その命、いただきます。
【作者より】
※ 拙作はしいな ここみさま主催の「いろはに企画」に参加させていただいた作品です。
「ねえ」
「はい、何でしょう。お嬢様?」
「今日の晩餐は変わったものが食べたいわ」
「どのようなものを?」
「そうね……今日はヒトを食べてみたいですわ」
わたくしの専属執事や使用人の顔がひきつった。
彼らは「またとんでもないものを……」と呆れた表情を浮かべている。
わたくしはとある屋敷に住む社長令嬢。
幼い頃に両親から「出された食事は好き嫌いせず食べなさい」と何度も言われてきたことでしょう。
わたくしも好き嫌いせず食べて、食事を楽しんできた。
しかし、普通の食事の味に飽きてしまい、皿や銀食器などを食べるようになった。
もっと刺激的なものが食べたい。
もっと人間が食べたことがないものを食べたい。
もっと……もっと……
いつしか、それしか望まなくなっていた。
「できないの?」
「はぁ……私でよろしければやってみましょう。お嬢様、私が帰るまでに時間がかかると思いますので、明日の支度をきちんと済ましておいてください。では行って参ります」
「行ってらっしゃいまし」
有能な専属執事はわたくしの部屋を出ていき、屋敷の外を歩く音が耳に入ってくる中、指示通り明日の支度をする。
彼はわたくしがなんでも食べることを知っているのは事実。
わたくしが万年筆を食べた時、怯えていた顔が今となっては懐かしい。
この屋敷に住む社長令嬢はものを食べるという恐怖を与える印象になったのでしょう。
しかし、彼はわたくしのことを他の使用人には告げなかった。
もしかしたら、わたくしとの秘密にしておこうと思ったのかしらね。
直近だとヒグマやフクロウ、毒ヘビなどを他の使用人の視線を気にせずに捕獲し、調理して、美味しくいただいている。
健康状態は異常なく良好でわたくしは普通に生きているのだから。
きっと、彼はヒト一人分まるごと使った美味しい晩餐を作ってくれる。
動物の命もヒトの命も視覚や鼓動、聴力がなくなれば、あとは世を終えるだけ――。
その命を美味しくいただけることは素晴らしいことですわ!
月明かりに導かれるように、何かをズルズルと引きずる音がする。
彼が戻ってきたようね。
「お嬢様、只今戻りました」
「お帰りなさいまし」
「今から晩餐を作りますので、暫しお待ちを」
「流石ね。期待しているわ」
彼は涼しい顔して電動のこぎりを片手にキッチンに向かった。
その後はギーギー、ガシャンと物騒な音、ジュージューと炒める音、コトコトと煮込む音がわたくしの食欲と唾液を沸き上がる。
「お嬢様、お待たせいたしました。ヒト一人分を余すところなく調理したフルコースでございます」
「いただきます」
わたくしはヒトの命をじっくり味わいながらすべて食べきった。
この世のすべてのものを食べ尽くした後、わたくしはどうなるかは誰にも分からない。
最後までご覧いただきありがとうございました。
2025/09/09 本投稿