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第4話 記憶の代償、初めての危機

八時の鐘が鳴る。

今日は、いつもより心臓の奥がひりつく。

昨日の改稿で王子の台詞は微妙に変わり、聖女の表情も揺らいだ。だが、その代償は、すでに私の記憶の端に小さな穴を開けていた。


床下の白紙——《フォルトゥナ・スクリプト》。

その上に手を置いた瞬間、昨日までの記憶が少し霞む。小さな声、誰が笑ったか、ほんの一瞬の会話——

すべてが、鉛筆を走らせる前から、ぼんやりと消えかけている。


「ユリア、君は……大丈夫か?」

扉の向こうから王子の声が届く。私は軽く首を振る。

「大丈夫、です……ただの緊張です」


しかし、心の奥で、私は知っていた——

改稿の力を使うたびに、私の記憶が少しずつ削られていく。

小さなざまぁの快楽は、私にとってリスクの引き換えだ。


八時。王子の声が大広間に響く。


「ユリア・ノートン、君との婚約を——」


今日の改稿は、少し大胆にする。昨日までの“小さなざまぁ”ではなく、観客の予想を裏切る大きな動きだ。

鉛筆を走らせる手が震える——記憶の欠落は、体の一部の違和感として現れる。


王子、台詞を二回噛む/聖女、微笑を完全に抑える/伯爵、椅子から微かにずれる


観客席のざわめきは昨日の数倍になる。王子は口元を引き結び、眉間のしわが深くなる。聖女は視線を床に落とすが、心の中で何かを計算している。


私は扇子の影で微笑む。

だが、胸の奥で小さな違和感——昨日までの記憶が、もう少しずつ戻らない。

誰が笑ったか、誰が小声で囁いたか、その細部が、今の改稿に反映されない。


——それでも、舞台は私の手の中で動く。


鐘が八時一分を指す瞬間、私は最後の一行を書き込む。


今日の改稿は、私の記憶を少しだけ奪う。だが、舞台は支配する。


王子が目を大きく見開く。聖女は小さく息を漏らす。

——今日のざまぁは、王子にも、聖女にも、そして伯爵にも等しく届いた。


舞台の裏、床下の白紙を押さえながら、私は心の中でつぶやく。


「世界を支配する力には、必ず代償がある……でも、今日のざまぁの快感には、代償以上の価値がある。」


そして私は、初めて自分の記憶の欠落を意識しながら、次の一行を考え始める。

——このループの先、もっと大きなざまぁを描くために。

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