回るが、感触はどれも似たり寄ったりだった。
オーダーメイドは当然、値段が跳ね上がる。
カシウスには無駄遣いはするなと言っておきながら必要最低限もいいところの金しか渡されていない。
まだ高級な杖は俺には早いって考えだろう。
どれも、決め手に欠けるな……
贅沢な悩みだとは分かっている。
だが、いずれ変えるにしても、俺の初めての杖だ。妥協したくない気持ちが、確かにあった。
「すみません、一旦外に出ていいですか?」
「わかりました」
店を出て、再び通りに戻る。
人の流れに身を任せながら、俺は無意識に周囲を見渡していた。
その時だった。
がたがたと、重たい音を立てて進む馬車が視界に入る。
覆いのない荷台。
そこに、鎖で繋がれた人影がいくつも座らされていた。
……あれは
視線が、自然と吸い寄せられる。
恐らく奴隷を乗せた馬車だろう。
俯いたまま動かない者。
虚ろな目で前だけを見つめている者。
中には、まだ状況を理解しきれていないのか、それとも現実逃避だろうか、きょろきょろと周囲を見回している者もいる。
その奴隷達に、目が留まった。
表情がない。
諦めとも、絶望ともつかない、空っぽの顔がたくさん浮かんでいる。
……言葉が出なかった。胸をしつめつけられるような感覚を得た後、気づけば、じっと見つめていた。
は!!!
俺の頭に稲妻が走った。
奴隷を買ってみたい。
いや、ちょっと待ってくれ、勘違いはしないでほしい。もちろん酷い目に合わせるとかではない。
奴隷を買い、たくさんご飯を食べさせてあげ、いい寝床で寝させてあげ、天使のように扱ってあげたいのだ。
前世からずっとそういうのに憧れていた。
そう、息子や娘みたいなものだ。
いかがわしい気持ちは一切ないとイリス様にだって誓えるさ。
……いや、いかんいかん。
ペットとは次元が違う、奴隷だぞ?ちゃんと考え、行動する人間だ。
世話するには相応の責任や、倫理の問題にもつながる。
そんな面倒臭いのはごめんだ、普通にペットを……
……いや、そう簡単に諦められるものじゃないんだが……
「アルト様?」
エリナさんの声で、俺は我に返る。
「今のは、奴隷商人の馬車ですね」
視線の先を確認し、エリナさんは淡々と説明を始める。
「この国は、犯罪者や戦争捕虜、借金の形で奴隷になる人がいます。法で定められていて、表向きは“労働力”として扱われます」
表向き、か。
奴隷を買うやつの中にも、俺のような愛でる善の奴隷主だけじゃなく、手を出す悪の奴隷主がいるんだろう。
「扱いは、買い手次第です。同姓の奴隷なら、労働目的がほとんどなので、まだ理解できます」
一拍、間が空く。
「……ですが」
エリナさんの声が、わずかに硬くなる。
「異性の奴隷を買う者は、私は軽蔑しています」
きっぱりとした言い切りだった。
迷いも、濁しもない。
今まで見たこともないほどの冷たい目だった。
「理由は、言わなくても分かりますよね」
「……はい」
喉が、少しだけ詰まった。
この雰囲気、善悪関係なく、奴隷主は許さないだろう。
エリナさんに万が一にでも嫌われたくないし、黙っておくことにした。
「もちろん、カシウス様も、エリシア様も異性どころか、奴隷制度を反対しています」
別に完全否定まではしなくてもいいと思うが……
馬車は、人混みに紛れて遠ざかっていく。
とりあえず、保留としておこう。
奴隷を買える日なんて、独り立ちしてからだろうし、少なくとも、今は無理だ。
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